世界各国の科学技術に対する考え方をさぐる(2017~2020年分)
「科学技術は生活をよりよくしてくれる」強い肯定は中国や中東各国
物事の理(ことわり)を数理や法則で体現化し、その仕組みを解析するとともに、その内容を生活に役立て、知的好奇心の充足に用いる。人間の飽く無き欲望の充足手段として科学技術は進歩発展をしてきたが、その方向性や進歩に伴う弊害を受けて、一部にせよ全体にせよ否定的な意見を唱える人も少なくない。それでは社会の方向性として、科学技術の進歩は肯定されるべきなのか、それとも否定するのが望ましいのか。国単位の価値観を中長期的に定点観測の形で調査報告している「World Values Survey(世界価値観調査)」(※)の結果を基に、その実情を確認する。
まずは科学技術そのものに対する個人ベースでの期待の項目から。科学技術の進歩発展により、人々の生活はより健康的に、快適に、過ごしやすくなるのか否か。一般論として1から10の区切りで肯定・否定を語ってもらい、その平均を計算した結果が次のグラフ。完全な否定が1で肯定が10。中間は5.50となる。数字が大きいほど科学技術が生活を豊かにするとの意見に肯定的となる次第。
今回対象となった諸国ではすべて5.50を超えており、全般的には肯定的であることが確認できる。一方で中国と中東諸国が高く、ギリシャ、ロシア、ウクライナがそれに続くなど、おおよそ(旧)共産圏諸国ほど科学技術への期待が高いことがうかがえる。
日本はといえば7.60。やや高めの値ではあるが、データの詳細を見ると「それなりに貢献する」的な領域の「8」が最大回答率(28.1%)を占めていることや、「分からない」(平均値換算の際には除外)が5.2%もいる点で、科学技術への疑いを持つ人、完全に信じ切れているわけではない人の多さが見て取れる。
科学技術で世の中はよくなるのか、そして重点を置くべきか
それでは生活に留まらず、世の中全体として科学技術により世の中はもっとよくなるのだろうか、それとも悪くなるのだろうか。同じ様式で回答してもらった平均値が次のグラフ。値が高いほど「科学の進歩は世の中をよくする」との思いが、国民全体として強いことを意味する。
人々の生活ベースでの科学技術の貢献を信じる人が多い中国や中東諸国、旧共産圏諸国で、高い値が出ている。特に中国は抜きんでる形となっているのが注目に値する。投資できるリソースが多く、成果を見受ける機会が多いのも一因だろう。ゲームならば何度でもサイコロを振る機会が得られるとの表現が実情に近いだろうか。
生活に限った先行設問「科学技術は生活をより健康的に、快適に、過ごしやすくしてくれる」では意外に低い値を示したアメリカ合衆国や韓国でも、今設問では高い結果が出ており、科学が世の中をよい方向に牽引してくれることを期待する意思が強いことが分かる。他方日本は意外にも低めの値に留まっており、やや残念な結果となっている。もっとも「分からない」の回答値も8.7%確認されており、これが足を引っ張った部分もある。
最後は、技術の進歩に国全体として重点を置くこと(例えば国家的リソースの重点配置)はよいことか否かについて。これはよし悪しの2択に加え「どちらとも言えない」「分からない」の選択肢を用意し、いずれかを選んでもらった上で、よし=+1・悪し=-1で足し引きし、その結果を重点配慮への傾向値として算出したもの。数字が大きい方が、その国の国民は技術進歩促進に積極的な姿勢を示していることになる。
科学技術で生活がよくなる、世の中がよくなると考えている傾向が強い中国や中東諸国では、やはり高い値を示している。科学は個人ベースでも世の中全体でもプラスとなる原動力なので、国としても重点を置くのは当然の話であり喜ぶべき施策だと考えるのは物の道理。日本では科学の進歩で世の中がよくなるか否かについてはいくぶん懐疑的ではあったが、重点施策に関しては肯定的な意見が強くなっている。
もっとも先進諸国では値が低めなのも傾向として見受けられる。例えば韓国やアメリカ合衆国では0.48と意外に低い。これは先進国ほど「どちらともいえない」「分からない」の回答率が増え、よし悪しへの割り振りが減ってしまうのが主要因。例えば韓国では35.0%、アメリカ合衆国では38.8%もの人が「どちらともいえない」と回答している。闇雲に前進するばかりでは時として暴走につながり、道を誤りかねないことへのリスクを恐れて、さらにはその実体験からの教訓の結果としての回答なのかもしれない。
日本は比較的科学技術に関しては肯定的で、国策ベースへの期待でも悪い値は出ていない。しかし現状では科学への軽視傾向が多分に見受けられる。「科学万能、猛進主義でないのなら、あまり科学技術に力を入れなくてもよいではないか」「世界で一番でなくても、他国に任せればよいのでは」「数年くらい研究を中断しても問題ないのでは?」との意見を持つ人もいることは否めない。
親に叱られる子供イメージ子供が自ら望んでピアノや野球の練習に励むようすを想像して欲しいが、そのような場で子供に対して「どれほど頑張ってもあなたはできるはずはないのだから、あまり練習をしなくてもいいよ」「どのみちあの子が大会候補に選ばれるのだから、ピアノ塾もお金も無駄になるので、通う回数を半分にしていいね」「お前はいくら練習したところでプロ野球選手、それどころか児童会チームのレギュラーにもなれやしない」と親が高圧的に諭したら、子供はどのように考えるだろうか。やる気をなくし、機会を失い、もしかしたら芽生え、大きく成長したかもしれない芽はつぶれてしまうだろう。大きく成長はしなくとも、果実を実らせるくらいに成長し得たかもしれない「可能性」を無きものにしてしまう。
そして自分自身の経験を思い返してほしいのだが、中長期的な目標を設定した場合、その目標値を10にしたところで、その目標値通りに達成することは滅多にない。大抵がその半分前後の達成率、具体的には5前後に留まってしまうのが世の常。だからこそ目標は「夢」であり「最大限に成功した際の天井的なもの」として設定されねばならない。「末は博士か大臣か」は親から子供に向けられた昔の言葉だが、実際にすべての子供が博士か大臣になる状況などありえない。
ある意味、科学技術への資金・人材・機会的な支援は中長期な視点での「投資」に他ならない。「短期的な成果が見られないから」「一番になる可能性が低いから」、それだけで研究を中断したり歩みをくじかせるのは、短期的にはプラスとなるかもしれないが、中長期的には間違いなくマイナスとなる。もちろん本当の「ムダ」を省くのは必要ではあるものの、未来の世代に向けて保存してある「種もみ」や「備蓄食料」を、「今贅沢をしたいから」「贅沢させると約束したから」との理由で手をつけるのは、現在においてはもちろんのこと、未来の子供達に対する大罪に他ならない。
あるいは「先の事など知らない」と受け止められる大人たちの自分勝手な行動に、子供達はどのような視線を向けているのか。大人たちは今一度、考え直してみるべきではないだろうか。日本は科学や技術に対して、他国に負けないバランス感覚に優れた考え方を持っているはずなのだから。
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※World Values Survey(世界価値観調査)
世界100か国以上が参加して実施している国際的プロジェクト「世界価値観調査」によるもの。各国・地域毎に全国の18歳以上85歳以下の男女1000サンプル程度(実際には1000~2000人程度)の回収を基本とした個人対象の意識調査。調査そのものはおおよそ5年おきに実施されているが、調査期間によって一時的に対象外となる国も少なくない。また現時点では集計が完全には終わっておらず、値が掲載されていない国もある。直近の調査結果は2017年から2020年にかけて行われたものだが、記事執筆時点で項目によって調査結果が掲載されていない国が複数確認できる(最終的な報告書は2021年秋に発表予定)。
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