【富士宮市】織田信長ファンの歴女必見!信長が自称した天魔王を祀っていたとされる『第六天神社』
富岳館前を通り市役所に抜ける広くて走りやすい道路ができ、良く利用するようになりました。
富岳館には道路沿いにヤギなどがいて、道路から動物達に触れ合う小さな子ども連れの方などを見ると、気持ちが和みます。
そして、いつも気になっているのが、富岳館高校の敷地内だと思ってしまうほど近くに鎮座する『第六天神社』。
今回は、いつも気になりながらも通り過ぎてしまう『第六天神社』に足を止めてみました。
『第六天神社』の入口には、最近あまり見かけなくなった筒形の赤いポストがあります。余りに年季が入っているのでオブジェだと思いましたが、ちゃんと投函口がありました。
道路から見た『第六天神社』は、まるで富岳館高校の敷地の一部のように見えます。
両側にある幟立てには何か刻まれているのですが、解読不明でした。
一歩踏み入れると左側には灯籠と石祠があります。
祠の中には、石の棒のようなものが祀られていました。
まだ新しく見える鳥居はコンクリート製で、平成16年に第六天神社氏子さんによる建立と記されていました。
本殿右側には立派な桜の木がありました。もう少し早く訪れたら、満開の桜が綺麗だったと思われます。
人が一人歩く程度の幅で敷かれたコンクリートの道は本殿裏に続き、その先には立派だったと思われる古木がありました。
倒木もしくは腐食などで幹は途中でなくなっていますが、幹からは多くの枝が伸び葉を茂らせていました。
さて、『第六天神社』とはもともと他人の楽事を自在に自分のものにできる『第六天魔王(他化自在天)』を祀っていたそうです。
武田信玄と織田信長が書状のやり取りをした際、信玄が『天台座主沙門信玄』と名乗ったのに対し織田信長は『第六天魔王信長』と署名して返したという逸話も残っています。
明治の神仏分離の際に創造、発展、完成の神様である高御産巣日神(タカミムスビノカミ)と日本の国土を生み出した伊邪那岐神(イザナギ)の2神に書き換えられたと言います。
いずれにしてもとてつもない強さを感じる神様を祀った『第六天神社』。
まるで続き地のようにある富岳館高校の生徒たちを加護しているようにも思えました。
第六天神社
住所:富士宮市弓沢町(富岳館高校正面東)