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なぜアメリカは「中国がロシアに武器供与」をトーンダウンさせたのか?

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
言葉を濁すバイデン大統領(写真:ロイター/アフロ)

 2月18日、ミュンヘン会議であれだけ「中国がロシアに武器供与を検討している」と煽り立てたアメリカは、2月26日になると「支援を提供する方向には進んでいない」とトーンダウンし始めた。なぜか?

◆どんどんトーンダウンしていくアメリカ

 2月22日のコラム<ブリンケンの「中国がロシアに武器提供」発言は、中国の和平案にゼレンスキーが乗らないようにするため>で書いたように、最初にアメリカのブリンケン国務長官が「中国はロシアに殺傷能力のあるもの(=武器)の提供を検討している」と発言し始め、大きな問題になったのは、今年2月18日、ドイツのミュンヘンで安全保障会議が開催された時だった。ブリンケンはさらに中国の外交トップ・王毅(中共中央政治局委員)との会談後、「もし武器の提供などをすれば、普通ではない制裁が待っている」と王毅に警告したと、高々と表明した。

 中国がウクライナ戦争の「停戦」を仲介しようとすると、アメリカは必ず「中国がロシアに武器を提供しようとしている」と主張し始めて、「停戦をさせない」方向に動くことは当該コラムで述べたが、ここでもう一度その時系列を示しておきたい。

 図表1に示すのは、「停戦」に関する米中ウ(米国・中国・ウクライナ)の言動である。赤色で示したのは、アメリカが「停戦させまいとして動いた言動」を指している。特に黄色でハイライトした「2」、「9」、「23」に注目していただきたい。

図表1

筆者作成
筆者作成

 最初に習近平がプーチンに言ったことがきっかけで停戦に向かおうとしたところ「2」にあるようにアメリカは当日の内に「騙されるな」と言い、「9」でアメリカお得意の「中国がロシアに武器提供を検討している」を言い始めた。今般はまた中国が「和平案」を提出することになったのを知り、「23」にあるように同様に「中国がロシアに武器提供を検討している」と発言して注目を浴びたのは周知の通りだ。

 ところがブリンケンは2月24日になると、「ええと、私たちは彼ら(中国)がそう考えているのではないかと心配しているわけでして・・・」と、もはや言い回しが違ってきている。

 アメリカCIAのバーンズ長官は2月25日に、例の過剰な自信を以て「確信している」と断言しながら、同時に「しかし、最終的な決定が下されたか否かは分からない。また、(提供しているという)証拠もない」と、支離滅裂なことを言い始めた。バーンズに関しては2月15日のコラム<「習近平は2027年までに台湾を武力攻撃する」というアメリカの主張の根拠は?>で書いたように、口から出まかせの推測を「確信がある」と断言する性癖を持っている男だということがわかった。今回の「確認がある」も、その舌の根も乾かぬうちに「証拠はない」と堂々と否定できる人間なんだということがわかり、興味深い。

 その翌日の2月26日になると、バイデン大統領は、「ええと・・・、ほら、それは中国ではなく・・・」としどろもどろに「私は去年の夏、習近平と話をしたのですが・・・」と話題を変え(それも夏ではなく去年の11月だが)、「私たちは、まだその証拠(China providing weaponry to …to… to Russia)を見ていませんから、警告しているだけで・・・」と、これも何を言っているか分からない。

 サリバン大統領補佐官に至っては「いや、私に言えることは、ブリンケンやバイデンから聞いたことだけでして…」と歯切れが悪い。

 そして2月27日、そのサリバンは「私たちは中国に、そのようなことをする予定を立てるなというメッセージを発しているだけで・・・」的な逃げを見せ、日本語の情報では<米、中国がロシアに武器供与なら「大きな犠牲」 習氏は来週訪ロか>と、ロイターが威勢のいい見出しを付けてはいるが、内容を読むと「中国は、ロシアに、致死性のある支援を提供する方向には進んでいない」と明言してしまっているではないか。

 見出しだけ勇ましく付け、内容を読むと「中国は支援の提供を進めていない」という考えられないようなトーンダウンで、ロイターの日本語版も信用を失わせる情報になっている。おまけに「習氏は来週訪ロか」とは、何を考えているのやら。

 3月4日からは全国政治協商会議が開催され、5日からは全人代(全国人民代表大会)が開催されて、習近平三期目の国務院(中国政府)側の人事配置が決定される最重要な時期に入る。全人代閉幕の日に投票が行われるまでは、片時たりとも北京の人民大会堂を離れることができない。

 ホワイトハウスの声はグチャグチャに乱れている。

◆なぜ、このようなトーンダウンが起きているのか?

 そこで、なぜ、このようにうろたえ、激しくトーンダウンし始めたのかを考察してみた。

 「なるほど、これか!」と納得したのはピュー・リサーチが行ったアメリカ国内の意識調査である。1月31日にアメリカのシンクタンク「ピュー・リサーチ・センター」は“Republicans, Democrats grow more divided over US support for Ukraine ”(共和党と民主党は、アメリカのウクライナ支援をめぐって分裂を深めている)という意識調査結果を発表している。

 ピュー・リサーチによれば、今年1月18日から24日にかけて5,152人のアメリカの成人を対象に「アメリカがウクライナに過剰な支援をしているか」に関して調査したところ、「過剰な支援をしている」と回答した人は昨年9月から6%増え、開戦以来から見ると19%増加していることがわかったそうだ。

 そこで、共和党と民主党に関して党員およびその支持者たちを対象に調査したところ、「共和党では40%」が「過剰な支援をしている」と答え、「民主党では15%」が「過剰な支援をしている」と回答していることが判明したとのこと。それを図表2に示す。

図表2

ピュー・リサーチのデータを基に筆者作成
ピュー・リサーチのデータを基に筆者作成

 図表2から明らかなように、月日が経つにつれて、共和党も民主党も「過剰な支援をしている」と感じている人が増えている。特に注目すべきは共和党の方が増えており、全体の「過剰な支援への不満」の増加傾向に近づいている。

 それに比べて民主党は「過剰な支援をしている」とみなしている人の増加が少ない。ということは、このままウクライナへの支援を増やし続けていると、次期大統領選挙運動に入った時に民主党に不利になるのが見えてくる。民主党の中でさえ、微少ながらも「ウクライナに支援し過ぎだ」という人が増えているのだから、放置はできないだろう。

 特に中国はブリンケンが「中国がロシアに武器を提供しようとしている」と言い始めたことに関して強烈に抗議して否定し、「戦場に武器を送り続けているのはどの国だ!そんな国に、他国に対して四の五の言う資格はない!」と跳ねのけている。これはアメリカでも報道され、「過剰に支援している」と思っているアメリカ国民の心に影響を与えている。「じゃあ、アメリカはどれだけウクライナに武器支援しているのか?」という事実に、どうしても問題意識が向かうからだ。

 しかも、ピュー・リサーチの「ウクライナ戦争はアメリカにとって重大な脅威になっているか?」という質問に対して、昨年5月から比較すると、全体として15%も減っているのに、民主党ではあまり減っていない。「脅威だ!」と民主党が言い、「それほど大きな脅威ではない」と主張する共和党の方が、民意に近いことが見えてきた。それを図表3に示す。

図表3

ピュー・リサーチのデータを基に筆者作成
ピュー・リサーチのデータを基に筆者作成

 この二つのデータからだけでも、このまま次期大統領選に入ったら、民主党に不利で、そうでなくともバイデンの再出馬を危ぶむ声もある中、最近では「ロシアのウクライナ侵攻を止めることができなかったのはバイデンの失敗」という批判さえ聞かれるようになり、アメリカとしては「中国がロシアに武器提供をしようと考えている」というようなことは言いにくくなっているのではないかと、判断されるのである。

 加えて、ノルドストリームの海底パイプラインを爆破させた犯人はバイデンであるというスクープも発表されているので、「共和党だったらウクライナ戦争は起きなかったはずだ」という声は大きくなるばかりだ。

 これもまた、アメリカの「トーンダウン」の背景の一つになっているのかもしれない。

◆習近平はウクライナには銃を向けない

 なお、くり返し書いてきたが、中国とウクライナは非常に仲が良く、1991年末に旧ソ連が崩壊した瞬間から国交を結び、ソ連の武器弾薬庫となっていたウクライナの技術者を破格の厚遇で中国に迎え中国の軍事力を高めてきた。

 拙著『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』で詳述したように、選挙で選ばれたヤヌコーヴィチ政権をバイデン(当時副大統領)やヌーランド(当時国務次官補)等が国際法を犯してクーデターを起こし転覆させ、親米のポロシェンコ政権を打ち立てようとしたときに、ヤヌコーヴィチ大統領は訪中して習近平に会い、「中国・ウクライナ友好協力条約」を結んで、「安全保障上の協力」まで約束している。

 何よりもウクライナは「一帯一路」のヨーロッパへの出口で、中欧投資協定を諦めていない習近平としては、ウクライナと敵対する気は毛頭ない。

 あくまでもアメリカが潰そうとしている対象国同士としてプーチンを経済的に支えているだけだ。

 また、プーチンのウクライナ侵略がウクライナの少数民族を助けるという大義名分である以上、ウイグル族やチベット族などを抱える習近平としては、絶対に軍事的にロシア側に立つことはできないのである。

 したがって習近平はウクライナには絶対に銃を向けない

 この基本を分かってないと「ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略」を理解することはできないと確信する。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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