Yahoo!ニュース

そのとき、コート上で何があったのか 女子バレー 韓国に完敗した舞台裏

柄谷雅紀スポーツ記者
6連勝中と相性の良かった韓国に、日本は屈してしまった(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

コート上で何があったのか

バレーボール女子のリオデジャネイロ五輪世界最終予選兼アジア予選で、日本は韓国に完敗した。五輪への切符を懸けた4年に一度の舞台で負けた。これでリオへの道がなくなったわけではないが、同じアジアの国に負けたことはダメージが残る。そのとき、日本のコート上では何が起こっていたのだろうか。

ポイントになったのは韓国の背番号4、キム・ヒジンのサーブだった。この選手のサーブは独特だ。ドライブ回転の回転数が通常のジャンプサーブよりも少ないサーブで、言わばジャンプサーブとジャンプフローターサーブの中間のような球質。手元でほとんど落ちず、予想以上に伸びてくるので極めて取りづらい。第1セット序盤、7-4と日本がリードしている場面で、そのキム・ヒジンにサービスエースを奪われた。

2人から3人に

このとき、日本のレセプション(サーブレシーブ)隊形が変わった。それまでは2人で受けていたが、3人になった。

このサーブを警戒しなければいけないことは、日本の事前の分析でもわかっていた。リベロの佐藤あり紗は言う。「今までサーブレシーブは基本的に2人で取ってきた。ただ、キム・ヒジンのサーブがいいので3人で取ることも考えたけど、スタッフと相談して2人で取ることにした」。だが、ポイントを取られたことで、試合中に変えたのだ。

それでも対応できなかった。第1セット、15-15の場面で、佐藤がはじいてキム・ヒジンに再びサービスエースを奪われた。第2セットの12-12のところでも、古賀紗理那と佐藤の間に落とされたり、佐藤がはじいたりして2連続でサービスエースを献上した。3人で取るように変えてもレシーブできず、結局、キム・ヒジンにサーブだけで5点を奪われた。

サーブは相手がボールをヒットした瞬間から、1秒前後で自分たちのコートに飛んでくる。つまり、瞬時に誰の守備範囲かを判断しなければならない。言わば「あうんの呼吸」が必要だ。試合中にレセプションのフォーメーションを変えたことで、それがわずかに狂ってしまった。佐藤は試合後、「ポジションが変わって隣の選手と近くなったり、守備範囲が変わったりして、取りにくくなることもあった」と明かした。古賀も「最初は自分の方にボールが来てないと思っていたけど、最後にカーブしてこっちに来たりとかした。横の関係を崩されてしまった」と悔いていた。

もう一つの想定外

もう一つ、キム・ヒジンのサーブに対応できなかった理由に、「慣れ」がある。前述したように、サーブは約1秒で自分のコートに飛んでくる。それをレシーブするには、経験からある程度の軌道を瞬時に予測して体を動かすことが必要だ。だが、キム・ヒジンのようなサーブを打つ選手はほとんどいない。佐藤は「普通のジャンプサーブかジャンプフローターサーブを取る練習をずっとしてきた。キム・ヒジンのサーブはその中間のようなサーブで、1番取りにくいボールだった」と試合後に言った。

もちろん、無策で臨んだわけではない。このサーブを想定し、男性コーチ陣らが同じようなサーブを打って、それをレシーブする練習は積んでいた。だが、水野秀一コーチは「予想以上にスピードが速かった。男性コーチが打っているのよりも、おそらくスピードが速い」と驚いていた。

つまり、想定外だったわけである。2人で対応できると思っていたものが対応できず、スピードも予想を上回っていた。勝負に「たられば」はないが、もしも、最初から3人で取ることを想定して練習し、そのフォーメーションで臨んでいたら、どうなっていただろうか。

韓国が誇る世界屈指のアタッカー、キム・ヨンギョンに、日本がどう対峙するかがポイントになると思われた試合だった。主将の木村沙織も「日本対キム・ヨンギョンという形に持って行きたい」と話していた。

確かに、キム・ヨンギョンには両チーム最多の25点を奪われた。だが、それよりもキム・ヒジンのサーブでやられてしまったという印象はぬぐえない。結果論になるが、日本が26-28で競り負けた第1セットでも、キム・ヒジンがこのセットで奪った2本のサービスエースが効いている。第2セットで一進一退の攻防が続いていた12-12から韓国が抜け出すきっかけになったのも、キム・ヒジンの2連続サービスエースだった。日本は、「対キム・ヨンギョン」に持って行く前の段階で敗れてしまったと言えるだろう。

切り替えて、次へ

ただ、これでリオへの道が閉ざされてしまったわけではない。まだ十分に可能性は残っている。韓国戦から改めて学んだのは「想定外」となってしまう状況を作らないこと。反省を生かし、修正して、次戦に臨んでもらいたい。短期決戦。切り替えることが重要である。

スポーツ記者

1985年生まれ、大阪府箕面市出身。中学から始めたバレーボールにのめり込み、大学までバレー一筋。筑波大バレー部でプレーした。2008年に大手新聞社に入社し、新潟、横浜、東京社会部で事件、事故、裁判を担当。新潟時代の2009年、高校野球担当として夏の甲子園で準優勝した日本文理を密着取材した。2013年に大手通信社へ。プロ野球やJリーグの取材を経て、2018年平昌五輪、2019年ジャカルタ・アジア大会、2021年東京五輪、2022年北京五輪を現地で取材。バレーボールの取材は2015年W杯から本格的に開始。冬はスキーを取材する。スポーツのおもしろさをわかりやすく伝えたいと奮闘中。

柄谷雅紀の最近の記事