「オープンポリシー」というけれど 社員の報酬や評価の情報は社内で開示すべきなのか?
■「透明」にすればなんでもよいのか
社内の情報はできるだけ開示すべきという「オープンポリシー」という考え方があります。積極的な情報開示により透明性が担保されれば、社員は自律的な判断ができるし、自発的な意見も出てくる。会社への疑心暗鬼が消えて、組織コミットメントが高まる。
情報の透明性が高まれば、経営側もコンプライアンスやガバナンスに敏感になり、公明正大な経営になっていく――。確かに理想かもしれませんが、実際そんな会社はあまりありません。オープンにすることの障害が何かありそうです。
■「社員の心理」を理由に開示されない人事情報
まず考えられる情報開示の障害は、競争優位性は秘密保持から生まれるということです。Appleの秘密主義はスティーブ・ジョブズの頃から有名で、次にどんな商品・サービスが出るのか公知のものとなっていては、競争相手が真似をしたり裏をかいた戦法を取ってきたりして負けてしまいます。他社に知られたくないから、コア技術の特許を取らないという会社もあります。
社員の報酬や評価も、これに近いものがあります。公表されて万一ヘッドハンターの手に渡るなどすれば大変なことです。事業の要になる人がすぐわかりますし、その人に「年収2倍にするから」と魔の手が伸びてきます。それを気にして採用HPで社員を仮名にし、顔を隠して登場させる会社もあります。
ただ、人事情報については、私が見ている限り、社員の心理を理由としているところが大半です。隠すことで疑心暗鬼を生むこともあるのですが、オープンにすることの方が社内の人々の心を乱すのではないかと考える会社が多いのです。
「あいつはあれだけもらっているのに、おれはこれだけか」「おれはもっと出世してもいいはずだ」等々、人事情報をオープンにすることで、社員は他者と比較を始めます。そして「うちの人事は不公平だ!」と不満を爆発させるのではないか、と。
■人は「自分なりの合理性」で勝手に会社を評価する
社員からすれば「オープンにして問題になるようなやましいことをせず、正々堂々としておけば、何も不安はないのではないか」とも思えることでしょう。しかし私は、もしもやましいことがなかったとしても、オープンにして本当に問題が起こらないかは疑問です。いくら公平にきちんと評価し報酬を決めていたとしても、絶対に何らかの問題は起こるからです。
人間は、他者評価よりも自己評価の方が高いことがほとんどです。多くの人が「自分はもっと評価されるべき」と考えています。また、人間の幸福感は相対的なものです。自分がよい待遇であったとしても、もっとよい待遇である人を見るだけで、嫉妬心が生まれたり、自分がみすぼらしくなったりして、幸福感が消えてしまいます。
つまり、会社は会社なりに合理的な処遇をしているつもりでも、社員は自分なりの合理性からみて「非合理だ」と言います。この「自分なりの合理性」というのは実のところ、まったく合理的などではなく、さまざまな心理的バイアスによって現実を歪めて認識して生まれた産物なわけです。
いくら会社が合理的でも、非合理な物差しを当てられたら「歪んでいるじゃないか!」と言われてしまいます。どこを非合理というのかは人によりバラバラですが、「非合理だ」という点では一致しているので、結局「会社の処遇は非合理だ」という冤罪が多数決で決まってしまうのです。
■非合理な気持ちが避けられないなら見なければいい
オープンで透明な会社が一つの理想だとしても、真実を直視しても心が乱れないほどの成熟した人はあまりいないというのが現実ではないでしょうか。それなのに、うちの会社は成熟した人たちから成っている、と勝手に決め込んでオープンポリシーを実行しても単に失敗するだけです。
そもそも「自分なりの合理性」などは、客観的にみれば非合理なのですから、それに付き合う必要などありません。自分の貢献度と評価や報酬の比率は整合性がある、と納得しているのに、他人が自分より得をしているのを見れば嫌になってしまう。そんなものは見なければいいだけのことです。
「悪いことをしてないなら隠す必要がない」という言葉だけ聞けばそうですが、一方で「見る必要が特にないものなら見る必要がない」のも事実です。私も他人のことが気になるのはわかります。ですから余計、自分の心を乱すものからは離れておくべきではないかと思うのです。
なお、オープンポリシーを求める人の中には、他人と比べて自分の評価が不当に低いといえる根拠にしたい、という人がいるかもしれません。全社員の評価をオープンにすれば、公平性が担保され、誰もが納得するはずだというわけです。
しかし、いくら評価自体をオープンにしても、公平性や納得性が得られるかというと話は別です。まずは「評価基準」をオープンにし、それに基づく評価の公平性や納得性については、会社と個々の社員でコミュニケーションを取るのが先決ではないでしょうか。
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