Yahoo!ニュース

「モルヒネを打つ」の嘘 医療用麻薬モルヒネの真実を専門医がわかりやすく解説

大津秀一緩和ケア医師
(写真:アフロ)

誤解され続けるモルヒネ

昔の話です。

患者さんは50代の進行大腸がんの患者さんで、肝転移からの腹痛がありました。

痛み止めにモルヒネが適切でした。

いつも通り

・命は縮まない

・頭はおかしくならない

・くせにはならない

等をお伝えしました。

「わかりました!」

不意にパッと患者さんは上着の袖をまくろうとします。

「どうしました?」

「だって今から打つんでしょ? モルヒネ」

モルヒネはどのように使う?

さて冒頭の話、あえて挙げたのには意味があります。

これは「ある誤解」が世間に広がっているから起きるのですが、その誤解とは何でしょうか?

私は緩和ケアの専門家ですが、緩和ケアの専門家は医療用麻薬の専門家でもあります。

私もこれまで2000人以上の処方経験があります。

モルヒネの名前を聞いたことがない方は少数でしょう。

けれども、医療用のモルヒネについて、皆さんはどれくらいご存知でしょうか?

日本で使うことができる医療用麻薬はいくつか種類があります。

有名なモルヒネは、当然その中に含まれます。

一方でモルヒネは、はっきり言って、ものすごく誤解のある薬剤です。

先日、下の記事を読みました。

もしあなたが余命3ヶ月と宣告されたら、どんな最後を選びますか?「尊厳死」「安楽死」について本音で議論する

まず、終末期医療や緩和ケアに関して、識者が積極的に発言して周知に努め、ひいては前々から準備をして下さる方が増えることや、緩和ケアの大切さが知られるのは大変ありがたいことで、実際多くの方を救うことにつながるでしょう。

それなので、この記事の論者の皆さんにも感謝したいと思います。

一方で、やはりまだまだ、この手の事柄では言葉が指し示すものや内容等が正しく理解されているとは言い難く、専門家の医師を加えて議論することの大切さも示唆しているものと考えられました。

記事には例えば、このような文章がありました。

4つ目が「消極的安楽死」です。尊厳死と言われるものですね。今は国のほうでも、主にこの尊厳死について議論がなされています。胃ろうもせず、水も食物も与えないといった延命治療の不開始、または、そのとき行っている延命治療の中止です。

先日の

何でも「安楽死」と呼びすぎる日本 「医療的幇助自殺」、「鎮静」との違いは

を読んで下さった方はお気づきになられたと思いますが、海外では一般的に尊厳死を「医療的幇助自殺」の意味で用いますが、引用の尊厳死は「治療の差し控え・中止」を指し示しています。

やはり尊厳死はこのような2つの意味があるため、正しく理解する妨げになっている可能性があります。

そして最も気になった一節がありました。

「間接的安楽死」。緩和ケア用の薬物等を使用することで結果的に生命を短縮する方法です。たとえば痛くて辛いからと、少しずつモルヒネを打つ。これは結果的に死期を早めるので間接的安楽死という風に定義されています。

緩和ケアが必要だ、緩和ケアを普及せよ、そう後押ししてくださる方はたくさんいらっしゃいます。

一方で、肝腎の緩和ケアの「中身」はまだまだ知られていないと痛感するフレーズでした。

ではこの内容のどこが問題になるのでしょうか?

間接的安楽死、モルヒネ 本当?

世の中のイメージと実際が異なることが、緩和ケアや終末期医療関連の事柄ではしばしば存在します。

解説します。

1 モルヒネは打たない

最近は、モルヒネは特段の理由がない限り内服薬です。

打つ=注射ですが、持続的に少量をポンプで送る持続注射は行っても、筋肉注射や静脈注射で一気に注入する=打つ、という使用法を行うことは、がんの症状緩和の現場ではまずありません

未だに皆さん「モルヒネを打つ」とおっしゃいます。

一般の方に根付いたイメージなので、変わるのには時間がかかるとは思いますが、少なくとも「モルヒネを打つ」という使い方を第一声でする識者は、現場を知っている専門家ではないでしょう。

冒頭の話でも患者さんはモルヒネを「打つ」ものと捉えていらっしゃったのでした。

「飲み薬ですよ」と伝えると、目を丸くして驚いておられました。

2 間接的安楽死はない

間接的安楽死という言葉は、日本の判例の中には存在しても、医学的には正しくなく、世界的にもほとんど用いられていません<『終末期の苦痛がなくならない時、何が選択できるのか?』(森田達也著)>。

次にも解説しますが、そのような実態のある医療行為はありません。

したがって、間接的安楽死という言葉は使われないようにするのが良いだろうことが指摘されています<前掲書>。

3 モルヒネは命を縮めない

まだまだ世間一般には広くイメージで捉えられており、実際このように識者の発言にも登場する最大の誤解がこれです。

モルヒネは、実はがんの患者さんへの適正な使用では、命は縮めません。

まず「モルヒネだけは絶対イヤ」という患者さんがいらっしゃいますが、モルヒネと他の医療用麻薬はそれほど変わらず、モルヒネだけ危険性が高く朦朧とさせるというわけではありません。なお、どの医療用麻薬も「意識ははっきりとさせたまま」苦痛を緩和することを目的としており、意識を朦朧とさせてわけが分からない状態にさせて痛みを緩和する治療ではありません

実際、終末期にモルヒネなどの医療用麻薬を増やしても命が縮まないことは研究されており、その結果によると否定的です

以上のように、

“「間接的安楽死」。緩和ケア用の薬物等を使用することで結果的に生命を短縮する方法です。たとえば痛くて辛いからと、少しずつモルヒネを打つ。これは結果的に死期を早めるので間接的安楽死という風に定義されています。”

というフレーズは、何重にも正しくないのです。

ただ一般には、まだまだこのような誤解があるのもまた事実。

この誤解が、必要な方が正しくモルヒネなどの医療用麻薬を理解して使用することを妨げ、結果として痛みに耐え続ける方を作り出してしまいます。

「モルヒネを打つ」「間接的安楽死」「死期を早める」という理解は、最終段階になって意識を低下させるために(時には早く死なせてほしいために)希望する、しかしそれまでは我慢する、という行為につながるためです。

このような真実がもっと知られ、苦痛に悩む方が少しでも減ることを願っています。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

大津秀一の最近の記事