高級ホテルを!と菅官房長官 それどころではないホテルのヒト問題
近年のホテル活況は訪日外国人旅行者に起因するものだが、政府が掲げる訪日外国人旅行者数の目標は2020年に4000万人、2030年には6000万人と鼻息が荒い。とかく訪日外国人旅行者“数”に着目されがちだが、観光産業の持続可能性という観点からいえば、消費額を1つの指標とすることは重要だろう。すなわち経済効果や消費額の向上という観点だ。
そのような意味でいえば、菅官房長官が世界トップクラスのホテルを全国に50カ所程度新設するという考えを示したことは歓迎できるし、4000万人8兆円、6000万人で15兆円超えといわれるマーケットの伸びしろを鑑みれば当然の方向性といえるだろう。一方、ホテル業界で目下危惧、否、喫緊の課題として指摘されているのが人手不足問題である。
人手不足はホテルばかりでなくサービス業全般で憂慮されているが、ことホテルについていえば“ステイして身を預ける場所”。それだけに安全・安心の担保という観点からも様々な場面において適切な対応が求められるスタッフの素養は気になるところ。とはいえ、ホテルの開業ラッシュが続く中での実態は惨憺たるものだ。
「100パーセント稼働の予約は入るのだが清掃スタッフが足りず泣く泣く80パーセントに抑えている」というのは某ホテル支配人の弁。清掃はホテルの格をあらわす重要な部門であるが、ハウスキーパーの確保は専門の派遣会社に頼らざるを得ないというのが実情という中、それでも人材の確保が難しいという。派遣元の会社もさもありなん。応募が芳しくなくスキルアップも含め試行錯誤が続くという。
清掃スタッフの例を挙げたが、支配人すらも例外ではない。ホテル開業ラッシュのボリュウムゾーンは宿泊に特化したホテル、いわゆるビジネスホテルが大勢を占める。客室数が限定される小規模な施設ゆえに、全国チェーンともなれば必要な支配人数は相当だ。「入社して数ヶ月という明らかな経験不足の支配人もいた」というのは某チェーンの従業員。
ビジネスホテルとは宿泊に特化したリミテッドサービスのホテルであるが、菅官房長官のいう“トップクラスホテル”とはもちろんビジネスホテルではない。宿泊とはいってもスイートルームも含め相当数の客室から料飲、バンケット施設もあるような、多様なサービスを提供するフルサービスホテルが念頭にあるのだろう。グランドホテルといわれる相当規模のホテルがイメージされる。
先日、沖縄のホテルを取材した際に印象的な話を聞いた。大きな注目を集めたリゾートホテルの開業に合わせるかのように、既存の某人気リゾートホテルからごっそりスタッフが鞍替え、瞬く間にそのホテルはゲストからの評価が下がったという。一方、宿泊特化型ホテルを中心に、ロボットを活用したホテルサービスも注目されているが、ホスピタリティの最たるものといわれるホテルだけに、一筋縄ではいかないようだ。
ホテルの人材紹介で知られる株式会社リクラボの久保亮吾氏によると、「仮に宿泊、料飲、宴会のすべてをそろえた総合型の高級ホテルであれば1軒あたり最低でも300人前後のスタッフが必要で50軒となると15000人、それだけの人員をどこから調達するのか、今のままのスキームでは無理と思われる」と語る。
続けて「目下2020年の4月~7月に開業するホテルの採用活動が現在ピークだが、フルサービス型のホテルにおいては、多くのホテルが予定採用数に対して完全人員でスタートできない可能性が出てきており、特に中途採用の経験者、現在ホテルで働いている人材については奪い合いの状況」という。
他方、ホテル数の増加に反比例するかのようにホテル業界に入りたいという学生が減っているという。ホテル業界等の人材を育成するためのビジネススクールで知られる宿屋大学の近藤寛和氏によると「給与だけの問題ではなく、休みが少ない、土日休めない、プライベートを犠牲にするといったことにも原因がある」と話す。
街中を歩いていると至る所でホテルの建設現場を目の当たりにする。ホテルが取れないといわれてきた京都や大阪でも稼働率やADR(Average Daily Rate:平均客室単価)の下落が指摘されているが、大都市、観光都市を中心に今後もホテル開業は続く。2019年から3年間の新規供給客室数が2018年時点既存客室数の25パーセントに上るというデータもある。
他方、ホテル業界では賃金の低さも指摘されている。菅官房長官は「事業規模で26兆円の経済対策に盛り込んだ財政投融資を活用する」というが、何より投じる先が肝要であろう。前出の久保氏は「ホテルスタッフの給与レベルや福利厚生水準をあげて、他業界と比較しても魅力の劣らない仕事にしなければならない」と語る。
ホテルはハード・ソフトそしてヒューマンというが、ハコあってもヒトおらずでは本末転倒だ。