Yahoo!ニュース

ジロ・デ・イタリアと放映権にまつわる覚え書き

宮本あさか自転車ロードレースジャーナリスト
ジロが5月のイタリアをピンクに染める。(photo: jeep.vidon)

毎年5月にイタリアで開催される自転車ロードレース大会、ジロ・デ・イタリアの放送局が変わった。これが意味することは、ジロ主催者のRCSスポーツが、昨季までとは違う放送局に「放映権」を販売したということである。

もちろん中継TV局の変更はありえないことではないし、新たな媒体が自転車に興味を持つということは、競技人気が拡大し、ビジネスとしての価値が上がったという意味でもある。

ただし熱心なファンたちにとって、新たな視聴契約の発生は、悩ましいことに違いない。しかも、この現象は、日本だけにとどまらない。地球上のいくつもの国から、「今まで通りにジロが見られない」という嘆きの声が、漏れ聞こえてくる。

この件について色々と調べてみた結果を、以下に簡単にまとめておく。

1 ジロ放映権を扱うのはRCSスポーツとIMG

ジロ・デ・イタリアの大会主催者はRCSメディアグループの一部門、RCSスポーツである。RCSスポーツはジロ以外にも、ミラノ〜サンレモやイル・ロンバルディアなど、自転車レース10大会を保有する。

RCSスポーツが主催するイベントの放映権配布は、総合メディア運営会社のIMGが一手に引き受ける。ジロの知名度を世界規模に広げたい、と野心を抱くRCSスポーツが、アメリカ企業と業務提携を始めたのは2012年から。8年間の契約だ。

2 18の放送網が放映権を手放した(失った)

多くの媒体にとって、2016年末が放映権契約の切り替え時期だった。

大会公式ページによると、2016年ジロ・デ・イタリアは29の放送網で配信されていた(うち24が生中継、世界184カ国)。一方で2017年大会は16放送網。18の放送局が放映権を失い、新たに5つがジロ中継に加わった。

放送網の数自体は大幅に減ったが、ユーロスポーツの欧州網とアジア太平洋網が、配信する国の数を増やした。

特筆すべきは、放送権を手放した放送網の中に、公共放送局が多いこと。つまり昨季まで無料で生中継を行っていたベルギー・フランドル語圏公共放送VRT、デンマーク公共放送TV2、スペイン国営スポーツチャンネルTELEDEPORTE、スペイン・バスク地方公共放送EITB、オーストラリア公共放送SBS、さらにハイライトのみとはいえカザフスタン国営スポーツチャンネルKazSportが、2017年はジロと無縁になった。

またオランダ公共放送NOSも生中継の権利を失い、今年はハイライトのみの放送となる。

inrngの記事で、驚くような数字が発表された。ジロ開催委員会の手がけるストラーデ・ビアンケを、2016年にオランダNOSで視聴したのは約40万世帯。対する2017年、オランダユーロスポーツで視聴したのは、わずか約5万世帯だったとのこと。

3 イタリア公共放送RAIも放映権取得に苦労した

ホスト放送局であるRAIが、ジロ・デ・イタリア100回大会の放映権利を完全に獲得したのは、ようやく2017年2月に入ってから。なんでも昨年と比べて2倍の放映権料を要求され、話し合いが難航したのだという。

2013年に結ばれた4年契約に従って、RAIは年間800万ユーロ(約9億5千万円)を、放映権料としてRCSスポーツに支払っていた。新たな契約は、最終的に年間1250万ユーロでサインされた。しかも契約期間は4年のところ、2年へと短縮された。(参考1参考2

ちなみにtuttobiciwebによると、昨季までの外国放送網に対する放映権料は、全体で約600〜700万ユーロ。またツール・ド・フランスのホスト局フランステレビジョンが、2016年にツール開催委員会に支払った年間放映権は2400万ユーロだった。

ばら色のレースは華やかなパーティーだ。(photo: jeep.vidon)
ばら色のレースは華やかなパーティーだ。(photo: jeep.vidon)

4 RCSメディアグループは財政難

放送権料が高騰した理由のひとつに、RCSメディアグループの深刻な財政難が指摘されている。RCSメディアグループは年次会計報告を公表しているが、それによると、2011年から5年連続で年間の純利益はマイナス。つまり赤字だ。

毎年1億ユーロ以上の損失が続いた上に、2012年は約5億ユーロもの赤字決算。負債相殺分の金融資産純額は、同年だけで約7億ユーロから約1億8千万ユーロまで一気に減った。また2015年には日刊紙ガゼッタ・デッロ・スポルトのTV版「ガゼッタTV」の本格配信を始めるも、2016年1月にあっけなく破綻した。

2016年8月、RCSメディアグループのトップが交代した。メディアグループ「カイロ・コミュニケーション」が、RCSメディアグループの株式のうち59.7%を保有するに至り、イタリア人実業家ウルバーノ・カイロ氏がオーナーに就任した。

同時に経営立て直しが進められた。2016年度の会計報告では「2010年以来の純利益プラス」が大きくアピールされている。黒字額は350万ユーロ。2017年は4500万ユーロの純利益を目標に掲げている。

5 新ボスのカイロという人物

RCSメディアグループ公式HPの紹介によると、ウルバーノ・カイロ氏は、1957年5月21日ミラノ生まれ。大学では経営・経済学を修めた。投資会社や広告代理店等でキャリアを積み、1995年に自らの名を冠した広告代理店を立ち上げる。

2000年には総合メディアグループであるカイロ・コミュニケーションを株式上場。出版分野にも進出し、2013年には地上デジタル&衛星放送局である「La7」を傘下に収めた。そして2016年、イタリアの全国紙「コリエーレ・デッラ・セーラ」、スポーツ日刊紙「ラ・ガッゼッタ・デッロ・スポルト」、スペインのスポーツ日刊紙「マルカ」などを保持するRCSメディアグループの頂点に立つ。

ついでにいうと、サッカーセリエA所属トリノFCのオーナーでもある。やはり2005年に破産し、再建したばかりの同クラブを買い取ったのがカイロ氏だった。オーナーとしてのカイロ氏は、当時、日本のサッカーファンの間でも色々と評判を呼んだようである(「ワンマン経営」とか 、「積極的な投資と介入が目立つ」とか)

また前述したようにRAIに放映権を売り渋った理由は、ズバリ、自らの保有するLa7でジロを放送したいと考えたから。さすがにトップに立ってから約半年で実現するには、少々難しい案件だったか。RAIとの契約は2年で切れるから、その後は奪うつもりかもしれない。

4月末には、こんなニュースでも世間を賑わせている。ミラノで行われたクリスティーズのオークションで、カイロ氏がイタリアン・ポップアート作品を数点競り落としたというものだ。トータルの購入額は73万9600ユーロに上った。

6 ASOがRCSに接近?

最後に個人的なblah blahを。多くの国でジロ・デ・イタリアの視聴環境に変化があったように、実はフランスでも、放送局が変更になった。

ちょっと面白いのは、その他多くの国とは逆に、ツールの国の自転車ファンにとってジロがぐっと身近なものになったこと。なにしろ昨季までは有料のスポーツ専門チャンネルが放映していたが、今季は「L'EQUIPE」が放映権を手に入れた。無料の地上デジタル放送局である。

同放送局はL'EQUIPEという名の通り、スポーツ新聞「レキップ」のTV版として、2012年にスタートした。レキップ紙の記者たちによる内容の濃い討論・解説番組で人気を博し、2014年からは競技中継も開始。2015年から自転車レースの中継も始まり、この2017年にはついにジロ・デ・イタリアにも乗り出す。前述のガゼッタTVが失敗に終わったのとは対照的だ。

またレキップは、ツール・ド・フランスを創設した「ロト」紙の後継紙であり、現在はグループ・アモリーのメディア部門に属している。そのグループ・アモリーの傘下には、スポーツイベント部門も存在する。それがASO(アモリー・スポール・オルガニザシオン)であり、いわゆるツール・ド・フランス開催委員会である。

つまりツール・ド・フランス開催の大元が、大幅に値上がりしたはずのジロ・デ・イタリアの放映権を購入し、無料で自転車ファンに提供してくれるのだ。

単純に新聞の売上拡大のためだろうか。それとも、将来的な「何か」が目的だろうか?

グループ・アモリーは会計報告を一般公開していない。フランスの会社四季報のようなホームページで、ASOの2015年度の純利益なら閲覧することができた。約4700万ユーロだった。ジロを開催するRCSスポーツの、さらに親会社であるRCSメディアグループの2017年の純利益「目標」4500万ユーロを、あっさり上回る額である。

自転車ロードレースジャーナリスト

フランス・パリを拠点に、サイクルロードレース(自転車競技)を中心とした取材活動を行っている。「CICLISSIMO」「サイクルスポーツ」誌(八重洲出版)、サイクルスポーツ.jp、J SPORTSサイクルロードレースWeb等々にレースレポートやインタビュー記事を寄稿。

宮本あさかの最近の記事