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学振と戦う院生、PDのみなさんへの基本的Tips(主に人社系)

西田亮介社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

時期的に、おそらく学振関連の書類と戦っている院生、PDの皆さんは少なくないのではないでしょうか。各大学で、まず学内締切が近づき、追い込み中だと思います。研究者としてやっていくなら、科研費の書類もほぼ同様のフォーマットなので、原則、生涯このフォーマットと格闘することになります。それから、取れる/取れないで、その分をたとえばアルバイトで稼ぐのに費やす機会コストも含めると大きなギャップになりますので、頑張ってみる価値は十分あるといえるでしょう。もし取れなくても、10枚近い分量で、自分の研究計画をきちんと記述すると、年度始めに研究脳をリフレッシュしたり、研究自体を再考するよい機会になるはずです。

人社系院生が、学振なしで生活するために必要なコスト試算(仮)(西田亮介)- Y!ニュース

http://bylines.news.yahoo.co.jp/ryosukenishida/20130611-00025615/

この数年、勤務先で、学内の人社系の申請書類の相談、点検、個別対応を業務でやっています。昨日、今日は、半日ほど個別相談をやっていました。毎年やっていると、いろいろと気づくことや共通の失敗が見えてきます。むろん、ぼくも偉そうなことをいえるほどたくさん研究費をもっているわけではないのですが、それでもこの数年は科研費をはじめ、いろいろと研究費を取れるようになってきました。過去の自分の反省も含めて、ごく基本的な事項を幾つか、Tipsとしてまとめておきます。なお、筆者は政策研究を専門とする、社会科学系のバックグラウンドを持っています。

・「現在までの研究」の欄に、今後の研究計画を書かないように注意しましょう。それは「これからの研究」欄に書きます。ごくごく初歩的ですが、なぜか例年たくさん見ます。徹夜で書いたと思しきケースなどでよくあるようです。「現在までの研究」欄が現在形中心で書かれていたら、要注意かもしれません。「現在までの研究」に今後の研究計画を書くと、「これからの研究」で書くことが無くなったり、同じことを繰り返すことになります。そのあたりもシグナルになりそうです。

・続けて、やはり学振は、基本自己PRであり差別化のゲームです。「現在までの研究」に、一般的な「当該分野の動向」だけではなく、「自分の研究履歴」を、現在の研究の観点から、再構築したものも書き込んでおくと良いと思います。当時の研究テーマに、仮にたまたま(あるいは、指導のなかで)出会ったとしても、それそのまま書く必要はないでしょう。

・形式の統一。例えば「現在までの研究」では、見出しの頭に「■」を使っているのに、「これからの研究」になると「◆」になっていたりします。参考文献や業績リストを複数の書類からコピペしたときにもフォントや順番が変わったり、ピリオドの有無が統一されなかったりすることがあるようです。やはり見栄えが良くないと思います。適切に、小見出し、改行、段落冒頭1字下げ等を使いながら、見やすく書くと良いと思います。時々、改行や段落等がないまま、枠内にびっしり字が埋まっている書類を見ますが、正直、読むのがツラいです。

・続いて書類表現のTips。「Aではなく(Bでもなく、Cという視点を取り入れてた場合云々・・・・)、A’」という表現をよく見かけます。ツッコまれないようにという配慮だと思いますが、とても読みにくいです。「本研究(≒研究目的は、研究方法は、)は、A'」と一度言い切って、以下、A'を実現する方法、視点等説明を加えると読みやすいと思います。分野によっては、文章が短いことに不安を覚える人もいるかもしれませんが、審査においては多くの、同種の書類のなかで、必ずしも専門がぴったり同じ「というわけではない」研究者が見るということを思い出してみましょう。

・「再考する」「捉え直す」表現がよく出てきます。結局どのように再考することかが書かれていません。分野が異なると読み手は疑問符だらけです。そして学振の評価は、必ずしも、対象や文献、扱う人物に詳しい評価者がつくとは限りません。なお、「多角的」「多面的」「立体的」も、同様です。このように書いたあとに、一言具体例や、結局それで何が明らかになるのか、何がわかるのか、書き添えてあげると親切です。心当たりの皆さんは、もう一度見直してみるとよいと思います。

・研究方法や視点等を箇条書きにしたにもかかわらず、項目間の関連性と、なぜそれらの項目を取り上げたかについて言及がないものがあります。読み手からすると、ほかの可能性が気になったり、必然性が良く分からず、落ち着かない気持ちになったりします。

・独創性、新規性欄には「これまで取り組まれていない」旨がよく書かれています。しかし、その記述だけでは、「誰もやっておらず、しかも重要」であることは伝わりません。「誰もやっていないけど、しょうもないから」という可能性の排除に努めてください。

等々、気がつくままに、あまり分野依存的ではなく、ごく基本的ながらよくあるケアレスミスについて書き並べてみました。何かの参考になれば良いですし、当たり前だと思えるならそれはそれで良いでしょう。偉そうに書いてきましたが、ぼく自身も院生時代に、M2とD1で学振に挑戦しましたが、両方共取れませんでした。

しかし業務で点検するようになって、学振の採択率は低いものの(勤務先で申請者数に対して、採択率がだいたい十数%で推移)、前述のような、ごく基本的な形式的側面に注意を払うだけで、ぐっと上位に浮上することに気が付きました。換言すれば、分量も多いためか、形式を満たしていないものが多すぎなのです。多くの学振の点検作業では、誤字や、誤植、枠のサイズ確認等が中心のようです。ですので、先に挙げたような表現、論理的整合性、内容については自分で、あるいは先輩や研究仲間とともに確認することが原則です。その時の補助線になればと思います。

最後に何はともあれ、まず学内締切に提出することが最初のハードルになりますが、応募しないと始まりません。「完璧に書けないから」を言い訳にした中途半端な完璧主義者になることなく、なにはともあれ書き上げて、審査のまな板の上に乗りましょう。頑張ってください。

社会学者/日本大学危機管理学部教授、東京工業大学特任教授

博士(政策・メディア)。専門は社会学。慶應義塾大学総合政策学部卒業。同大学院政策・メディア研究科修士課程修了。同後期博士課程単位取得退学。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科助教(有期・研究奨励Ⅱ)、独立行政法人中小企業基盤整備機構経営支援情報センターリサーチャー、立命館大学大学院特別招聘准教授、東京工業大学准教授等を経て2024年日本大学に着任。『メディアと自民党』『情報武装する政治』『コロナ危機の社会学』『ネット選挙』『無業社会』(工藤啓氏と共著)など著書多数。省庁、地方自治体、業界団体等で広報関係の有識者会議等を構成。偽情報対策や放送政策も詳しい。10年以上各種コメンテーターを務める。

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