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「よく効くクスリ」の功罪 ”処方薬依存”はなぜ起きる?

市川衛医療の「翻訳家」
イメージ(写真:アフロ)

10月14日、厚生労働省は「エチゾラム」という物質を含むお薬を「向精神薬」に指定しました。乱用や依存の危険があるので、慎重に管理・使用すべき薬としたのです。

エチゾラムとは聞きなれない単語ですが、この物質を含む医薬品である「デパス」の名前は聞いたことがある人がいるかもしれません。

不安や不眠、さらには腰痛などの症状を和らげるため、いま多くの患者さんに処方されている薬だからです。

ウィキペディア「エチゾラム」より
ウィキペディア「エチゾラム」より

ところがこのお薬、以前から、いわゆる「依存症」を引き起こすリスクが高いことが指摘されていました。

「処方された薬」で依存症になる

たとえば覚せい剤や有機溶剤(シンナーなど)を乱用することで、精神に問題を生じてしまうことがあるのは良く知られています。

しかし病院など医療機関で処方された薬によって、同じような問題が起きてしまうことは、それほど知られていないかもしれません。

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この図は、薬物によって精神障害を起こした人のなかで、どんな原因が多かったか?厚労省研究班が全国の医療機関にアンケートした結果です。(2014年度)

1位の「覚せい剤」、2位の「危険ドラッグ」に続き、「医療機関で処方された薬」が大麻やシンナーより多く、第3位に入っています。

処方薬は大麻やシンナーと比べ、広く多くの人に利用されているので数が多くなる傾向があるにせよ、これほどの割合を占めているのは問題と言わざるを得ないかもしれません。

そして、数多あるお薬のなかでも特に大きな原因となっているのが、冒頭にご紹介した「エチゾラム」です。

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しかしそれにしても、医師の管理のもとで処方されているはずの薬が、なぜ覚せい剤などと同じように、乱用や依存症を引き起こしてしまうのでしょうか?

薬物依存について長年にわたって研究・治療の取り組みを進めてきた精神科医の松本俊彦さん(国立精神・神経医療研究センター)に聞きました。

Q なぜ、エチゾラムは乱用・依存を起こしやすいのでしょうか?

原因の一つは、皮肉ながら「良く効く」ことにあると思います。不安や不眠に悩んでいる人がエチゾラムを服用すると、すぐに気が楽になったり、良く眠れるようになったりします。そしてふらつきなどの副作用も比較的少ないとされています。

それはとても良いことなのですが、ずっと飲み続けているうちに、脳が薬に慣れて効果が出にくくなる「耐性」が生じます。すると、薬の量が増えたり、服用する間隔が短くなったりする。それでも効かなくなるともっと量を増やす…という風に、悪循環に陥ってしまうのです。

Q 確かに、以前取材した医師から「エチゾラムは”切れ味”の良い薬だ」と聞いたことがあります。

まさに、そうですね。医師側から見た場合、エチゾラムを処方すると、患者さんから次回の診察時に「とても良くなった」という感謝の言葉をもらえる、やりがいを感じられるわけです。

さらにエチゾラムは、不安や睡眠障害のほか、腰痛や頭痛などの症状緩和のためにも処方することができます。効果が高く、かつ色々な症状に使える、とても「使い勝手の良い」お薬なんですね。

松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター)
松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター)

Q 松本さんたち研究グループの調査では、ほかにもエチゾラムが乱用を起こしやすい要因が見えてきたそうですね?

はい。私たちの研究グループが埼玉県の薬剤師協会の協力を得て実施した調査では、エチゾラムが「多剤処方」されているケースが多く見つかりました。

エチゾラムは発売開始から30年以上経っている古い薬ですので、すでに特許が切れ、様々なメーカーから同じ成分を含む薬(ジェネリック薬)が発売されています。これらの薬は含む成分は同じでも違う名前がついているので、多剤処方が起きやすいんです。

ご説明します。ある患者さんがいて、腰痛でクリニックを受診し、エチゾラムを含むAという薬を処方された。別の日に、不眠の治療のためにクリニックを受診したところ、Bという薬を処方された。AとBは名前が違いますが、どちらもエチゾラムを含んでいるとします。

患者さんは定められた量の倍量を飲むことになり、依存を生むリスクが高くなるわけですが、それに気づくことはできません。

そして薬Bを処方した医師も、Aにエチゾラムが含まれていることを知らない。このようにして、医師も患者も気づかないうちに、乱用や依存を引き起こすリスクが高まってしまうのです。

イメージ図(筆者作成)
イメージ図(筆者作成)

Q どのように対策すればよいのでしょうか?

まず今回、エチゾラムが向精神薬に指定されたことで、処方の際に医師・薬剤師がより注意するようになると思います。そのことで多剤処方や、安易な処方が減ることが期待されます。

でも一番大事なのはそこではありません。エチゾラムを使っても、依存症になる人とならない人がいる。そして依存症になってしまう人は、やはり、生活に問題があるケースが多いんです。

たとえば夫婦仲に問題があり、そのストレスが原因の腰痛や不眠に苦しんでいる人がいたとします。エチゾラムを飲むことで一時は和らぎますが、夫婦仲が改善しない限り、症状がなくなることはありません。次第に薬は効きにくくなっていきます。そうしているうちに依存症になってしまう。

実は多くの医師もそのことはわかっていて、本当は根本の問題に踏み込みたいんです。でも多忙で余裕がない中では、どうしても薬物に頼らざるを得ない。最も安く、最も短時間で済むのが「薬物」なんです。

本当は患者さんのいろいろな背景に介入したいのに、それができない現状をどうすれば良いのか。薬物を規制する一方で、そうした議論もしていかなければ、本当の意味で、苦しむ人を減らすことにはつながらないと思います。

医療の「翻訳家」

(いちかわ・まもる)医療の「翻訳家」/READYFOR(株)基金開発・公共政策責任者/(社)メディカルジャーナリズム勉強会代表/広島大学医学部客員准教授。00年東京大学医学部卒業後、NHK入局。医療・福祉・健康分野をメインに世界各地で取材を行う。16年スタンフォード大学客員研究員。19年Yahoo!ニュース個人オーサーアワード特別賞。21年よりREADYFOR(株)で新型コロナ対策・社会貢献活動の支援などに関わる。主な作品としてNHKスペシャル「睡眠負債が危ない」「医療ビッグデータ」(テレビ番組)、「教養としての健康情報」(書籍)など。

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