「あと何年生きられるか」が長くなる謎の現象の実情を完全生命表からさぐる(2022年公開版)
世の中の理(ことわり)に従えば、年齢が上になるに連れて平均余命(その年齢の人が平均してあと何年生きられるか)は短くなる。極端な事例を挙げると「小学生よりも定年間近の人の方が、平均余命が長い(長生きする)」といった状況はありえない。ところが戦前から戦後しばらくの時代においては、「ゼロ歳」よりも「1歳」の方が、平均余命が長い時代が存在している。
次のグラフは男女別に、各完全生命表(国勢調査や人口動態統計の結果を基に作成されている。戦後は5年おき、戦前は不規則期間で算出)におけるゼロ歳から2歳までの平均余命をグラフ化したもの。男性は1970年、女性は1965年まで、平均余命の動きが年齢と反比例しない、つまり「年上の方が長生きしそう」との状況が確認できる。グラフ上の矢印の年より後の値の動きこそが、本来あるべき姿。
戦前は特にゼロ歳の平均余命が短く、1歳・2歳と年上になるに連れて平均余命が長くなる。戦後になるとようやくゼロ歳と1歳との差異が縮まり、1歳から2歳にかけて(世の理に従うように)平均余命が短くなる。そして男性は1975年、女性は1970年で、ゼロ歳が一番平均余命が長い状況に落ち着く(上記グラフは1975年までだが、それ以降の年はすべてゼロ歳>1歳>2歳の動きを示す)。
これはひとえに、過去においては乳児を取り巻く環境が悪く、また保健医療体制・技術も立ち遅れており、乳児の死亡リスクが高かったことを起因とする。体力も小さく抵抗力も弱い乳児の状態を乗り越え、ようやく「現在では」ごく普通の状態「歳を経るほど平均寿命が短くなる」流れに乗ることができる。まさに「ゼロ歳」の状態を無事過ごすことが、非常に高いハードルだったことの表れといえる(昔は「1歳」の状況ですら、まだ体力が十分でなく、「2歳」よりも低い平均余命を示している)。
特に1921~1925年において、ゼロ歳の平均余命が極端に短くなっているのが、今件状況の典型的な現れ。これはスペイン風邪の世界的流行で、体力・抵抗力の無い人の多くが倒れてしまった歴史的事実を示している。乳児もまた体力が足りず、例年以上に「最初の一年」を乗り越えられず、結果として平均余命を押し下げてしまっている。
戦後になり、保健医療体制・技術も整備され始め、栄養状態も良好化し、乳児のリスクも減っていく。戦後の早期に「1歳から2歳」の平均余命減少化が起き、そして男性は1975年、女性は1970年にようやく、年齢と平均余命の動きが正常化する。乳児のリスクが「寿命」の動きを正常化させるほどに小さくなったのは、ほんのわずか半世紀足らずほど前でしかない。いわゆる「高度成長期」に入り、ようやく日本人が成し遂げた「勝利」といえる。
なお1980年以降の動向は次の通り。今の常識である「歳を経るほど平均寿命が短くなる」がそのまま維持されている。
数字の上ではわずかな違いでしかないが、その数字が指し示す、一見すると当たり前の事象が、いかに大切なのかを再認識してほしい。
わらべ歌の「通りゃんせ」のフレーズにある「七つのお祝いに お札を納めに参ります」は、「昔は乳幼児の死亡率が高く、7歳まで生き伸びることが今と比べて難しく、無事に成長してその歳まで生きながらえたことを祝う儀式を表している」とする解釈がある。さらに「七五三」は、「その歳までよくぞ生き延びることができた」として、子供の歳の節目を皆で祝うとの意味合いがある。
「人口動態統計」によって平均余命が計測されたのは100年強ほど前からだが、それより前の時代は、一層状況が厳しかったこと、乳幼児の平均余命が短かったことは、容易に想像できる。
日本でもほんの数十年前、百余年前までは上記グラフにあるように、乳児・新生児の時点で生き長らえることができず、世を去らねばならない命が多数存在していた。その事実を、今回のグラフとともに知らねばならない。
そして数多の環境整備・各方面の努力、その積み重ねによって現状が支えられていることを、改めて認識する必要がある。「当たり前だ」「何をいまさら」とする意見もあるだろう。しかしやもすれば不確かな知識のみ、あるいは現実と物語を混同した上で物事を声高に主張する人がいる昨今だからこそ、その認識が求められている次第である。
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(注)グラフ中の「ppt」とは%ポイントを意味します。
(注)「(大)震災」は特記や詳細表記のない限り、東日本大震災を意味します。
(注)今記事は【ガベージニュース】に掲載した記事に一部加筆・変更をしたものです。