第2の「集団脱北」事件はつぶされてしまったのか
1月13日、韓国MBC放送の北朝鮮担当、キム・セジン記者は、中国吉林省の長春のIT企業に派遣されていた北朝鮮のIT技術者が集団脱北したと伝えた。しかしそのわずか10日後、同じキム記者が、彼ら全員が中国公安当局に逮捕され、集団脱北は失敗に終わったと報じた。
美女たちの脱北も
MBCは、脱北を主導したのが、IT技術者の監視役を勤めていた北朝鮮の保衛省(秘密警察)の要員と企業の支配人だったと報じると同時に、「彼らの脱北を助けていた韓国の情報当局も、何もできずに現場から撤収した」と韓国の諜報機関、国家情報院が、今回の集団脱北未遂に関与していたとしている。
事実とすれば、興味深い情報である。昨年4月に中国で発生した北朝鮮レストラン従業員らの集団脱北は、北朝鮮に強い衝撃を与えた。これにIT技術者の集団脱北が続けば、北朝鮮による外貨稼ぎはさらに難しくなる上、ベールに覆われた北のサイバー戦能力なども明らかになったかもしれない。
(参考記事:北朝鮮、脱北ウェイトレスたちの顔写真を公開)
MBCのこの報道については他媒体による後追いが少なく、どこまで事実なのか見極めが難しい部分がある。ただ、ことの性格上、真相がすべて明らかになる可能性は少ない。また、これまでも北朝鮮に協力して脱北者を摘発・送還してきた中国が、最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」の在韓米軍配備をめぐり韓国への圧迫を強めている状況を考えれば、こうしたことが起こり得る蓋然性は小さくはなかろう。
(参考記事:中国で「アダルトビデオチャット」を強いられる脱北女性たち)
MBCを後追いした韓国の左派系ニュースサイト「メディア・オヌル」は、国家情報院が、1ヶ月前から集団脱北に向けた作戦を行なっていたと伝えている。その概要は次のとおりだ。
対北朝鮮情報筋によると、今回、集団脱北未遂の舞台となった中国のIT企業は、中国マフィアの経営だった。彼らは、表向きこの企業に派遣された労働者で、ウェブプログラミングの仕事をしていることになっていた。
しかし、実際の仕事はMBCが報じたとおり、違法サイトやソフトの作成だった。また、この企業もマフィアが経営するものだった。
IT技術者たちは、東南アジアで暗躍している韓国有数の暴力団「汎西方(ポムソバン)派」などと共同で、インターネットのカジノサイトにアクセスしたユーザーのパソコンに悪性コードを埋め込むプログラムを作成していた。これは、客の手を読み、結果を操作して、利益を得るためのものだった。
(参考記事:中国企業に就職、国家の指令受けハッカーに変身…北朝鮮のITエンジニアたち)
韓国でカジノサイトは違法となっており、被害者は警察に届け出ると自分が処罰されてしまうため、泣き寝入りせざるを得ないという点を狙ったのだ。
また、韓国のノンバンクのネットワークに侵入し、盗み出した顧客リストを元に、多重債務者にアプローチする闇金業にも加担していた。また、使い終わったリストは、中国企業に売り渡していた。
情報筋は、IT関係者が脱北を試みた動機はカネだったと語る。
彼らを雇用していた中国のIT企業は、莫大な利益を上げていたが、技術者にはわずかな給料しか渡していなかった。ノンバンクから盗み出した顧客リストを別の中国企業に売り払ったのは、このIT企業ではなく、技術者たちで、収入を得るためだったという。
薄給にあえぐIT技術者に目をつけたのが、韓国の国家情報院の要員だ。
国家情報院の要員は、IT技術者の監視役だった北朝鮮国家保衛省(秘密警察)の要員に接触し、説得を始めた。中国で違法なビジネスに手を染めるよりも、韓国に行って、彼らの能力を発揮させたほうが、よっぽどカネになると口説いたのだ。
IT技術者と保衛省の要員、支配人は先月11日、レンタカーに乗って長春の寮を出た。瀋陽を経て、第3国に向かう予定だった。ところが、彼らが行方をくらましたことは、すぐに中国公安当局の知るところとなった。そして、13日午後6時頃、長春市内で逮捕されてしまった。
これについて情報筋は、技術者たちがいなくなったのを見て逆上した中国マフィアが、中国の情報機関、国家安全省に通報したことが、スピード逮捕に繋がったと説明する。安全省は、公安当局に緊急配備を命じ、わずか2日で全員を逮捕した。
先月26日の時点で、IT技術者は国家安全省のアジトに監禁されており、保衛省の要員と支配人は、厳しい取り調べを受けている。
情報筋は、今回の集団脱北作戦は、崔順実氏が国政に介入していた事件で窮地に立たされている韓国の大統領府の関係者が、世論の流れを変えるために行なったものだろうと見ている。
韓国の左派・リベラル系のメディアは、昨年の北朝鮮レストラン従業員の集団脱北を、国家情報院が企画したものであるとし、その詳細を明らかにせよと当局を追求していた。今回の報道は、それと同じ文脈で出たものであるとも考えられる。