未来へ続く廃線 ~旧日本軍が敷いたクラ地峡鉄道~ ― ビデオリポート 2018年11月取材
旧日本軍がビルマ戦線への補給のために敷いた鉄道跡に、タイ政府は今年、新たな鉄道建設計画を決定した。泰緬鉄道を補助するため、その2カ月後の1943年12月に開通した全長94キロの『クラ地峡鉄道』跡である。クラ地峡はマレー半島が44キロと最も細くなっている地域を指し、鉄道の最も高い地点でも標高75メートル。その東端チュムポーンと西端ラノンを結ぶこのルートには19世紀半ばからイギリスが鉄道を、フランスが運河を計画したが、いずれも資金や政治的な問題から断念している。第二次世界大戦中の2年足らずではあったが、それを初めて実現させたのは日本だった。今回はビデオカメラを手に、脚光を浴びることになった廃線を辿った。
ここに新線が開通すれば、タイ東部工業地帯がアンダマン海に面するラノン港と繋がり、タイとインド・中東方面が約1200キロ、2~5日短縮されることになる。地元では泰緬鉄道があったカンチャナブリのように、クラ地峡鉄道跡と風光明媚な新線を観光資源とする構想もある。
ところで、極東アジア諸国にとっては、マラッカ海峡を経由せずにインド洋と南シナ海を行き来できるようになる。中国も原油は9割を中東とアフリカから調達していて、『一帯一路』政策以前から『真珠の首飾り』と呼ばれるこの輸送ルートを渇望してきた。何度も訪中しているチュラロンコン大学のワラサック教授(61)は、自分やタイ政府高官は事あるごとに運河プロジェクトを持ち掛けられるという。すでに中国はタイの北隣りラオスで高速鉄道建設に絡んで2万人近い労働者を送り込み、鉄道の両側150メートルの開発権も抑えている。東隣りのカンボジアでは、リゾート地でもあるシアヌークビル港にカジノや高層ビルを林立させ、もはや自国の租界のように振る舞っている。
中国はカンボジアの強権政治を支持し、軍事政権が続くタイにも内政干渉はしない。一方、欧米や日本は独裁国家への援助や投資を躊躇する。今回、中国がラオスで建設中の高速鉄道と繋ごうとしているタイの高速鉄道の建設現場へも足を延ばした。そこでは起工式後、デモ区間に路盤を造っただけで工事が止まっていた。タイは中国から建設労働者を受け入れず、技術的支援だけとし、融資金利を下げさせようとしていて本契約に至っていないという。軍政に終止符を打つことになる国政選挙の予定は来春だが、タイの伝統的お家芸である八方外交は健在のようである。
ビデオリポートには入れなかったが、日タイ両国でそれぞれ交通運輸を専門とする横浜市立大学の柿崎一郎教授(47)とチュラロンコン大学のソンポン准教授(58)が奇しくも口を揃えた意見があった。「タイには高速鉄道や新線よりも、先ず必要なのは在来線の複線化だ」。確かに、バンコク近郊を除いて9割が単線で未電化である。今回クラ地峡鉄道の起点チュムポーンまで、バンコクから500キロ余りを敢えてタイ国鉄で移動した。好天で故障も事故もなかったが、1時間以上の延着。遅れは常態化しているようで、お詫びのアナウンスはなかった。
また、日本の政府や企業が融資や建設だけでなく、開業後の鉄道運営にもビジネスとして参画し、硬軟の技術が移転されれば、タイとのWinWinの構図が実現するという意見も複数人から耳にした。
取り巻く環境や雰囲気、コトの真偽など、映像と肉声で感じ取って頂ければと思う。
※ 訂正とお詫び ビデオ内の「標高95メートル」は誤りで、75メートルが正しいと後日判明しました。
(取材・撮影・編集/阿佐部伸一)