日銀の役割としての決済業務
日銀の佐藤審議委員は2月27日に「グローバルな日本国債の有効活用に向けて ─ 国債の決済インフラ改善に向けた最近の取り組み─ 」というタイトルの講演を行った。このなかで佐藤委員は次のような発言をしている(元は英語、日銀の邦訳わり引用)。
「日本銀行は、日本経済において多面的な役割を担っている。日本の金融政策に責任を負っていることは勿論のことながら、同時に、銀行の銀行としてバンキングサービスの提供を行っており、日本における決済の安定を維持することを業としている。日本銀行と決済の関わりも多面的で、自ら金融機関等に当座預金口座や国債口座を提供して円資金や日本国債の決済サービスを行っている。」
日本銀行といえば、金融政策を行っているついでに日銀券も発行しているといった認識を持っている方も意外に多いのではなかろうか。しかし、日銀の業務のなかに占める金融政策の割合はほんの一部であり、その業務の主体はむしろ金融という日本の大きなインフラの中心となり、円滑に資金のやり取りが行えるシステム、つまり決済システムを維持していることにあるといっても過言ではない。
経済取引には常にお金の受払いや、証券などの受渡しなどが絡む。これは「決済」と呼ばれ、決済の際に受け払いされる現金や預金などは「決済手段」と呼ばれる。決済手段には、通常、現金や金融機関の預金などが使われる。このため日本銀行にある金融機関の当座預金口座が決済手段として利用されている。日銀は国債取引に伴う受渡しを帳簿上の口座振替などによって処理するなど国債の決済業務も行っている。
金融機関同士が行う資金取引の決済や国債など証券取引の代金の決済や、民間決済システムの最終的な決済に日銀の当座預金での振替が利用されている。日銀が金融機関との間で行っているオペレーションや貸出し、国庫金の受払い、国債の発行・償還に伴う資金の受払いなどについても、日銀の当座預金を介して決済が行われている。
日銀はこうした資金や国債の決済が安全かつ効率的に行われるようにするために、コンピュータ・ネットワークシステムを構築している。これが「日銀ネット」とも呼ばれる日本銀行金融ネットワークシステムである。
日銀の本支店と参加金融機関は、日本銀行電算センターと通信回線で接続されており、全銀システム(全国銀行データ通信システム)や、手形交換制度、外国為替円決済制度などで決済処理された最終的な決済を行っている。証券決済システムとして国債の決済などもこれを通じて行っている。国債の入札も日銀ネットの端末が使われている。
日銀ネットは、日本銀行と金融機関との間の資金決済をオンラインで処理するネットワークシステムで、このシステムは日本の金融取引における重要なライフラインとなっている。このため、大阪に電算センターのバックアップ機能を備えるなどかなり高度なセキュリティ対策も講じられている。もしこの日銀ネットに障害が起きるようなことになれば、国内の金融決済業務に大きな支障が出ることになる。電気の供給がストップしてしまうような事態が発生することになる。それほど重要な日本経済を支えるシステムといえるものなのである。
佐藤委員は、国債決済の安全性強化に向けた取り組み例として、国債取引の約定から実際の決済までの期間(国債決済期間)の短縮化と、清算機関の利用促進とその前提としての清算機関の機能強化を挙げている。
国債の決済に関しては、1995年時点ですでにアメリカ、イギリスなどは約定日から起算して2営業日目(T+1)つまり翌日決済を行っていたが、当時日本ではまだ特定日決済の5・10日決済をおこなっていた。特定日決済とはある期間に約定された取引の決済をすべて特定の日に行う決済である。これに対して取引を常に約定日から一定期間経過後に決済するのはローリング決済と呼ばれる。
その後、日本でも1996年9月19日の売買分より、約定日から起算して8営業日目(T+7)に決済を行うローリング決済に移行した。そして、1997年4月21日売買分からは約定日から起算して4営業日目(T+3)に決済を行うことになり、2012年4月23日約定分からは3営業日目(T+2)に決済を行っている。現在はT+1に向けての検討が進められている。T+1のTとは「Trade date」のことで証券の売買が成約された日、つまり約定日を意味する。慣行上、T+1は「ティ・プラスいち」、T+3は「ティ・プラスさん」といった呼び方をしている。
国債など金融商品の決済期間の短縮は、未決済残高を減少させ、結果として決済リスクを削減するための有力な手段となる。たとえば急激な相場変動が起きた際にも決済不履行などの事故が生じる決済リスクを軽減させられる。
2005年5月からは日本国債清算機関(JGBCC:Japan Government Bond Clearing Corporation)の業務が開始された。日本国債清算機関は、国債市場の主要プレーヤである証券会社・銀行・短資会社等の共同出資により2003年10月に設立されたものである。
現物国債のほとんどが店頭で取引されており、約定から決済に過程は、約定から照合、そして清算、決済といった流れとなっているが、清算機関が創設される以前は、清算がないまま各当事者が相互に日銀ネット上で決済を行なっていた。しかし、清算機関が創設されたことにより、参加者同士の取引に関わる決済は、原則に日本国債清算機関に集約され、清算(ネッティング)を経て決済を行うことが可能となったのである。
つまり参加者は決済上の相手方リスクを負うことなく、ネッティングにより決済量を大幅に減少させた上で、安全かつ効率的に決済することが可能となっている(日本国債清算機関のサイトを参考)。
佐藤委員は講演でJGBCCに絡んで次のような発言もしている。「金融危機において JGBCC がリスク拡大を防止する上で果たした役割を踏まえ、国債取引における清算機関の利用促進に向けた取り組みが進められており、2014 年前半を目途に、国債レポ市場における主要な資金の出し手である信託銀行が運用有価証券信託(いわゆるレポ信託)での JSCC への参加を予定している。」
国債の決済業務は売買業務に比べて、一見地味な役割のように見えてしまうが、決済業務が滞ってしまうと売買業務に支障が発生してしまう。決済そのものができなくなってしまうと、ビットコインの問題ではないが、その信用が失墜してしまう懸念もある。この国債の決済業務にも日銀は大きな働きをしているのである。