金正恩氏が「LINE」と韓流にビビっている
2016年の北朝鮮を振り返る(10)
金正恩党委員長は、様々な情報が北朝鮮国内に流入することを非常に警戒している。とりわけ2016年は、韓流ドラマをはじめとする海外の娯楽系の動画コンテンツの拡散・視聴に対して厳しく取り締まる姿勢を示した。
それは、金正恩氏が6月20日に出したある指示からもわかる。正恩氏の指示によって、秘密警察である国家安全保衛部(以下、保衛部)傘下に「620常務」なるタスクフォースが組織され「不法映像物」の取り締まりが強化されたのだ。
韓流で女子大生を拷問
北朝鮮では2000年以後、韓流ドラマや海外動画などの裏コンテンツが爆発的に拡散した。その理由は単純明快、北朝鮮当局がラジオ・テレビで流すコンテンツがあまりにもつまらないからだ。
北朝鮮で、海外の動画コンテンツはUSBメモリやSDカードなどのデジタルメモリに記録されて流入し、ノートテルという機器などで視聴される。北朝鮮の人々は、韓流ドラマが海外映画、そして海外のニュースなどの情報に飢えており、例え違法と分かっていても、危険を承知でこうした裏コンテンツを入手して視聴する。
裏コンテンツが2000年以後、爆発的に広がった理由としては、記録メディアがアナログからデジタルへ急速に取って代わったことが大きい。VHSテープからDVD、そしてSDカードと、デジタルメディアの発達、流通とともに広がりは加速した。
そして裏コンテンツは庶民の意識を変え、北朝鮮当局のプロパガンダを骨抜きにしつつある。ドラマの世界であろうと、韓流ドラマや海外映画を見てしまうと、「共和国は優れた体制である」と自画自賛するプロパガンダに疑問を持たざるをえないからだ。
だからこそ、金正恩氏は裏コンテンツを忌み嫌うのだろう。
とりわけ、韓流コンテンツを目の敵にしているようだ。保衛部は4月、韓流ビデオのファイルを保有していたという容疑で女子大生を拘束し、さらに拷問まで加えた。女子大生は、その後の人生に絶望、悲劇的な結末を迎えた。
(参考記事:北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは…)
一方、北朝鮮当局はコンテンツに対する取り締まりだけでなく、その流入経路をブロックしようと躍起になっている。
その一環として、LINEやカカオトークなどのコミュニケーションアプリに対する統制強化にも乗り出した。デイリーNKの両江道(リャンガンド)の内部情報筋によると6月、「『カカオトーク、LINEを使用している住民を見つけ出し、反逆者として逮捕せよ』との、アプリを名指しした指示が下りてきた」という。
(参考記事:「LINEを使う人間はスパイ」金正恩体制が宣言)
喜び組で処刑
北朝鮮当局が、アプリにまで神経をとがらすのは、かつては密売人を通して、ハードディスクやSDカードを媒体に流入してきたコンテンツが、アプリなどを通じて流入する可能性があるからだ。
北朝鮮ではインターネットは存在しないが、中朝国境近辺では中国の電波を利用して情報をやり取りできる。現場では、商売人や一般庶民が、ありとあらゆる抜け道を見つけて、情報を入手しようとする。
さらに、金正恩氏個人にとっても都合の悪い様々な情報が流入しつつある。
昨年3月にスパイ容疑で逮捕された2人の韓国人男性は、韓国の国家情報院(国情院)の求めに応じ、「花豚事業」というコードネームのもと、金正恩氏を冒とくする漫画や、エロビデオ、韓流映画を記録したフラッシュメモリーなどを北朝鮮に投入したと告白している。2015年9月には、「喜び組」を描いた韓流ドラマの動画ファイルを密売した女性らを処刑している。
(参考記事:銃殺の悲劇も…北朝鮮「喜び組」スキャンダル)
北朝鮮で携帯電話ユーザーは200万人を突破したと言われている。とりわけ若者の間で、スマートフォンの人気は高く、平壌をよく訪問するある日本人は「行く度にスマホを片手にする若者が増えている」と語る。
某国に駐在する北朝鮮ビジネスマンの家庭の子どもは、その家庭と信頼関係にある日本人男性に「平壌で日本のアニメを見ていた」と打ち明けた。あえて名前を伏せるが、日本でも大人気だったその忍者を描いたアニメは、平壌の青少年の間でも爆発的な人気を呼んだという。
北朝鮮では、庶民がゼロからつくりはじめた市場経済、いわば「草の根資本主義」が急速に発展している。同時に、北朝鮮IT革命も進行中なのだ。