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パラ水泳の聖地・横浜国際プールがなくなる?!

佐々木延江国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表
7月14日、パリを目前に控えた日本代表22名の壮行会が開催。筆者撮影

〜メインプール存続へ、パラスポーツ記者の考察〜


7月13日、14日に開催された横浜国際プール主催「第3回インクルーシブ水泳競技大会」には、日本水泳連盟に登録する小学5・6年生以上、パリ2024パラリンピック水泳日本代表を含む日本パラ水泳連盟等に登録する身体、知的、聴覚に障害のあるスイマーが出場した。大会は、第2回大会からWPS(世界パラ水泳)公認大会となり、ともに泳ぐことでお互いを知り合う、水泳からインクルーシブを目指すイベントで、過去最多の400名以上が参加した。

誰にも使える国際規格の横浜国際プール、廃止案が発覚

去る6月24日、横浜市にぎわいスポーツ文化局から発表された「横浜国際プール再整備事業計画(素案)」には、今大会の会場である横浜国際プール・メインプール廃止案が盛り込まれていた。

国内最高峰のパラ水泳を支えている横浜国際プールは横浜市都筑区にある。東京2020ではイギリスのオリパラ水泳チームをホストした。 写真・秋冨哲生
国内最高峰のパラ水泳を支えている横浜国際プールは横浜市都筑区にある。東京2020ではイギリスのオリパラ水泳チームをホストした。 写真・秋冨哲生

横浜国際プールは1998年に開業し、多目的に使用するための床転換技術を採用している。夏は国際規格を持つプールとして、冬はスポーツフロアとして利用されているが、25年が経過し、老朽化のため再整備が必要となっている。そのため、横浜市は、床転換にかかる費用5100万円などの問題から「メインプールの廃止」を中心とした再整備事業計画(素案)を提示した。

しかし、パラ水泳においては、2001年から知的障害水泳連盟が、2016年から日本パラ水泳連盟が国内最高峰の大会を毎年開催しており、東京2020パラリンピック開催にあたっては、2018年から国際大会が開催されて「パラ水泳の聖地」となっている。

7月14日、競技の合間にパリ2024パラリンピック日本代表22名の壮行会が行われた。 写真・山下元気
7月14日、競技の合間にパリ2024パラリンピック日本代表22名の壮行会が行われた。 写真・山下元気

東京2020に向け、パラリンピック日本代表選考レースを開催したほか、オリンピック・イギリス代表の練習会場にもなり、地域との交流も進んだ、オリパラ・レガシーの地でもある。

声をあげたのは、ボランティアの人々

誰にも使える国際規格のプール廃止が盛り込まれた「再整備事業計画(素案)」に対し、県水泳連盟、市水泳協会など同プールの競技運営を担ってきた人々が猛反対した。プールを利用していた日本パラ水泳連盟等に呼びかけ、6月30日に合同記者会見を行い、連名で「嘆願書」および「署名1万7000筆以上」を提出した。そうして、7月9日、にぎわいスポーツ文化局・足立哲郎局長との話し合いが始まった。

6月30日の記者会見。右から、県水連・高橋憲司会長、日本パラ水泳連・河合純一会長、日本知的障害者水泳連盟・佐野和夫会長、日本デフ水泳協会・竹中芳晴会長、市水泳協会・小清水貢代表 写真・西牧和音
6月30日の記者会見。右から、県水連・高橋憲司会長、日本パラ水泳連・河合純一会長、日本知的障害者水泳連盟・佐野和夫会長、日本デフ水泳協会・竹中芳晴会長、市水泳協会・小清水貢代表 写真・西牧和音


開業当初を知る元管理職は、「再整備事業計画の撤回を求める人々は、当初のコンセプトを粛々と競技運営するなかで、パラ水泳の成長に立ち会い、自分たちもインクルーシブな運営スキルを身につけた」それは「横浜が胸を張れる成果である」と話す。

当初、横浜市中区根岸に国際規格の競技用プールの建設が予定されていたが、市民からの反対意見を受けて現在の場所に建設された。その経緯から、同プールは競技用でありながら、市民や障害者の利用促進を進める「敷居の低い競技用プール」として運営された。床転換技術の導入も可動式で水深が調整でき、多様なニーズに対応したものだった。

横浜国際プールで、パラトライアスロンの木村潤平(Challenge Active Foundation)がプロデュースした「障害の有無によらず一歩踏み出そう!」の様子。 筆者撮影
横浜国際プールで、パラトライアスロンの木村潤平(Challenge Active Foundation)がプロデュースした「障害の有無によらず一歩踏み出そう!」の様子。 筆者撮影


最近初めてパラ水泳をみたスポーツカメラマンは「すごい、こんなに多様な障害の選手が出場しているのに、ほとんど遅れなく競技が進んでいる!」と、競技運営のスムーズさに驚いたほど。20年以上パラ水泳を支えてきた競技運営の底力だ。


パラ水泳は盲点だった?

障害のある人もない人もともにスポーツができることは、昨今の公共スポーツ施設の設計に最も欠かせない視点である。しかし再整備事業計画(素案)では、この重要な障害当事者との実績を評価・活用する視点がなかった。このままでは、行き場を失った選手や水泳愛好者が減少すると同時に、パラ水泳の聖地を奪い、インクルーシブを目指し築いてきた人々(水泳関係者=ボランティア)の努力による知見が失われる可能性がある。なぜこのようなことが起きたのか?

第1回インクルーシブ水泳競技大会、タイム順で知的障害クラスの山口尚秀選手が1位になるなど、共に競い合う中でお互いを知り、馴染んでいくプロセスが始まっている。 写真・秋冨哲生
第1回インクルーシブ水泳競技大会、タイム順で知的障害クラスの山口尚秀選手が1位になるなど、共に競い合う中でお互いを知り、馴染んでいくプロセスが始まっている。 写真・秋冨哲生


インクルーシブ競技大会2日目(7月14日)、パラ水泳連盟の河合純一会長と足立局長との話し合いが始まった。足立局長は、午前中の競技と壮行会を初観戦したのち、河合会長との話し合いに臨み「大会は素晴らしく、重く受け止めた」と伝え、当事者の声を初めて聞き「(対話の)キックオフだ」との認識を確認した。

これについて、パラスポーツを所管する市健康福祉局の関係者は「この会合の件は健康福祉局は知らない。問題はもちろんわかっている。しかし、にぎわいスポーツ文化局の所管について健康福祉局からとやかく言うことはできないのだろう」と述べている。

さらに、パラスポーツに知見のある横浜市スポーツ推進審議会委員の大日方邦子氏(チェアスキー金メダリスト・日本パラリンピアンズ協会理事)に確認したところ「横浜市からは何も聞いていない」とのことだった。

これにより、横浜国際プール再整備事業計画(素案)が、少なくとも国際大会も開催してきたパラ水泳当事者との議論なく進められてきたことが明らかとなった。

パラ国際公認大会への影響

近年のパラ水泳は、毎年地域持ち回りで開催される大会と、横浜国際プールで固定で開催される大会がある。パラリンピックや世界選手権に向けた重要な国際公認大会はいずれも、身体障害・知的障害・聴覚障害の3団体が大会の機会を共有している。東京パラリンピックで華やかな実績を掲げたパラ水泳だが、競技会場を確保することは難しいのが現状だ。

横浜国際プールは、2001年の「知的障害者選手権水泳競技大会」以降、23年間、障害者の水泳競技の強化拠点として取り組んできた。ロンドンパラリンピック(2012年)で知的障害クラスがパラリンピックに復帰すると、国際大会で活躍する選手を支えるプールとして欠かせなかった。

日本知的障害者水泳連盟の谷口裕美子コーチ 写真・そうとめよしえ
日本知的障害者水泳連盟の谷口裕美子コーチ 写真・そうとめよしえ


日本知的障害者水泳連盟の谷口裕美子コーチは、メインプール廃止案に対して「困りますね。ここでしかやったことないですから」とため息のような戸惑いを口にした。

もう一つは、国内最高峰の「ジャパンパラ水泳競技大会(日本パラスポーツ協会主催)」である。東京2020パラリンピックに向けた拠点として、2016年から横浜国際プールで行われており、障害者の国内水泳大会では唯一、国際大会と同じ予選・決勝での競技を行える場となっている。東京パラリンピックに向けては、日本代表選考レースが行われたが、実際、日本のパラスポーツにおける水泳の役割は、大きい。過去パラリンピックをはじめとする総合大会でのメダルの3分の1が水泳と言っても過言ではないのだ。

日本パラ水泳連盟の上垣匠監督 写真・そうとめよしえ
日本パラ水泳連盟の上垣匠監督 写真・そうとめよしえ

日本パラ水泳連盟の上垣匠監督は、「パラ水泳の場合、公共施設での利用が中心になっています。民間も徐々に理解を求めて動いている最中ですが、やはり公共の施設を拠点にしている選手が多数おり、パラスポーツを大きく支えているのは公共施設であるということは明白です。水泳に限らずどのスポーツもそうだと思います。一つ一つのそういった施設が使えなくなると、我々としても拠点を失っていくことになり、それは死活問題と考えています。 市民の皆様の税金で運営されている部分もあると思いますので、私たちが何ができるのか、私たちもよく耳を傾けながら、できることを協力していきたいと考えています。パラ水泳が主催する大会以外の大会に私たちも積極的に参加し、そこで見て知ってもらうことが大切だと感じています。その一つの大会がこのインクルーシブ大会であり、その大会の拠点が継続していただけることを願っています」と語った。

20年の現役生活を終えた山田拓朗は

昨年9月ジャパンパラで20年の現役生活を終えた山田拓朗の引退セレモニー 写真・秋冨哲生
昨年9月ジャパンパラで20年の現役生活を終えた山田拓朗の引退セレモニー 写真・秋冨哲生

昨年9月に横浜国際プールで開催されたジャパンパラ水泳競技大会で20年の現役生活を終えた山田拓朗は、13歳でアテネパラリンピック(2004年)に初出場し、リオ大会(2016年)で銅メダリストとなった。神戸市出身の山田は純粋にスポーツとして見てもらえる価値を追い、その競技姿勢で後輩たちの道を整えてきた。現在も所属先のNTTドコモに勤務しながら、日本パラ水泳連盟のアスリート委員として活動している。

山田拓朗は、純粋にスポーツとして見てもらえる価値を追い、その競技姿勢で後輩たちの道を整えてきた。 写真・秋冨哲生
山田拓朗は、純粋にスポーツとして見てもらえる価値を追い、その競技姿勢で後輩たちの道を整えてきた。 写真・秋冨哲生

横浜国際プールの廃止案について、「特に最近はパラの大会が開催される頻度が高いので、パラ水泳としてはなくなってしまうと非常に大きな影響があると思います。決定されれば、パラ水泳として他の方法でどうするかを考えざるを得なくなります。ただ、このインクルーシブ大会などは、オリとパラが合同で開催されている日本では数少ない大会の一つで、このような重要なイベントを今後も積極的に継続・拡大していく必要もあると思います。インクルーシブが実現できる会場として、重要なものだと考えています」と述べている。

スポーツ離れは誰のせい?

東京2020をめぐる汚職事件では、大会組織委員会の元理事やスポンサー、広告代理店の関係者が逮捕された。この問題により、国民はスポーツの本質とは関係のない問題に失望している。スポーツへの関心が薄れる中、公共スポーツ施設の整備を考える際には、費用の問題を避けて通ることはできない。しかし、それはスポーツの価値をどう見積もるかという非常に難しい問題と対なのである。


床転換と工事休業は純粋にプール維持のための費用や時間ではない。市民が利用できるように水深を調節し、多目的に使用するための技術として採用されている。国際規格のプールを維持するには、多くの費用がかかることを覚悟しなければならない。

つまりもともと維持費がかかるプールを市民や障害のある人に利用してもらい、効率よく維持するための「競技用プールとして開発」するために採用されたのが床転換方式である。その費用が嵩むからといって、エクストラの設備である多目的フロアのみ残し、競技用プールを廃止するという発想は、スポーツの価値を無視したものであり、あまりに乱暴すぎる。

もしもそのような決定でプールが廃止され、多目的フロアがバスケットボールの主な競技場となった場合、Bリーグの規格に適合する体育館が必要となれば、今年開業したばかりの横浜文化体育館では足りないのか?という問題が出てくる。さらに大規模な建設が必要とされた場合、それにはまた多額の費用がかかるのではないだろうか。水泳の競技者や愛好者を排除してプロバスケットボールができるようになっても、スポーツを通じてつながるアスリートたちは喜ばず、市民のスポーツ離れが進み、市のスポーツは内外から信頼を失うことになる。

結果として、誰もが利用できる国際プールとして立地的にも来街者が多く、競技運営で培われた知見やパラ水泳の拠点を失うことになれば、その影響は計り知れないのである。

他の都市ではどうしているか?

にぎわいスポーツ文化局足立局長と、パラ水泳・河合純一会長の会談に同席したパラ水泳連盟・櫻井誠一常務理事によると、神戸市では、老朽化した神戸市ポートアイランドセンターの再整備計画が進行中で、同様の床転換技術を用いているが、プールとスケートでどちらも残そうということだ。

今後の話し合いに向けて

7月16日、県と市の水泳競技団体と足立局長が2度目の会談を行った。競技団体からは、8月のパリオリンピック後に日本水泳連盟の鈴木大地会長が山中竹春市長との面談を希望していることが伝えられた。これに対し、河合会長は「パラ水泳の関係者も一緒に市長との場に同席できるよう調整してほしい」と述べた。オリンピックとパラリンピックで長く連携してきた鈴木会長と河合会長が協力することは、事態をより良い方向に進めるためカギとなるだろう。

再整備事業計画案(素案)への市民意見募集

横浜国際プールの存続は、一つのスポーツ施設の命運を決めるだけでなく、横浜市から発し、日本のスポーツの未来の方向性を指し示すことになるだろう。「横浜国際プール再整備事業計画案(素案)」に対する市民意見は、メールやファックスなどで7月31日まで受け付けられている。

(編集協力・野村一路;元横浜市スポーツ審議委員、生涯スポーツ、スポーツ科学研究者 校正・そうとめよしえ、地主光太郎)

この記事はPARAPHOTOに掲載されたものです。

国際障害者スポーツ写真連絡協議会パラフォト代表

パラスポーツを伝えるファンのメディア「パラフォト」(国際障害者スポーツ写真連絡協議会)代表。2000年シドニー大会から夏・冬のパラリンピックをNPOメディアのチームで取材。パラアスリートの感性や現地観戦・交流によるインスピレーションでパラスポーツの街づくりが進むことを願っている。

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