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手術前の皮膚消毒、ポビドンヨードとクロルヘキシジングルコン酸塩の効果は同等?最新の研究結果

大塚篤司近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授
(写真:イメージマート)

【ポビドンヨードとクロルヘキシジングルコン酸塩の比較試験】

手術部位感染(SSI)は、手術後に発生する感染症の一種で、皮膚や軟部組織、臓器などを含む手術創に細菌が侵入して起こります。SSIを予防するため、手術前には皮膚消毒剤を用いて皮膚を清潔にすることが重要です。

皮膚消毒剤としては、ポビドンヨードとクロルヘキシジングルコン酸塩の2種類が広く使用されています。ポビドンヨードはヨウ素を含む消毒剤、クロルヘキシジングルコン酸塩はビグアナイド系の消毒剤で、どちらもアルコールと混合して使用されます。これまでの研究では、クロルヘキシジングルコン酸塩の方がSSI予防効果が高いとする報告もありましたが、最近の研究では両者の効果に大きな差はないとする結果も出ています。

スイスの研究グループは、心臓手術と腹部手術を受ける患者3360人を対象に、ポビドンヨードとクロルヘキシジングルコン酸塩の皮膚消毒効果を比較する大規模な無作為化比較試験を行いました。その結果、ポビドンヨード群のSSI発生率は5.1%、クロルヘキシジングルコン酸塩群は5.5%で、両群間に統計学的に有意な差は認められませんでした。つまり、ポビドンヨードはクロルヘキシジングルコン酸塩と同等の感染予防効果があることが示されたのです。

この研究は、これまでクロルヘキシジングルコン酸塩が推奨されてきた手術前皮膚消毒の常識に一石を投じる結果と言えるでしょう。

【各消毒剤の特徴と使い分け】

ポビドンヨードとクロルヘキシジングルコン酸塩には、それぞれ長所と短所があります。ポビドンヨードは皮膚への刺激が少なく、アレルギーのリスクが低いという利点がある一方、黄色く着色するため手術野が見えにくくなるという欠点もあります。一方、クロルヘキシジングルコン酸塩は速効性があり持続効果も長いですが、アレルギーや皮膚炎を起こすリスクがやや高いとされています。

手術の種類や患者の状態に応じて、適切な消毒剤を選択することが大切です。例えば、ポビドンヨードは整形外科手術や腹部手術に適しているとの報告がある一方、帝王切開ではクロルヘキシジングルコン酸塩の方が感染予防効果が高いという研究結果もあります。また、消毒剤へのアレルギーの有無など、患者の皮膚の状態も考慮する必要があるでしょう。いずれにせよ、手術前の皮膚消毒は感染対策の要であり、その重要性は疑う余地がありません。

【皮膚トラブルへの対応と今後の課題】

手術前の皮膚消毒に関連して、皮膚トラブルにも目を向ける必要があります。特に高齢者や乾燥肌、アトピー性皮膚炎の患者さんでは、消毒剤による皮膚への刺激が問題になることがあります。消毒後は保湿剤の使用も検討すべきでしょう。また、消毒剤の種類だけでなく、消毒方法や消毒時間なども感染予防効果に影響する可能性があり、さらなる研究が待たれます。

日本でも、手術部位感染サーベイランス(JHAIS)による調査が行われており、SSI発生率の低減に向けた取り組みが続けられています。適切な皮膚消毒は、患者さんの安全を守り、良好な手術成績につながる重要な因子の一つです。今回の研究結果を参考に、各施設でエビデンスに基づいた感染対策が実践されることを期待したいと思います。

参考文献:

Widmer AF, et al. Povidone Iodine vs Chlorhexidine Gluconate in Alcohol for Preoperative Skin Antisepsis: A Randomized Clinical Trial. JAMA. Published online June 17, 2024. doi:10.1001/jama.2024.8531

近畿大学医学部皮膚科学教室 主任教授

千葉県出身、1976年生まれ。2003年、信州大学医学部卒業。皮膚科専門医、がん治療認定医、アレルギー専門医。チューリッヒ大学病院皮膚科客員研究員、京都大学医学部特定准教授を経て2021年4月より現職。専門はアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患と皮膚悪性腫瘍(主にがん免疫療法)。コラムニストとして日本経済新聞などに寄稿。著書に『心にしみる皮膚の話』(朝日新聞出版社)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)、『本当に良い医者と病院の見抜き方、教えます。』(大和出版)がある。熱狂的なB'zファン。

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