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日銀保有の国債を国のバランスシートから落とすとどうなる

久保田博幸金融アナリスト

日銀の宮尾審議委員の後任となる原田泰早稲田大学教授は、次のような発言を朝日新聞のインタビューでしていた。

「日銀は国債をコストをかけずにただで買っている。10兆円分の国債を購入して、仮に2割損してももうけは8兆円ある。日銀の利益は国庫に渡ってきた。国債の価格が下がっても、財務省が埋めればそれでいいだけだ」

また、若田部昌澄早大教授は朝日新聞とのインタビューで次のように語っていた。

「政府と一体と考えられる日銀が持っている国債260兆円は国のバランスシートから落とせる。」

日銀は政府機関のひとつであり、日銀が保有している国債は政府債務としてカウントしなくても良いとの発言である。これが可能になってしまうと無税国家が完成してしまうため、現実にはそのようなことはできないが、この意味を別な側面からみてみたい。

そもそも原田氏の発言には通貨発行益(シニョリッジ)をめぐる勘違いが存在する。たとえば財務省は1986年に天皇陛下御在位六十年記念硬貨を発行した。この10万円金貨は発行枚数が1000万枚と巨額であった。1枚あたり20グラムの金を使用していたが、当時のグラムあたりの金価格が2000円前後であり、金そのものの価値は額面の半分以下であり、それが政府への財源を潤した。ところが、これに対し日銀券については1万円の原価の約20円と額面1万円の差額9980円がシニョリッジとはならないのである。

日銀券の発行は面白い仕組みとなっている。たとえば日銀が市中、すなわち銀行などから1兆円の国債を買うとする。このときに日銀券を刷る輪転機は動かない。日銀のバランスシート上では日銀の資産として1兆円の国債が増加するが、反対側の負債も1兆円増加する。この場合は日銀の当座預金に1兆円計上され、このままでは日銀券は発行されていない。銀行が日銀の当座預金から必要に応じて、自分の預金を引き出してはじめて日銀券は「発行」される仕組みになっている。その日銀券も日銀のバランスシート上では負債として計上されている。

つまり日銀にとっては、通貨発行益として1万円の原価の約20円と額面1万円の差額9980円が計上されるわけではない。日銀のバランスシート上では、負債項目に発行日銀券と当座預金などがあり、それに対して資産項目に国債や現金(金融機関等の求めに応じて払い出されるための貨幣)、貸出金が存在する。発行日銀券は日銀にとっては負債であり、無利息・無期限の借用証書となる。このため買い入れた国債の利子分が日銀にとってのシニョリッジとなる。この日銀の毎期剰余金は法定準備金、配当を除いた額を国庫に納付することとなっている(日銀法第53条)。

もし日銀が持っている国債260兆円を国のバランスシートから落とすとなれば、そのようなことが現実に可能なのかどうかはさておき、どうなるのか。日銀の資産側の260兆円が消えることになれば、それはつまり負債側の260兆円分の日銀の当座預金や発行日銀券の価値も同時に消滅することになる。その日銀券や当座預金を保有しているのは我々や銀行などであり、銀行が預けている日銀の当座預金の原資は我々の預貯金となれば、説明するまでもなく、何が起きるのかは明白であろう。

金融アナリスト

フリーの金融アナリスト。1996年に債券市場のホームページの草分けとなった「債券ディーリングルーム」を開設。幸田真音さんのベストセラー小説『日本国債』の登場人物のモデルともなった。日本国債や日銀の金融政策の動向分析などが専門。主な著書として「日本国債先物入門」パンローリング 、「債券の基本とカラクリがよーくわかる本」秀和システム、「債券と国債のしくみがわかる本」技術評論社など多数。

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