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スーダン和解はどの国が調停できるのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
スーダン紛争(写真:ロイター/アフロ)

 ここ30年来のスーダン紛争長期化は、全米民主主義基金がもたらしたものだが、中国はアフリカを含めた紛争調停組織を設立し、岸田首相もアフリカ歴訪で調停に意欲を表明。その真相とゆくえを考察する。

◆スーダン紛争長期化の犯人は全米民主主義基金NED

 2023年4月15日、アフリカ北東部スーダンの首都ハルツームで、国の実権をめぐって争う、国軍と準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」の戦闘が始まった。

 アフリカはかつてヨーロッパの植民地として支配され、独立はできたものの不安定な情勢から内戦や紛争が勃発してきた。

 スーダンもその中の一つで、1956年に独立した後も内紛が続き、1989年6月30日にオマル・バシール准将が民族イスラム戦線(NIF)と連携して無血クーデターを成功させた。バシールは「革命委員会」を設置し、自らが首相となったが、その後もさまざまな情勢変化があったため、1993年になって大統領に就任した。

 バシール政権は誕生当初の段階ではヨーロッパ諸国との友好を重要視していたが、湾岸戦争(1990年8月―1991年3月)やイラク戦争(2003年3月―2011年12月)において、イラク(当時のフセイン大統領)を支持したことから、アメリカによるスーダン(バシール政権)に対する厳しい経済制裁が始まった。

 周知のようにイラク戦争はアメリカが「イラクが大量破壊兵器を持っている」という偽情報に基づいて、突如イラク攻撃を始めた戦争だが、侵略後にイラクには大量破壊兵器は存在しなかったことが判明した「正義なき戦争」だった。

 バシール政権の方でも、1998年に政党結成の自由などを含む新憲法が、国民投票で96.7%の賛成を得て誕生し、2010年4月に、24年ぶりに行われたスーダン総選挙で、又もやバシールが大統領に再選されている。

 しかし2018年12月に、スーダンの国防軍が一部の地域住民の支持を取り付けてクーデターを起こし、2019年4月11日、30年にわたるバシール政権は遂に幕を閉じた。

 これら一連の動きの背後に、実は全米民主主義基金(National Endowment for Democracy=NED)がいた。そのことを、どのようにして証明できるかというと、実は2020年7月23日のNEDのウェブサイトに記載されているからだ。

 その情報のタイトルは<NED、スーダン市民社会に 2020 NED 民主主義賞を授与(NED HONORS SUDAN’S CIVIL SOCIETY WITH 2020 NED DEMOCRACY AWARD)>で、この授与式でNEDのカール・ガーシュマン会長は、概ね次のように述べている。

――NEDの助成金プログラムは、1989年以来スーダンで継続的に行われてきた。(2018年の)12月革命の成功は、スーダンの人々とNEDの連携を深めたことによってのみ達成された。

 従って、NEDは1989年にスーダンでバシール政権が発足すると同時に、スーダンに潜入したと断言することができる。

 NEDは何としてもバシール政権を転覆させたかったのだ。

 そのためにNEDは1996年にスーダン開発イニシアチブ(SUDIA)という組織を設立させている

 また2015年11月18日には、NEDは<スーダン・ダイアローグ>というイベントを開催しているが、その中にはSUIDAの代表者が出席しているし、また2008年に当時のブッシュ大統領によって「スーダンの8人の人権闘士の一人」として認定された、NEDが支援する人物(Niemat Ahmadi)も参加していた。

 こうしてアメリカはNEDを通して、30年も続いた「バシール独裁政権」を崩壊させることに成功したのだ。

 しかし、NEDは軍部を使って政府転覆を行なっているので、この政府転覆は「民主化運動」と名付けるわけにはいかない。それでもアメリカから見れば、NEDが支援した側が権力を握ったので、アメリカの言いなりになる政権が出来上がったと位置付けることができるのだろう。

 今般のスーダンでの軍事衝突が、あくまでも「軍と軍」の衝突であることは注目に値する。すなわちアメリカは、親米政権を創るために、それまでの政府を転覆させただけで、「民主化」には成功していないことになる。

 これは中東諸国がアメリカのNEDが起こした「アラブの春」などのカラー革命により、地域の治安が悪化して内戦を巻き起こし、経済の混乱を招いたことに嫌気がさして、遂に中国の仲介によりイランとサウジが和解した経緯と非常に似ている。経緯の詳細は4月6日のコラム<脱ドル加速と中国仲介後の中東和解外交雪崩現象>に書いた。スーダンでの状況も、中東からアフリカに移っただけで、現象は類似している。

◆中国はスーダン紛争和解に乗り出すのか?

 2023年1月の、中国外交部のウェブサイトによれば、中国は1959年2月4日にスーダンと国交を樹立してから、長年にわたって非常に友好的な関係を続けてきたとのこと。江沢民・胡錦涛・習近平政権ともにスーダン政権と政府高官のシャトル外交を継続し、特に習近平政権になってからは関係強化が加速している。

 たとえば、2022年1月6日に当時の王毅外相がケニアを訪問した時、「非洲之角(アフリカの角)和平発展構想」を提案して、「アフリカの角事務特使」を任命すると発表した。事実、2022年2月には、薛冰(せつ・ひょう)を「アフリカの角事務特使」に任命している

 2022年6月に開催された「アフリカの角和平会議」にはスーダンも参加している

 一方、中国は2023年2月16日に「国際仲裁院(International Organization for Mediation)準備弁公室」なるものを正式に立ち上げている。加盟国としては「インドネシア、パキスタン、ラオス、カンボジア、セルビア、ベラルーシ、スーダン、アルジェリア、ジブチ」などがあり、スーダンは2011年の最初の企画段階から参加しているので、当然のことながら中国が仲裁する対象となり得る。

 スーダン側は中国が国際紛争を解決する積極的な役割を果たしてほしいと、何度も大使館を通して正式に意思表明をしてはいる。2023年4月23日には「アフリカの角事務特使」薛冰がエチオピアで開催された和平プロセス感謝イベントに出席し、感謝状を授与されてもいる。

 しかし、実際に今回も中東の和解外交雪崩現象と同じように、中国が表に出るか否かは、実は未知数だ。

◆日本がスーダン紛争和解に乗り出すのか?

 ならば、日本はどうだろうか?

 アフリカ4ヵ国歴訪前の4月29日に岸田首相が<スーダン情勢安定化も協議したいと述べた>と、日本の共同通信が報道した。その報道には、岸田首相はアフリカ訪問に関し「予断を許さない状況にあるスーダン情勢についても関係国と議論し、安定化に向け協議したい」と述べた、と書いてある。

 その後、日本の複数のメディアで3日にはケニアで、4日にはモザンビークで、実際に首脳会談や会談後の記者会見などにおいてスーダン情勢に関して述べ、「日本はG7議長国、安保理非常任理事国として、スーダンの安定化に積極的に貢献する」との決意を示したと書いてある。具体的には、アフリカの各担当大使の派遣や緊急人道支援の実施などを通じ、事態の沈静化や民政移管プロセスの再開、秩序の回復に向け、各国と連携していくとのことだ。

 この発想は、中国の国際仲裁院体制の範疇を出ていない上に、数十年前からアフリカに深く食い込んできた中国には勝てないだろう。

 興味深いのは、中国大陸のネット上にある「共同網」という、共同通信社と連携したウェブサイトが、5月4日、<日本・ケニア首相は協力強化で一致した>というタイトルで、岸田首相が歴訪先のケニアで、スーダン情勢に関して「大きな懸念を表明し、緊急人道支援を可能な限り早期に検討する」と表明したと、詳細に書いていることだ。

 また、中国版「共同網」では、中国批判のときの常套句になっている「法の支配」が、ロシアだけを対象に書かれており、中国包囲網のために創り出した言葉であるはずの「自由で開かれたインド太平洋」構想が、中国抜きで語られている。アフリカは数十年かけて中国が築いてきた地盤なので、そう簡単には日本に乗り換えることはしないだろうことがうかがえる。

 何と言っても、グローバルサウスの国々はNEDが「民主」の名の下に仕掛けてきた紛争にこりごりしている。日米が連携すればするほど、(頂くものは頂くとしても)日本から離れていく傾向にある。

◆ならば、どの国・組織がスーダン紛争和解に乗り出すのか?

 おそらく今回の仲裁は、東アフリカの政府間開発機構であるIGAD(Inter Governmental Authority on Development)ではないかと推測される。IGADの加盟国はケニア、スーダン、ウガンダ、エチオピア、エリトリア、ジブチ、ソマリアの7ヵ国で、事務局はジブチに置かれている。

 先述した、中国が主催する国際仲裁院の加盟国と重なっているので、中国は側面から支援しながら、IGADが動く可能性が高い。というのは、5月4日の中国共産党機関紙「人民日報」の姉妹版「環球時報」の「軍事」ウェブサイトは<スーダン武装部隊は、1週間の停戦延長を含む、IGAD調停提案に同意している>と報道しているからだ。

 今後どうなっていくのかに関しては、まだ成り行きを見守る姿勢が要求されるが、本稿では、現状における基本的な状況の考察を試みた。

追記(筆者からのお詫び):読者の方々には大変ご迷惑をお掛けしていますが、現在、本稿でも触れた中東和解外交雪崩現象をきっかけに、「第二のCIA」と呼ばれるNEDがこんにちまで何をやってきたのかを、NEDのホームページにある情報を基に分析し、今後の世界新秩序を展望する本を出版すべく執筆に没頭しているためコラムを書く時間が取れません。書名は仮ですが、『習近平が起こす地殻変動「米一極から多極化へ」』とするつもりで、7月半ばには本屋に並ぶと思われます。6月半ばまではコラムを中断することが多いかと思います。申し訳ありません。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『嗤(わら)う習近平の白い牙 イーロン・マスクともくろむ中国のパラダイム・チェンジ』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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