北朝鮮でマンション火災、消防出動せず住民は茫然
韓国消防庁の資料によると、同国では2019年の時点で、全国219の消防署で、5万6647人が消防士、救急隊員として勤務している。その数は、年間1700人のペースで2022年まで増員が続く。
一方の北朝鮮では、消防署の数は120、人員は消防士が3000〜4000人程度だ。人口は韓国の約半分だが、それを考えても非常に少ない。その穴を埋めるのは大規模な企業所が独自に設置した産業消防隊と、村ごとに設置された群衆自衛消防隊――日本で言うところの消防団だが、人員や装備の不足で、火災に対応できていない。
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた火災のニュースから、その一端が垣間見える。
今月12日午後7時ごろ、両江道の恵山(ヘサン)氏のマンションで火の手が上がった。情報筋が送ってきた画像には、白い外壁の7階もしくは8階建ての比較的築浅に見えるマンションの最上階から火と煙が上がっている。
(参考記事:【目撃談】北朝鮮ミサイル工場「1000人死亡」爆発事故の阿鼻叫喚)
国境を流れる鴨緑江を挟み恵山と向かい合っている中国吉林省の長白朝鮮族自治県には、中国内外から多くの観光客が訪れる。川幅が狭く、北朝鮮を間近に眺められるからだ。対外的イメージを気にする北朝鮮は、不動産投資を兼ねて新しいマンションを次々に建てていた。
そんなマンションで火災が起きても、消防隊が出動することはなく、住民は為す術もなく家が燃えるのを見守るしかなかった。住民らはそもそも、最初から出動を期待していなかった。部屋の中にあった家財道具などが燃え尽き、火は自然と消えた。
北朝鮮、特に地方では、消防のみならず電気、通信、水道など、行政サービスの質が極めて低い。住民は行政に期待していないし、政府も住民のことなど考えていない。
一方で、火災が起きたマンションでは各戸にあった金日成主席、金正日総書記の肖像画はいち早く運び出された。住民は「家財道具は何も運び出せなかったが、肖像画を安全に運び出すことに集中した」(情報筋)という。
肖像画を守るために命を落としたということが美談として紹介されるのお国柄で、逆にたとえ故意でなくとも肖像画を破損してしまったら、「忠誠心が足りなかった」などを激しく批判され、処分を受けてしまう。
消火作業に全く役に立たない消防署だが、何もしていないわけではない。
「電気工事がいい加減に行われていたところを点検するために機関、企業所の技術課、後方部建物課の検閲(検査)を行う。一般住宅とマンションは、市人民委員会(市役所)の配電部と都市経営課が10日かけて検閲を行う」(情報筋)
消防署は、屋上につながっていた電線に規定通りの被覆線が使われておらず、配電盤のヒューズも機能しなかったために火災が発生したと見て、市内の建物に対して点検を行うという。消火活動をした上での点検なら理解できるが、現場に出動すらせず、調査と点検だけ行うというのだ。
また、機関、企業所、住宅を管理するすべての単位(職場)が、消防安全規則に則って、建物の面積に合わせて土嚢を配備することを決定した。10日内に配備して、安全局(警察)に報告せよとの指示も出した。
この土嚢は、消火用の砂が入ったものだ。一般の消火器で消せない火災の場合に使うものだが、消火器、スプリンクラーなどの消防設備が足りないため、代用として使われているのだ。