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憲法89条を改正しなくていいのか

亀田徹LITALICO研究所 主席研究員
(ペイレスイメージズ/アフロ)

==趣旨の不明確な条文==

 憲法の規定の中には、いまひとつ意味のわからない条文があります。

 憲法89条はその後段で、つぎのように定めています。

 「公金その他の公の財産は、(略)公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」

 「公の支配」に属しない慈善、教育、博愛の事業に公金を支出してはならないとはどういう意味か、「公の支配」とはなんのことか。

 実は、憲法学者でさえ「趣旨・目的は必ずしも明確ではない」(芦部信喜『憲法』)と言っているのです。

==民間への補助が混乱している==

 憲法89条後段の趣旨は、(1)私的事業への公権力による干渉を防止し、私的事業の自主性を確保するための規定であるという説(私的事業の自主性確保)や、(2)公費の濫用を防止するための規定であるという説(公費濫用の防止)などが主張され、「公の支配」の意味に関しても見解が分かれており、確定していません。

 その結果、民間への補助に関する国や自治体の対応がまちまちになっているという問題が生じています。

 国は、私立学校については、法律上の強い規制があるので私立学校は「公の支配」に属しており、したがって私立学校への補助は合憲であるとしています。他方、教育等の活動を行うNPOや、フリースクールあるいは法律に基づかない外国人学校といった教育施設については、「公の支配」に属していないので補助は違憲であると国は考えています。

 けれども、自治体の中には、一定の書類の提出や書類の閲覧機会の設定を求めるなどによってNPO等であっても「公の支配」に属するものになると解釈して補助を認めている自治体や、フリースクールに対して補助を行っている自治体もあります。

 逆に、ある市では、国と同じように解釈して、法律に基づかない外国人学校は「公の支配」に属していないので補助ができないと判断しました。

 このように憲法89条の解釈が分かれているため、ある解釈のもとであれば補助できるにもかかわらず、別の解釈に基づけば補助ができないという状況になってしまっているのです。

==なぜ混乱しているのか==

 なぜこのような混乱が生じているのでしょうか。それは、89条後段の意味自体が不明確であり、表現もわかりにくいからです。

 昭和21年、憲法草案の作成に際し、GHQの担当者は米国の例を参考にしたと言われます。州のコントロールの下にない(“not under the control”)目的のために公費を支出してはならないと定める規定です。米国の州憲法のモデルとして民間団体が作成した法令に、89条と同じような規定があったそうです(笹川隆太郎「憲法第八十九条の来歴再考」)。

 日本側の憲法案で用いた「公の支配」という文言の意味について、最初は「非常に幅広いゆとりある解釈」を考えていたそうです。けれども、「解釈の方がだんだんきゆうくつになつて」きたと当時の担当者は語っています(「憲法制定の経過に関する小委員会議事録」)。

 「支配」という言葉を使ってしまったために、制定時に意図していた趣旨より厳格になってしまったのではないかと考えられます。

==89条改正の結論を出すべき==

 では、この混乱した状況を整理するには、どうすればよいでしょうか。

 それには、コントロールの下にない目的のために公費を支出してはならないという本来の趣旨を踏まえて明確な表現になるよう条文を修正すべきと考えます。教育等の事業にも補助を行っている現状にかんがみれば、法律に基づいて適正に公費を支出することを求めるという趣旨の条文にすればよいでしょう。

 たとえば、89条後段を以下のように改正します。

 「公金その他の公の財産は、法律の定めるところにより、適正にこれを支出し、又は利用に供しなければならない」

 なお、現行条文では「慈善、教育若しくは博愛」と事業を限定していますが、適正な支出を求めるという趣旨は、慈善や教育等の事業に限る必要はないと考えます。また、「法律の定めるところにより」の「法律」とは、現行の「補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律」や「地方自治法」などが該当することになります。

 このように89条を改正したうえで、実際に公金をどこにどう支出するかは、国や自治体がその時々の事情に応じて判断すればよいと考えます。自治体が地域の事情に応じて判断することにより、フリースクールや外国人学校に対し補助を行うケースも増えていくかもしれません。

 さきほどのある市の例では、「法の範囲内で外国人学校を支援する手だてがないか、模索、検討を重ねている状況です」と市長が議会で答弁しています。市としては外国人学校に対する補助を行う意向があったことがうかがえます。

 自治体によっては民間の事業に補助を行う一方、他の自治体では89条を理由に補助ができないという現状をこのまま放置しておいてよいはずがありません。

 衆議院の憲法審査会でも、89条を改正すべきとの意見が出されています。菅官房長官も、私学助成に関連して89条の改正の必要性について言及してきました。

 憲法をめぐる議論では、9条をはじめさまざまな項目が論点となっています。その中で89条の改正は国民的な合意を比較的得やすい内容と考えます。憲法改正が大きな政治課題となっている今、国会において意見の集約を進め、項目によっては早期に結論を出すこととしてはどうでしょうか。

LITALICO研究所 主席研究員

子どもや保護者にとって満足度の高い支援の仕組みづくりに関し、教育と福祉の分野での研究・政策提言を行う。1991年から文部省。文化庁、福岡県教育委員会でも勤務。文科省生徒指導室長を経て、2006年に文科省を辞職し株式会社PHP研究所へ。政策シンクタンクPHP総研 教育マネジメント研究センター長として学校経営や教育政策に関する研究に従事。2014年に文科省に戻り、フリースクール等を担当する日本初の視学官として、不登校の子どもへの支援策を推進。2017年に再度文科省を辞職し、株式会社LITALICOに入社。(※記事中の意見は、個人の意見です)

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