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人生会議のPRポスターが1日で発送中止になった件 緩和ケア医の視点

大津秀一緩和ケア医師
厚生労働省の人生会議PRポスターから引用

人生会議のポスターが公表され、わずか1日で発送中止になったことが話題になっています。

筆者がこの原稿を書き始めた時点(11月26日夕刻)では、発送中止の報はまだ流れていませんでしたので、そこから一気に事態が動いたことになります。

皆さんは人生会議をご存じでしょうか?

一度筆者も記事にしています。

家族が集まるお盆は人生会議とACPのベストタイミング 「もしも」が起こる前に行っておきたい人生会議

もしもの時のため、自分が望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療者・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みであるACP(アドバンス・ケア・プランニング)の必要性が知られていました【注; なお「もしもの時」と付いているのは厚生労働省の定義であり、本来のACPは「あらゆる年齢や健康状態の成人」が対象になります】。

しかし、「平成29年度 人生の最終段階における医療に関する 意識調査結果」で、ACPをよく知っている一般国民はわずか3.3%で、人生の最終段階(=終末期)における医療について家族と詳しく話し合ったことがある人(一般国民)の割合も2.8%だったのです。

そこで厚生労働省がACPに代わる「人生会議」という愛称を昨年選定し11月に公表、普及に乗り出していたのでした。

そこで出てきたこのポスター

人生会議という愛称が公表されて約1年、11月25日に「人生会議」のPRポスターが公表されました。

ポスターには人生会議の名称を選定する委員でもあったタレントの小籔千豊さんが起用されています。

画像

かなりインパクトがあるポスターですが、字面を読むと、死に瀕した状態で、大事なことを伝えていなかったと後悔するようなシチュエーションを想定していると捉えられます。

ただ、人生会議(ACP)は必ずしも死を前提としたものではなく「あらゆる年齢や健康状態の成人」が対象です<J Pain Symptom Manage. 2017 ; 53(5): 821-832.>。

しかも間際になってからそれを行うのは実際には困難で、価値観などに根ざした深い話し合いはできず、もっぱら医療行為の施行・非施行に限られてしまうのです。

本来、人生会議で話し合われる内容は下記になります。

・本人の気がかりや意向

・本人の価値観や目標

・(病気等に既にかかっている場合は)病状や予後の理解

・医療や療養に関する意向や選好、その提供体制

これらを行うのは、死期が迫ってからの実行では遅すぎるのです。

しかも、通常そのような状態では意識が混濁したり変容したりすることが頻度多く認められ、そもそも正当な意思を表示するのは難しいのです<参考;https://news.yahoo.co.jp/byline/otsushuichi/20190626-00131584/>。

しかし、ポスターでは死ぬときの後悔を想定しているためか、心電図モニターも平坦になっています。実際は、このような死の直前に、小藪さんのセリフのように考えることは困難でしょう。

相次ぐ批判

このポスターには患者団体や遺族から抗議が為されました。

「患者にも家族にも配慮がない」「誤解を招く」 厚労省の「人生会議」PRポスターに患者ら猛反発

筆者も、インパクトを狙っていることは痛いほど伝わりましたが、人生会議の大切なところがこれで伝わるのか、という点に違和感を覚えました。

そして絵面の怖さは耳目を集める効果はあるけれども、人生会議をしようとする背中を押すことに本当になるのだろうか、と疑問を感じたのも事実です。

人生会議が最も必要な主体はご高齢の方です。その方たちがこのポスターを見て、人生会議をしやすいのか。またこれをどこに貼るのかという問題もあるでしょう。本来効果が期待できる貼り場所と目される病院では、絵面等から率直に言って貼りにくいですよね。様々な疑問点が浮かんできます。

結果、ポスターに批判が相次いだため、予定していた自治体への発送をやめたと報じられました。

もちろん、人は最後の最後まで意識を保持できず、次第に選択する力が失われ、事前に自分の思いを周囲に十分伝え、代理人を定めて十分共有しておかないと、自らの思う方向とは違ったところに行ってしまう危険性があります。

そのため、死ぬ前に後悔しないために、人生会議を行うというのも一つの考え方です。

けれども人生会議の効用は、それだけではないのです。

人生会議のメリットにも光を当てるべき

医療者の間にも、手続きとして人生会議を推し進めることへの忌避感が一部にあるようです。

実際、早くも、アンケート用紙を渡して「ACPをしている」とする施設などもあると漏れ聞きます。

ACPは繰り返し話し合い共有することですから、記入してもらうのでは不十分です(※その点ではACPの新たな名である人生会議は「会議」と入っていますから、紙を渡すだけになるのは予防してくれるかもしれませんね)。

その方法とともに、意義や意味もまた周知される必要があると考えます。

人生会議はもちろん本人のため、後悔しないためのものではあるでしょう。

しかし、それだけではありません。

例えばある海外の研究では、人生会議(論文ではACP)を行った群で、患者と家族の満足度が向上し、遺族のストレスや不安、抑うつが軽減されたと示されています。

自分自身の満足にもつながった上に、残される方にとっての贈り物とも言えます。

先述したように、人生会議において医療の問題は話し合うべき事項であることは間違いありませんが、話し合われるものは単にそれだけではありません。

大切な人と「気がかりや意向」「価値観や目標」を話し合うことは、これからを生きる時に大切な事柄を見直すきっかけにもなるものです。

「やらないと後悔する」のみではなく、「やるとこんな良いこともある」との周知も必要だと考えます。

適時は「今」の人生会議

医療現場で働いていると、もちろん人口全体で言えば少ないわけですが、若年者でも突然亡くなったりするケースは頻々と経験します。

誰もが当事者となる可能性があるのです。

健康なうちから、どのような医療やケアを受けたいのか、どこでどのように過ごしたいのか、そして何を大切にしてどう生きるのか、それを考えて共有しておくのは価値があることです。

また例えば病気になった際にも、緩和ケアの従事者の関与が(ACPとは異なりますが)事前指示を完成する率が高いとされ<心不全における研究>、医療者に手助けしてもらいながら人生会議を為してゆくことが勧められます。

それを行うベストなタイミングは今で、それは皆さん自身と大切な人への贈り物なのです。

緩和ケア医師

岐阜大学医学部卒業。緩和医療専門医。日本初の早期緩和ケア外来専業クリニック院長。早期からの緩和ケア全国相談『どこでも緩和』運営。2003年緩和ケアを開始し、2005年日本最年少の緩和ケア医となる。緩和ケアの普及を目指し2006年から執筆活動開始、著書累計65万部(『死ぬときに後悔すること25』他)。同年笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。ホスピス医、在宅医を経て2010年から東邦大学大森病院緩和ケアセンターに所属し緩和ケアセンター長を務め、2018年より現職。内科専門医、老年病専門医、消化器病専門医。YouTubeでも情報発信を行い、正しい医療情報の普及に努めている。

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