上の血圧は本当に薬で「130 mmHg未満」まで下げる必要があるのか。医学データを振り返ってみた。
今、世界の高血圧ガイドラインでは「降圧目標の引き下げ」が進んでいます。
高血圧の定義はどのガイドラインも診察室測定で「140/90 mmHg以上」(家庭測定なら135/85 mmHg以上)で同じなのですが、「140/90 mmHg未満」に下げるだけでは不十分で「130/80 mmHg未満」まで下げろという風潮が強くなってきました。
米国ガイドラインがきっかけ
先鞭をつけたのは米国でした。
2017年に公表したガイドラインで、心臓病や脳卒中など心臓血管系疾患を合併しないフツーの高血圧でも、「130/80 mmHg未満への低下が合理的である可能性がある」と記したのです。
ただし、医学的エビデンス(臨床試験データ)からは「140/90 mmHg未満」が最も強く推奨される、との注釈付きです [e44頁]。
「本当は140/90 mmHg未満だけど、130/80 mmHg未満でも良いよ」的な感覚でしょうか。
「欧米のガイドラインに追従」と述べた日本のガイドライン作成委員長
これを「米国ガイドラインは降圧目標を引き下げた」と理解したのが日本高血圧学会です。
ガイドライン作成委員長は記者会見で「米国に続き仮に欧州も目標を引き下げた場合、日本だけ孤立する必要はない」旨、発言しました [当時の報道] 。
日本人の医学的エビデンスよりも、よそ様のガイドラインに合わせる方が大事だというのです。居合わあせた記者たちは大いに驚いたものです。
しかし翌年、2018年に出された欧州の高血圧ガイドラインでは、降圧薬を使った降圧目標は原則として「140/90 mmHg」未満のままでした。
なお65歳以下で降圧薬の副作用がなければ「130/80 mmHg」未満まで下げる、としていますが、必ずしもエビデンスに基づいているわけではないと記されています [1924頁]。
つまり欧米いずれのガイドラインも「降圧薬を使って130/80未満まで下げるメリットは医学的に証明されていない」というのが基本的スタンスでした。
エビデンスなく引き下げられた日本のガイドライン降圧目標
しかし2019年に改訂された、日本高血圧学会のガイドラインは少し異なりました。
「降圧目標」は、75歳であれば心臓血管系疾患を合併しないフツーの高血圧でも「130/80 mmHg未満」とされました。上述の通り「断言していない」欧米のガイドラインに比べると、一歩踏み込んだ形です。ただしそれを正当化するエビデンスは示されていません(高リスク高血圧対象の無作為化試験メタ解析には言及していますが)[53頁] 。
エビデンスなしで基準値を下げて良いのでしょうか?
実際に「130 mmHg未満」まで下げたらどうなるか?
では実際、高血圧の人たちを、上の血圧(収縮期血圧)「130 mmHg」未満まで下げたら何が起きるか。お隣の韓国から興味深いデータが報告されているので紹介しましょう [文末文献1] 。
60歳以上で高血圧と診断され、それまでに心臓や脳血管の病気をしたことのない(フツーの高血圧)2万4千人弱を約9年間観察したデータです。
すると上の血圧が「140 mmHg以上」だった人たちに比べ「130−139 mmHg」まで下がった人たちでは、「死亡」するリスクが相対的に31%、「心臓や血管系の疾患で死亡」するリスクは39%も減っていました。
やはり「140 mmHg以上」は「140 mmHg未満」まで下げた方が良さそうです。
「140mmHg未満」降圧よりも「死亡」リスクは高かった
では次に、日本の高血圧ガイドラインが推奨している「130 mmHg未満」まで下がったらどうなったでしょう?
なんと「130−139 mmHg」に比べ「死亡」リスクは相対的に18%、「心臓や血管系の疾患で死亡」のリスクも27%増えていたのです。
つまり、現在入手可能なデータでは、フツーの高血圧で上の血圧を「130 mmHg未満」まで下げる必要性は示唆されていません。
このように「130−139 mmHg」まで下げれば十分な血圧を「130 mmHg未満」まで下げようとすれば、降圧薬を増やす結果、副作用の危険が高まる可能性があります。また薬代や診察代の負担も大きくなるでしょう(ちなみに降圧薬は今ジェネリックがほとんどなので、降圧目標を引き下げても製薬会社はそれほど儲かりません。儲かるとすれば治療が必要な患者さんの増える医療機関でしょうか)。
高血圧学会のガイドラインは来年、改訂版が出されると聞いています。
医学的エビデンスを正しく反映し、かつ私たちに過度の負担を求めない「フェア」なガイドラインを期待したいところです。
血圧については次のようなエビデンスもご紹介しています。こちらもぜひ、ご覧ください。今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。ではまた!
今回ご紹介した論文
本記事は医学論文の紹介です。データの解釈は論者により異なる場合もあります。またこの論文の内容を否定する論文が存在する可能性も皆無ではありません。あくまでも「参考」としてご覧ください。