北朝鮮「マジメすぎる社長」の死で金正恩批判が噴出
北朝鮮北部にある両江道(リャンガンド)は、平地が少なく冬の寒さが厳しいことから鉱業と林業以外の産業が育たず、昔から人口希薄の辺境の地だった。この地域に大きな変化が生じ始めたのは、北朝鮮の市場経済化が進んでからのことだ。
川向うが中国というロケーションを活かして、合法・非合法の貿易が盛んに行われるようになった。いつしか地域は、輸入した中国製品を北朝鮮各地に輸送する流通の一大拠点へと発展し、大いに栄えた。
ところが2020年1月、北朝鮮当局は、新型コロナウイルスの国内流入を防ぐために国境を封鎖し、人はもちろん、モノの出入りも禁じてしまった。それ以降、厳しい不況が地域を襲い、泣き面に蜂でロックダウンも繰り返される始末。地域経済はすっかり疲弊してしまった。
そこにもたらされたのは、「国境が再び開かれる」との噂だ。人々は大いに期待するも、事実でないことがわかり裏切られることを何度も繰り返した。話半分で受け止めつつも、信じたいという希望を抑えきれなかったのだろう。
最近では先月17日に恵山(ヘサン)税関を再開するとの指示が中央から下されたものの、中央の検閲(監査)の結果、防疫設備に問題があることが発覚し、再び延期されてしまった。そんな中で、ある貿易会社の社長が自ら命を絶つ事件が起きた。現地のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
地元で貿易会社を経営してきた40代男性のキムさんは、コロナ前には鉱石を中国に輸出して富を築き、地域では「鉱石輸出と言えばキムさん」と言われるほどの有名人で、皆が羨む人だった。
信用があっただけにトンジュ(金主、ニューリッチ、ヤミ金業者)からいくらでもカネを借りることができたが、そんな状況を一変させたのが2020年1月のコロナ鎖国だった。輸出がいっさいできなくなり、たちまち返済が行き詰まってしまった。
信用の高さと、国境封鎖という特殊な状況からトンジュたちは返済の催促を行わなかったが、真面目な人柄だったのかキムさんは罪悪感に苦しみ、今年3月ごろからは、タバコ1箱買えないほど困窮し、プレッシャーに押しつぶされそうになっていた。それまでは口にすることのなかった酒を毎日飲むようになり、酔っ払っては「税関の連中が俺の首を絞めやがる」「いっそ死んだほうがマシだ」とボヤいていた。
そして、今月の18日。いつものように酒浸りになっていたキムさんは、妻と口論となった。カッとなった彼は、200錠入りの薬を丸々1本飲んで、亡くなってしまった。
やはり彼は、未来の見通しが立たないことにストレスを感じていたようだ。
「昨年から税関が再び開かれるという噂がたびたび流れていたが、一向に開かれず、貿易業者の苛立ちは募っていた」(情報筋)
「貿易さえできるようになれば」と思いつつも、一向に再開の兆しがなく、その指示がくだされてもまたもや延期。もはや彼の心は壊れてしまっていたのだろう。キムさんが亡くなったという話は、すぐに市民の間に広がり、皆が皆、金正恩体制を批判した。
「対策もなく統制ばかりする国の政策のせいで、惜しい人がまたひとり亡くなってしまった」(市民の声)
もちろん、こうした批判で金正恩総書記を名指しすれば命はない。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
しかし、北朝鮮の人々が国と言うとき、その向こう側には最高指導者がいる。
北朝鮮当局は、皆が自由に貿易をしていたコロナ前とは異なり、国がすべての貿易を司る「国家唯一貿易体制」の確立を目指している。もしそれが実現すれば、地域経済は沈滞から抜け出せなくなり、絶望するのはキムさんひとりでは済まなくなるだろう。