ウクライナのゼレンスキー大統領が要求した重装備の大型兵器について解説
4月13日、ウクライナのゼレンスキー大統領が「ウクライナ軍が必要とする重装備の兵器リスト」を英語で演説し訴えました。歩兵携行火器のジャベリン対戦車ミサイルは待ち伏せ攻撃用で防御には向くものの進撃をともなう反攻作戦には不向きなので、侵略して来たロシア軍から都市を奪い返す反撃の攻勢作戦で用いる戦車などの大型兵器が必要という要求です。
- 155mm榴弾砲・砲弾(西側製)と152mm榴弾砲の砲弾(東側製)
- 多連装ロケットシステム:Grad、Smerch、Tornado(東側製) ※Tornadoは間違えている可能性が高い
- 多連装ロケットシステム:M142 HIMARS(アメリカ製)
- 装甲車:装甲兵員輸送車(APC)、歩兵戦闘車(IFV)
- 主力戦車:T-72(東側製)、同級のアメリカ製またはドイツ製
- 防空システム:S-300やブーク(東側製)、同級の西側製
- 戦闘機:私たちの都市を解放するために絶対に必要
多連装ロケットシステムの間違い(ウラガンが抜けている)
まず最初に演説のミスを指摘します。おそらくですがゼレンスキー大統領が本当に言いたかったのは「Grad、Smerch、Tornado」ではなく「Grad、Uragan、Smerch」だった筈です。というのもこれらの単語は旧ソ連製の代表的な多連装ロケットの種類名なのですが、どれも意味が似通っているのです。
- グラド(Grad、Град)・・・霰、雹
- ウラガン(Uragan、Ураган)・・・暴風、疾風
- スメルチ(Smerch、Смерч)・・・竜巻
- トルナード(Tornado、Торнадо)・・・竜巻
特にスメルチとトルナードは翻訳ミスでの取り違えが非常に多くなるので注意が必要です。
グラド(122mmロケット弾)、ウラガン(220mmロケット弾)、スメルチ(300mmロケット弾)の3種類は旧ソ連製多連装ロケットシステムの三大定番兵器です。要求兵器のリストにグラドとスメルチが入っているならウラガンが抜けているのは不自然なので、ウクライナ政府に委託された動画作成スタッフが間違えたのでしょう。
またロシア軍はスメルチの最新改修型を「トルナードS」と命名するというややこしいことをしていますが(Sはスメルチの頭文字)、トルナードSは最新型過ぎてロシア軍しか装備しておらず、ウクライナに供与できる他国は存在しないので、ゼレンスキー大統領はトルナードSのことを言っていたわけではありません。
155mm榴弾砲(西側製)と152mm榴弾砲の砲弾(東側製)
これは西側規格の155mm榴弾砲を砲弾とセットで軍事援助して欲しい。そして現在使っている東側規格の152mm榴弾砲の砲弾を補充用として送ってほしいという意味です。
ゼレンスキー大統領の演説の映像では155mm榴弾砲のイメージ絵は古い牽引式の榴弾砲の画像となっていましたが、本当に欲しいのは自走榴弾砲でしょう。(牽引式155mm榴弾砲の供与は既に決まっているようです。)
ウクライナ軍は旧ソ連製兵器は以前から使い慣れているために訓練習熟の時間が不要で即戦力化できますが、首都キーウ防衛成功で時間的な余裕ができたので、訓練習熟に多少時間が掛かる西側製の大型兵器でも構わないとしたのです。155mm榴弾砲の要求とはそういう意味になります。
これまではウクライナに供与する西側兵器は訓練習熟に時間が掛からないジャベリンやスティンガーなどの歩兵携行兵器に限られていましたが、これに加えて今後は西側の大型兵器も軍事援助の対象になっていきます。
多連装ロケットシステムHIMARSと短距離弾道ミサイルATACMS
演説内容の多連装ロケットシステムの部分の翻訳ミスについては上述の説明通りです。
なお多連装ロケットシステムの要求では旧ソ連製のスメルチなどの他にアメリカ製のHIMARSの名前を挙げていることが重要です。HIMARSならアメリカが本気になれば大量供給が可能です。操作要員さえ用意できればウクライナ軍の遠距離火力を劇的なまでに高めることになるでしょう。HIMARS用の227mmロケット弾はGPS誘導での精密誘導能力があるので、多連装ロケットというよりは地対地ミサイルと呼ぶべき兵器です。
そして演説では言及されていませんが、重要になるのはHIMARSは227mmロケット弾を運用する多連装ロケット発射システムであると同時に、短距離弾道ミサイル「ATACMS」を運用できるシステムであるという点です。
ウクライナ軍へのHIMARSの供与は、弾薬として最大射程300kmの短距離弾道ミサイルATACMSの供与が行われることを意味します。ウクライナ軍は既にトーチカU短距離弾道ミサイルで開戦翌日にはロシア領の航空基地を越境攻撃していますが、トーチカUより射程の長いATACMSの供与で射撃機会が増えることになるでしょう。
ロシアは射程の長いATACMSのウクライナへの供与に対し激烈な反対を示す可能性があります。
装甲車:装甲兵員輸送車(APC)、歩兵戦闘車(IFV)
特に細かい指定がありません。西側でも東側でも何でもいいから、本格的な大型の装甲車を送ってほしいという要求です。
装甲兵員輸送車(APC)は一般的な装甲車を指し、歩兵戦闘車(IFV)は戦車に近い小型砲塔を装備して大型機関砲による火力援護ができる装甲車を指します。
主力戦車:T-72(東側製)、同級のアメリカ製またはドイツ製
即戦力化できるT-72戦車と、訓練習熟に時間が少し掛かってもロシア戦車を圧倒できるアメリカ製またはドイツ製の主力戦車を要求しています。T-72戦車は砲弾を自動装填するのに対し、アメリカ製またはドイツ製の主力戦車は砲弾が手動装填なので、装填手が新たに必要になるという懸念点があります。
防空システム:S-300やブーク(東側製)、同級の西側製
長距離地対空ミサイルのS-300、中距離地対空ミサイルのブーク。あるいはそれに匹敵する西側の中長距離地対空ミサイルの要求です。
スティンガーのような携行地対空ミサイルは大きな戦果を挙げていますが、ミサイルが小さいので高高度には届きません。もし防空兵器が携行地対空ミサイルだけの場合、ロシア戦闘機が高高度から爆撃してきたら成す術がありません。そこで高高度を飛ぶ敵戦闘機を迎撃できる中長距離の大型防空システムが必要になります。
戦闘機:私たちの都市を解放するために絶対に必要
ゼレンスキー大統領は戦闘機が絶対に必要だと訴えています。戦闘機は訓練に時間が掛かるので、首都防衛に成功して余裕ができたといっても、西側の戦闘機を供与するのは機種転換訓練の時間を考えると非現実的です。東側の戦闘機であるMiG-29が必要です。(なお演説動画のイメージ映像は西側のトーネード戦闘機でしたが、単なるイメージ絵で別にトーネード戦闘機が欲しいわけではないでしょう。)
現在、ロシア軍もウクライナ軍もお互いの地対空ミサイルが怖くて自由に戦闘機が飛ぶことができず、お互いに航空優勢を満足に確保できていない状況です。戦闘機の使い方は限定的なものになります。それでも、一時的にでも、局所的にでも、航空優勢を確保しなければ、反攻作戦はおぼつきません。そして決して敵に航空優勢を取らせてはならないのです。
地対空ミサイルと戦闘機を組み合わせながら、ロシア戦闘機の活動を徹底的に妨害する必要があります。地上部隊を守るために。
※演説でのイメージ絵にトーネード戦闘機が使われているが、別にトーネード戦闘機が欲しいわけではない。