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グリーン成長戦略の些細で大きな変化

大場紀章エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所 代表
政府資料より筆者作成

6月2日に開催された第11回成長戦略会議の配布資料として、「成長戦略実行計画案」が公開された。その内容は、昨年12月の第6回会議で発表された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」の最新版に相当する内容が含まれているが、重点分野とされていた「14分野」の内容が微妙に変更されており、興味深いものとなっている。

この変更は瑣末なことかも知れないが、「脱炭素」というテーマは経済合理性では実現不可能なことを実行しようとしているという意味で、産業界・金融界が政府に働きかけ、いかに自分に有利な補助金を引き出すかということが一つの重要な要素を占めているので、ある意味この分野設定こそが一丁目一番地と言っても良い。実際、最近の「業界」内は、その「14分野」に振り分けられる予定の2兆円(10年間)のグリーンイノベーション基金(通称”GI”)の話題で持ちきりと聞く。

「水素」と「アンモニア」は統合

一番大きな変化は、元々別建てだった「水素」と「燃料アンモニア」の項目が統合され、その代わりに「次世代熱エネルギー」が新設されたことだ。この変更が、統合ありきで「14項目」を守るために後付けで新しい項目を作ったのか、それとも新設ありきで統合を行ったのかは定かではないが、筆者が仄聞した話と、新項目の内容を見た印象では、前者(つまり統合ありき)の印象が強いものの、その政治的意図はわからない。

政府発表資料より筆者作成
政府発表資料より筆者作成

アンモニアは、一般に(天然ガスや石炭由来の)水素から工業的に合成され、主に肥料用途向けに流通しているが、逆にアンモニアから水素を生成することもできるため、運搬が困難な水素を運ぶための手段(水素キャリア)としてみなされることがある。その意味において、アンモニアは広義の水素エネルギーであり、項目の統合は技術的合理性があるが、元々別れていたのはそれぞれの政治的出自が異なるためだ。

「水素」とは、つまりは経済産業省の水素・燃料電池戦略室(かつての燃料電池推進室)が長年取り組んで来たマターである一方、アンモニアは内閣府戦略的イノベーションプログラム(SIP)の「エネルギーキャリア」から出てきたもので、こちらの事務局は文科省系の科学技術振興機構となっている。

そうした事情で別建てだったのではと推察されるが、「水素」はこれまでの燃料電池路線から今後は規模が大きな水素発電に力点が移っていくことになるので、「燃料アンモニア」と共通(というよりむしろ競合)する部分が極めて多い。そうした事情を鑑みて、統合の方向になったのだろう。

また、「水素」は14項目の中で最も早く予算額(3000億円)が決まった分野だったが、そこに「燃料アンモニア」が乗り込んで来たことが意味するのは、決まっていたはずの取り分が減ったという意味では「水素」分野の縮小でもあり、できるだけ具体的な予算の中に入れたかったという意味で「燃料アンモニア」の優先順位格上げ、と言えるかも知れない。

ガス事業者のための新項目

「水素」「燃料アンモニア」の統合に伴い新設された「次世代熱エネルギー」だが、筆者はてっきり新しい熱電材料か何かかと思ったが、読んでみると「メタネーション」(水素と二酸化炭素から作る合成メタン)のことのようだ。「メターネーション」は、12月の成長戦略では、「カーボンリサイクル」の項目で1回だけ言及されていただけなので、大した「出世株」と言える。

「メタネーション」は、日本のエネルギー政策の文脈では、ガス事業者のキーワードである。ガス事業者は、「2050年カーボンニュートラル」を宣言した瞬間に、その生業の根幹たるガス販売が事実上できなくなってしまうため、長期経営計画がすなわち本業撤退計画になってしまう。経済産業省では、「2050年に向けたガス事業の在り方研究会」を実施。研究会では、「ガス事業者が不要になるかも知れない」という強い危機感の中で議論が繰り広げられた。4月5日の中間取りまとめでは、長期的にガスは「メタネーション」へ移行するというビジョンが示されたが(図)、一方で「メタネーションと心中するわけにはいかない」という意見も出されている。

政府発表資料より
政府発表資料より

つまり、新設された「次世代熱エネルギー」という項目は、非常に危機感の強いガス業界に配慮して作られたと考えられる。

また、「水素」には、定置型燃料電池(いわゆる「エネファーム」が入っている。これは天然ガスを利用するもので、手厚い導入補助金がつけられてきたガス業界の重要な政策案件だったが、カーボンニュートラルとなるとCO2を出してしまうエネファームでは未来を描き難い。累計販売台数は2019年に30万台を突破したものの、補助金の減額とともに、販売台数は年々減少の一途を辿っており、2020年140万台の目標には遠く及ばなかった上、2030年530万台という目標はさらに遥か彼方だ(図)。そして、2009年に「大規模実証事業」として始まった導入補助事業は、今年3月をもって完全に終了した。

日本ガス協会資料より
日本ガス協会資料より

他の変更点

他には、「住宅・建築物」のところにあった「次世代太陽光」が「洋上風力」に移動し、さらに「地熱」が追加されたこと、「次世代太陽光」がなくなったところに「次世代電力マネジメント」が入ったこと、「カーボンリサイクル」が「カーボンリサイクルに係る」に代わり、「マテリアル」が追加されたこと。さらに細かいことだが、「住宅・建築物」から「・(中黒)」が取れたり、「/」が「・」に変わるなどの変化もある。

また、項目の順番も実は変わっている。上に示した表は、資料2の経済産業大臣提出資料にもある、従来の順番に近い並び方(というより分野別の整理)がされているが、なぜか「実行計画案」の方では、

1 洋上風力・次世代型太陽光・地熱産業

2 水素・燃料アンモニア産業

3 自動車・蓄電池産業

4 カーボンリサイクルに係る産業・マテリアル産業

5 住宅建築物産業・次世代電力マネジメント産業

6 次世代熱エネルギー産業

7 原子力産業

8 半導体・情報通信産業

9 船舶産業

10 物流・人流・土木インフラ産業

11 食料・農林水産業

12 航空機産業

13 資源循環関連産業

14 ライフスタイル関連産業

となっている。この順番の違いについて、何か意味があるのか、なぜ整合性が取れていないのか、謎は深まるばかりである。

エネルギーアナリスト/ポスト石油戦略研究所 代表

大場紀章 (おおば・のりあき) – 1979年生まれ。京都大学理学研究科修士課程修了。同博士課程退学。民間シンクタンク勤務を歴て現職。株式会社JDSCフェロー。専門は、化石燃料供給、エネルギー安全保障、次世代自動車技術、物性物理学。著書に『シェール革命―経済動向から開発・生産・石油化学』(共著、エヌ・ティー・エス)、『コロナ後を襲う世界7大危機 石油・メタル・食糧・気候の危機が世界経済と人類を脅かす』(共著、NextPublishing Authors Press)等

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