モディ首相は岸田首相と違い漁夫の利は得ても心は売らない
インドのモディ首相が訪米し、バイデン大統領と会談した。バイデンとしてはインドをアメリカ側に引き付けて中国とインドを引き離すのが目的だが、モディは漁夫の利は手にしても心は売らない。そこがわが国の岸田首相と徹底して違うところだ。
◆インドがアメリカから武器を調達したのは対中包囲網のためか?
6月22日、アメリカを訪問していたインドのモディ首相はバイデン大統領とホワイトハウスで会談し、防衛分野や半導体など先端技術分野の協力深化で合意した。両国の企業がインドの戦闘機に搭載するジェットエンジンをインドで共同生産するほか、インドが米国製の無人機MQ9Bを調達し、インドの造船所で米海軍艦艇の修理を可能にすることでも合意したのこと。
これは客観的事実だろう。
しかし、それに関して、日本のメディアは、おおかた<インド、中国けん制へ対米接近 兵器のロシア依存転換も>とか、<中国を念頭に懸念表明>など、いずれも、あたかも対中包囲網を強化するためにインドがアメリカに接近し、アメリカから武器を購入しているような書き方をしている。中には明確に<米インド、人権や対ロシアで温度差も 中国に対する利害は一致>とまで書いている記事もある。
インドは本当に「中国を警戒」し、「中国に対する利害が米国と一致」しているのだろうか?
もちろん、アメリカが何としてもインドをアメリカ側に引き寄せたいと思っているのは間違いのない事実で、特にアメリカは必死でインドを中露から引き離したいと思っている。しかし、インドはどの国とも同盟を結ばず、どの国とも等距離的な外交しかしない。
アメリカから、インドにとって有利な条件を出され(後述)、前代未聞の大歓迎を受ければ、モディとしても、多少のリップサービスくらいはしなくてはなるまい。
特に、米議会で演説をすることになっていたモディに対して、「インドは非民主的だ」としてボイコット表明までする議員が現れているような状況では、なおさらバイデンの顔を立てて、バイデンの喜びそうな言葉の一つも述べないわけにはいかないだろう。
その結果、モディは米上下両院合同会議での演説で「威圧と対立の暗雲がインド太平洋に影を落としている」と述べた。これを「名指しこそ避けつつ、中国への警戒感をあらわにした」あるいは「米印は中国に対して利害が一致」と判断するのは新聞記者の「思い」、あるいはアメリカの願望であって、インドの別の側面を見なければならない。
◆アメリカの甘言:インドが警戒しているのはパキスタン
というのは、インドが最大に懸念しているのは、パキスタンとの関係だからだ。
事実、6月23日のロイターはBiden and Modi urge Pakistan to act against extremist attacks(バイデンとモディ パキスタンに過激派への対応を求める)という記事を発信している。記事によれば「6月22日、バイデンとモディは、国境を越えたテロを強く非難するとともに、パキスタンに対し同国の領土が過激派組織に利用されないために行動するよう求めた」とある。
インドとパキスタンの間では1971年まで数回にわたる戦争が続いており、1980年代後半になっても、パキスタンが支援している(とインドが主張している)イスラム過激派がインドに越境してきて攻撃活動を行っているので、「インドの治安を乱す」としてインドはパキスタンを非難してきた。
実は2019年にも、パキスタンのテロ組織がインドでテロ事件を起こした時に、トランプ政権で国家安全保障問題担当だったボルトン補佐官が、2月15日にインドのカウンターパートに電話して、「アメリカはインドの集団的自衛権を支持する」と伝えて、インドにアメリカから武器を購入する方向に持っていったことがある。集団的自衛権を認めたということは、国連決議を経なくても、「一方的にパキスタンに侵攻しても国際法違反にならないように国連安保理でしてあげる」ということを意味する。
かつて1971年の印パ戦争の時に、旧ソ連が国連安保理理事国としてインドへの制裁に関して拒否権を使ってくれていたので、インドは今もロシア頼みなのだが、ボルトンは「ロシアが拒否権を使わなくても、アメリカが拒否権を使ってあげるから、武器はロシアから買わずにアメリカから買ってくれよな」と、甘い言葉でインドをアメリカ側に引き寄せようとしているのである。
インドはパキスタンとの間のテロに関する相克で今も苦しんでいる。だからボルトンの話に乗ったのだった。この詳細は『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』のp.189で図解を入れて考察した。
最近ではウクライナ戦争により、ロシア自身が武器を必要とするようになったので、エネルギー資源と違い、そうふんだんに他国に輸出するゆとりがロシアになくなっているという事情も手伝っているだろう。したがってボルトンの甘言はバイデン政権になっても有効である。
インドはその辺、自国の利益のためになるのなら臨機応変にどの国とも等距離外交を進める傾向はあるものの、中国を敵視して米印の利害が一致するということはないと判断される。
現に、ワシントンポストはOpinion として、<Sorry, America. India will never be your ally.>(アメリカよ、悪いが、インドは決してあなたの同盟にはならない)という意見を報道しているし、ロイターは米印首脳が共同声明で<中国とロシアに関して触れることに非常に慎重だった>とも報道している。
モディは中国ともロシアとも「非友好的な関係」にならないように用心しているのである。だから記者会見ではモディの口からは「中国」という言葉も「ロシア」という言葉も出てこなかった。モディはそのことを条件としてバイデンにも要求して共同記者会見に臨んだものと思われる。バイデンも積極的には口にしなかったが、記者からの質問に答える時に一回だけ「中国」という言葉を発しているくらいだ。
そうでないと、モディが記者会見には応じなかったからだと思われる。
◆インドの民主化度は非常に低い
モディが記者会見を嫌がる最大の理由は、インドの民主化度が非常に低いからだ。モディはヒンズー教を重んじるあまり、イスラム教信者を差別しているという実態を知らない人はいないだろう。だからこそモディが米議会で演説する際に少なからぬ議員が抗議を表明するために出席をボイコットしたくらいだ。
7月3日に出版される『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』のp.226からp.232にかけて、スウェーデンのV-DEM(Varieties of Democracy Institute/民主主義多様性研究所)のデータを基に、インドが専制主義に傾いている国家であることを述べた。
実際、V-DEMのウェブサイト2023年レポートによれば、インドは「過去10年間で最悪の独裁者(国家)の一つ」という評価結果を出している。
V-DEM2023年レポートには、民主化度に関する世界ランキングがあるが、そこでもインドは世界第97位という低評価だ。
にもかかわらず、バイデンはインドをアジア最大の民主主義国家であるとしてモディを持ち上げたが、忘れてはいけない、インドは反米&反NATO色の強い上海協力機構の正式メンバー国である。
◆インドが上海協力機構の正式メンバー国になるのを助けたのは習近平
前掲の『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』のp.194からp.202にかけて習近平とモディが如何に仲睦まじく会談を重ねたかを詳述したが、注目すべきはインドが念願の上海協力機構へ正式加盟した日(2015年7月10日)は、パキスタンが加盟したのと同じ日であったということだ。
すなわち、上海協力機構の設立趣意の一つには「テロ活動から互いの国を守る」という大きな柱があるので、モディとしては「パキスタンに隠れているテロ組織から守って欲しい」という強い願望があったことを見逃してはならない。
そして今やロシア・中国・インドというユーラシア大陸の三大国家は、脱米経済圏を形成するブロックの中心になっている。これはもう一つの前掲の『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』の【第二章 中国が招いた中東和解外交雪崩が地殻変動を起こす】の【図表2-5 OPECプラスと上海協力機構、BRICSの相関図】(p.80-81)をご覧いただければ歴然としている。この軸を崩す気はモディにはない。
◆漁夫の利は得ても心は売らないモディと岸田首相の違い
モディが「漁夫の利を得ても心は売らない」事実は、バイデンが首の後ろに手を回した時の表情によって歴然としている。
以下に示すのは時事通信社が<インド、米への報復措置を撤回 鉄鋼関税巡り、貿易紛争も終結>という記事で提供している写真だ。
バイデンは「お前の首根っこを押さえている」と言わんばかりに、相手の首辺りに手を回すという習慣があるが、そのときのモディの表情は毅然としている。
それに比べて、我が岸田首相はどうだろうか。
以下に示す写真は共同通信による提供である。
これ以外にも著作権があるのでリンク先だけしか示すことができない決定的な写真がある。それはゲッティ・イメージズが撮影した写真で、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」』執筆に当たっては、ライセンスを購入して【終章 「アメリカ脳」から脱出しないと日本は戦争に巻き込まれる】のp.282に掲載した。
戦後、GHQの洗脳により日本人の多くが徹底して「アメリカ脳」化されたとはいえ、この情けない表情にわが国の実像が表れていて、行く末を憂うのは、筆者一人ではないと信じている。