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「モルヒネ過剰で女性患者が死亡 大阪の病院が投与ミスか」という報道 医療用麻薬の専門家の立場から

大津秀一緩和ケア医師
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

モルヒネ過剰、女性患者が死亡 大阪の病院、投与ミスか

本日付で、大阪府の結核予防会大阪病院でモルヒネの投与ミスがあり、末期肺がんの女性の死亡に関係した可能性があるとして捜査されていると報じられました。

モルヒネ過剰、女性患者が死亡 大阪の病院、投与ミスか

現時点では情報が出揃っておりませんので確定的なことは言えませんが、医療用麻薬治療に関して述べておく必要性を感じました。なお、本稿は批判の意図で書かれるものでないことは最初に確認しておきます。

一般的な医療用麻薬の投与法ならば死には至らしめない

「意識を落として苦痛を和らげ、死に至らしめることもある」というモルヒネに対する認識は誤解であることは以前も記事にしています。

「モルヒネを打つ」の嘘 医療用麻薬モルヒネの真実を専門医がわかりやすく解説

その中でも触れましたが、亡くなる前にオピオイド(モルヒネ等の体内のオピオイド受容体という部分に作用する薬の総称)を増やすことはあるが、それで命を縮めなかったという研究があります。

一般的な正しい方法であれば命を縮めるリスクは低いのです。その理由を述べていきます。

モルヒネの過剰投与とは

違法薬物としてのモルヒネの過剰使用で、死因となるのは呼吸抑制です。

今回も、それが死に関連したということで捜査が為されているのでしょう。

一方で、がんの方へのモルヒネ使用では、押さえておくべき点がいくつか存在します。

1 呼吸抑制を出す血漿中濃度は鎮痛効果の200倍以上

動物を対象としたある研究の結果としては、鎮痛効果を得られる血漿中濃度を1とすると、呼吸抑制を出すには233であるとされています。

がんの痛みへの一般的なモルヒネ治療においては、痛みが緩和されるまで量を増やしますが、そこからむやみに増量することはしません。

鎮痛効果を得られる濃度と呼吸抑制の濃度にはこのように開きがありますので、通常の使用ならば呼吸抑制は起こしにくいのです。

2 呼吸抑制には耐性が形成される

モルヒネは使用を継続していると耐性が形成されて、呼吸抑制は出にくくなります【オピオイドを投与すると呼吸抑制が起こる機序とは】。

例えばある量を使用して最初は呼吸の回数が減っても、継続することでその効果がなくなり、呼吸回数が元に戻ってくる、そしてそのままになる、ということなのですね(これを「呼吸抑制への耐性」と呼びます)。

つまり多い量を使用していたとしても、呼吸抑制は起こりにくく身体が変化するのです。

このような事実があります。

そのため、モルヒネを使ったことがない健常人ではモルヒネ200mgで致死的になるとされ、耐性がないと60mgにまで低下する可能性まで指摘されています。

しかし医療現場では、医療用麻薬を徐々に増量するので、前述した呼吸抑制への耐性も形成され、”この程度の”量で患者さんが亡くなったりすることはまずありません。

最近は医療用麻薬に他の薬剤を組み合わせて治療することも増えたので、モルヒネ量がとても増えるということは減りましたが、かつてはモルヒネ1000mg/日や2000mg/日なども使用することがありましたが、正しいやり方で徐々に増量しているため、呼吸抑制は当然のごとくありませんでした。

呼吸抑制が出ませんので死に至りませんし、眠気にも耐性が形成されますので、患者さんが(それだけの量を使用しても)眠りこけてしまうということもありませんでした。

このように、単なる数字の量で過量かどうかは判断できないのが医療用麻薬です。

がんの痛みがある方に徐々に増やしていって1200mg/日までモルヒネ量が増えた方に、痛い時の頓服として1回200mgのモルヒネを使用することは、過剰投与ではありませんし、患者さんは当然死に至りません。安全です。

しかし現在がんの痛みがなく、医療用麻薬を使ったことがない皆さんに、200mgのモルヒネを使うことは、かなり危険です。

先述したように、死に至る可能性があります。

これまでどのくらいの量をどのように使ってきたか、その情報によって、命に関わる過剰投与なのか、一般的な医療の範疇なのかが分かれるのです。

本件をわかる範囲で読む

今回のケースでは先ほどの報道によると「担当者は取材に対し、過剰投与はあった」としています。

そのため、ある程度以上の量は投与されているのでしょう。

ただ、述べてきたように

・投与前に使用していたモルヒネの量

・どれくらいの量をどれほどのスピードで投与したか

が重要となります。

これらの情報により、本当の過剰なのか、単に量が多い(けれども命には影響しない)のかが分かれます。

解剖では薬物検査も行われます

しかし先述したように、呼吸抑制には耐性が形成されるため、血中濃度がたとえ高かったとしても、その量自体では真なる死因なのかどうかは判断し難いのではないかと考えます。

これまでモルヒネを使ったことがない方が亡くなって異常に血中濃度が高ければ当然それによる死が疑われますが、もともと多めの量を使用されている方の場合は血中濃度が高くても生命には影響を与えていない可能性が考えられるためです。

まとめ

絶対的に危険な量というものが存在しないモルヒネなどの医療用麻薬は、他の薬と少々違ってわかりづらい点があるのは否めません。

ただし、多めの量であっても、これまで一定量以上使用している、正当な投与法(投与経路やスピード)であるなどの条件下においては生命に影響する可能性は低く、量自体では過剰(あるいは過量)かそうではないかが言い難い、という点が特徴の一つです。

またがんの末期においては、がん自体により呼吸に影響が及んで亡くなられるというケースも多く、終末期に何がどれだけ影響したかを判断するということは必ずしも容易ではありません。しかし正しく使用されている医療用麻薬は、一般の認識と異なり、命に多大な影響を与えるものではないのです。

現在モルヒネなどの医療用麻薬を使用されている方やご家族が本報道でご心配にならず、よく医師や医療者と相談して頂くことをお勧めします。

また特に、がんの痛みの医療用麻薬治療の専門家が緩和ケア医などであり、病院等の専門部門や専門科と必要に応じてよく相談して頂くのが良いでしょう。

【12/11 22:50 追記】

その後、10倍投与であったことが報じられました。

モルヒネ投与、予定の10倍 大阪・寝屋川の病院会見

モルヒネを毎時1・66ミリグラム投与する予定だったが、10月26日午前4時すぎから午前7時25分までの間に、毎時約16ミリグラム、計約50ミリグラムを投与した。看護師が設定を間違えた可能性がある。

出典:https://www.sankei.com/west/news/191211/wst1912110027-n1.html

上記だと持続注射であり、急峻に濃度を上昇させる単回注射ではないこと、10倍投与であり記事中に書いたように(もちろん単純には言えないものの)呼吸抑制が出現する200倍以上の投与よりは少ないこと等から、誤投与を行っていた3時間25分の呼吸回数や経皮的動脈血酸素飽和度などで呼吸抑制の有無が判断されるでしょうが、呼吸抑制がなかった可能性も十分あると(あくまで出ている情報の限りでは)考えられるでしょう。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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