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原価率120パーセントも!?【ビジネスホテル朝食合戦】豪華朝食を出し続けて運営は大丈夫か?

瀧澤信秋ホテル評論家
熾烈を極めるホテル朝食合戦(筆者撮影)

原価率

飲食店運営などでよく聞く原価率という言葉。売り上げにおける原価の割合を示す数字とされ、レストランなどでも30パーセント以内に抑えるという指標もよく知られています。ごくごく簡単に言うと1000円の料理に300円の食材費がかかっていれば原価率30パーセントというわけですが、これは人件費率や家賃比率、光熱費率などを加味するとこのくらいにしておく必要があるということになります。

無論、業態やジャンルによって変わることもあるのでしょうが、指標としてはかようにいわれています。業態ということならば、さてホテルではどうでしょうか。ホテルでの食事といえば、ダイニングレストランなどがイメージされますが、身近・多様さという点を踏まえ、今回は多くの宿泊業態で提供される「ホテル朝食」の原価をアプローチに、ビジネスホテルを中心とした朝食のあれこれへフォーカスしたいと思います。

人気ビジネスホテルドーミーインは朝食も高評価(筆者撮影)
人気ビジネスホテルドーミーインは朝食も高評価(筆者撮影)

2022年度版【ドーミーイン朝食メニューベスト3】評論家が唸った第1位は!?(Yahoo!ニュース(個人)瀧澤信秋)

ホテル朝食がクローズアップされてきたのは、コロナ禍前のインバウンド活況のフェーズ、すなわちホテルが激増し競合の結果、差別化のコンテンツとして朝食は取り組みやすい背景があったと筆者はこれまで分析してきました。差別化という点でデザインや客室をリニューアルしたりすることと比較するとローコスト、失敗したらやめればいいという側面もあるでしょう。

そんな朝食進化ですが、特に開業軒数の増加が顕著だったビジネスホテルで際だってきました。ビジネスホテルの持つリーズナブルそして簡素というイメージにして、豪華な朝食というギャップ・意外性はメディアにもフックし、筆者としても「ビジネスホテル朝食特集」という企画に何度携わったかわかりません。

原価率ではない?ホテル宿泊者の朝食

ホテルの朝食で“ブッフェスタイル”は定番になっており、好きなメニューを思う存分楽しめるのは大きな魅力という人も多いことでしょう。豪華さがもはや常識にすらなっているビジネスホテル朝食ですが、ふと、原価率はどうなっているのだろうかと心配になってしまう時があります。とあるホテルでは50パーセント、あのホテルは60パーセントなどという驚愕の例も時に見聞きします。

朝食人気のセンチュリーマリーナ函館/特別フロアゲスト向けメニュー(取材時のもの/筆者撮影)
朝食人気のセンチュリーマリーナ函館/特別フロアゲスト向けメニュー(取材時のもの/筆者撮影)

テレビ朝日『マツコ&有吉 かりそめ天国SP』で話題沸騰!北海道・函館ホテル朝食戦争とは!?(Yahoo!ニュース(個人)瀧澤信秋)

他方、人気朝食で知られる某リゾートホテルの担当者は「原価率ではないんですよね」といいます。宿泊者がホテルの朝食を食べる場合で多いのが朝食付きのプラン。プランを選択した場合の実質的な朝食料金は、素泊まりの料金と朝食付きプランの料金差を比較すると計算できますが、外部の人が食べるケース等を想定した定価よりはかなりお得な設定になっています。定価3000円の朝食が宿泊プランだと2000円で食べられる(素泊まりとの差)ようになっている、というような例です。

前出の担当者は「すなわち、原価率というよりも宿泊者1人あたりに何円でブレイクダウンするのか、という計算をする」といいます。定価と宿泊者向け価格というパターンがあるのは確かにホテルならではであり、定価と比べればプランをセレクトした宿泊者はお得に朝食が利用できるとも見えます。他方、都市部のビジネスホテル支配人によると、「シティホテルなどは違うのでしょうが、定価は定めているものの外部からの利用はほとんどなく、宿泊プランの朝食価格が運営の前提、定価になっているイメージ」と話します。

損して得とれ?

先述のように近年続いてきたホテル朝食合戦ですが、エリアや業態によっても差はあるものの熾烈な競争のあまりに戦線離脱するホテルという話も最近耳にするようになりました。高い原価の朝食をリーズナブルに提供し続けるほどに、ホテル側の損失は拡大するばかり、食材原価に加えて人件費、光熱費などを加味してマイナスになるようだったら、食べられるほどに赤字が増えそうと単純に考えてしまいます。

ご当地色とアイディアも朝食のキモ(ホテルマイステイズプレミア札幌パーク/筆者撮影)
ご当地色とアイディアも朝食のキモ(ホテルマイステイズプレミア札幌パーク/筆者撮影)

そんなイメージに対してホテルが朝食に注力する効果として想像できるのは、まずは朝食が話題になることによる集客、すなわち宿泊者の増加でしょう。加えてこれは筆者によるいくつかのホテルにおける、約3年間というスパンでの調査の一部(まだデータ集積は必要)ですが、高い原価をかけた朝食の提供を続けていくと、他のそうではないホテルと比べた場合にADR(平均宿泊単価)が上昇している傾向を見出せました。

実際、上昇してきたというホテルの支配人に聞くと「朝食にクオリティーを求めるお客様が増えると、宿泊料金が高単価になっても朝食も目当てにリピートしていただける傾向は確かにある」と話してくれました。この話に“損して得取れ”ということわざを思い浮かべましたが、一般の飲食店と異なる宿泊という機能も併せ持つだけに、長い時間軸でホテル全体として損得を考えていることがホテル豪華朝食の真相のひとつといえます。

また、朝食による波及効果として、何ごとにもアグレッシブに取り組むホテルは朝食以外でも進化を続けよりよいゲストが集ってくれる・・・朝食はひとつのメルクマールかもしれません。いずれにしても、朝食だけを切り離しそこだけでどれだけ利益を出せるかという発想は、ホテル朝食合戦とは相容れないのでしょう。

原価率120パーセント朝食の真相

ホテル朝食豪華化のあれこれを考察してきましたが、先日九州・長崎のホテルで驚愕の朝食がスタートし密かに話題となっています。ホテルコンチェルト長崎という全45室のこぢんまりとしたホテルで、路面電車の原爆資料館駅から徒歩2分ほどの立地です。

個性的な部分も多々あるホテルで、筆者としては新幹線開通などで激変する長崎ホテル事情のリサーチを続けてきた中で、以前から取材先ホテルの一つとして時折メディアから情報発信してきました。一部夕食の提供はしているものの基本的に(ビジネスホテルを代表とする)宿泊特化型タイプのホテルとなります。

長崎御膳(取材時のもの/筆者撮影)
長崎御膳(取材時のもの/筆者撮影)

このホテルで3月20日からスタートしたのが「長崎御膳」という朝食です。口内でとろけてしまう地産のながさき牛ローストビーフ皿が圧巻ですが、オムレツのたまごは長崎県産品の枇杷たまご、刺身もご当地モノ、ゴマ豆腐やいりこのキャラメルといった、長崎にゆかりのある料理がずらっと並びます。

意外にペロリといけてしまう(筆者撮影)
意外にペロリといけてしまう(筆者撮影)

御膳だけではありません。サラダ・デザート・ソフトドリンクなどはブッフェスタイルとなっており自由にピックアップできます。ここまででもうお腹いっぱいといったところですが、さらに「皿うどんはいかがですか?」と言われた時には度肝を抜かれた気分でした。

デザート、サラダ、パンもある(筆者撮影)
デザート、サラダ、パンもある(筆者撮影)

気になる料金ですが、宿泊者プランで2200円といいます(素泊まりとの差額)。以前の朝食が1500円ほどでまぁそんなものかなぁという印象でしたが、長崎御膳の内容で2200円は相当驚きです。素泊まりプランで予約してチェックイン当日フロントで予約の場合は2750円になるといい、外来客の定価は3850円であり、やはり宿泊プランは相当お得です。

以前の朝食(筆者撮影)
以前の朝食(筆者撮影)

いずれにしても、この内容を高級ホテルで出されたら5~6000円?という印象でしょうか。ホテル朝食全般でいえば、確かにブッフェから御膳へという流れが際立ってきており、これについては別の機会にレポートしたいと思います。

チェーンホテルを意識

料理長の田端義光さんに真相を伺ってみました。「昨今の食材高騰もあり原価は変動しているが、2200円プランであれば原価率は確かに120パーセントくらいになる」とのこと。ブッフェと違って御膳はひとりあたりの原価率が明確で算出もしやすいといいます。「やはり日々の工夫が必要ではあるが、小さなホテルで提供数も限られるので際だったこともやりやすい」と田端さんは長崎御膳について説明してくれました。

料理長の田端義光さん(筆者撮影)
料理長の田端義光さん(筆者撮影)

なるほど、規模が小さなホテルゆえ、大規模チェーンでは真似できそうにないことに取り組むというのは納得できます。同ホテル副支配人の宮原亜矢さんも「長崎駅近くには全国チェーンの有名ビジネスホテルが増えており、競合ホテルと捉えている。長崎駅から離れた場所にある独立系の当ホテルが生き残るためには、大規模チェーンでは真似のできない、地元ホテルならではを極めるしかないという考えに至った」と話してくれました。

でも、朝から豪華すぎるという人もいるのでは?と田端さんに聞いてみました。「質素なものが良いなど嗜好は人それぞれだが、こうして極めていくと食べたいという人が目的をもってホテルに来てくれる。これも小規模ホテルだから勝負できるポイント」とすかさず答え、「長崎御膳のスタートと共に、テーブルサイズに合わせ新調した木製のトレイをはじめ食器も一新した」と本気度がうかがえます。

一方で、サッと食べたいビジネスマンには軽めのビジネス用朝食、連泊のゲストには海鮮メインなどバリエーションも用意されており、長崎御膳はホテルの知名度を上げる振り切った突き抜けコンテンツという向きもあると感じました。

とはいえ、確かにこんなの朝から食べられるのか?と心配になってしまいそうですが、実際に食してみると意外とイケてしまいます。特にローストビーフですが、どこまでも薄くスライスされているのでみなさんもサラリと平らげています。

SDGsという観点からも、御膳のスタート時から残されるメニューを徹底調査、ブッフェではよく問題となる廃棄率にも真剣に向き合い、御膳の完食率はほぼ100パーセントといい、デザートブッフェや皿うどんまで盛ってくるゲストも多いとのこと。

さらに皿うどんまで!?(筆者撮影)
さらに皿うどんまで!?(筆者撮影)

無論、長崎御膳はスタートするまで試行錯誤の連続だったというのは想像に難くありません。そんな損することをやってどうするんだという当たり前の声や、スモールホテルならではというかシェフひとりが調理に奮闘する現場だけに、他のキッチンスタッフでもクオリティーの変わらない提供ができるという点も踏まえ、試行錯誤を繰り返しメインのローストビーフに行き着いたとのこと。ここまでくれば当然というか、ホテルの運営会社でレストランも運営、レストランスタッフもマルチタスクといいます。

取材を通して終始感じたのはホテルの抱く危機感です。新幹線開通が契機となり魅力あるホテルが増加している中で、地元ゆかりのスタッフたちが考えた長崎朝食。朝食を通してホテルスタッフの思いがゲストへ伝わっていくのでしょうか。

ホテル朝食の進化をめぐる一連の取材と記事ですが、今回は長崎のホテルを例としました。豪華に進化するホテル朝食は吉と出るのか凶と出るのか、裏側には何があるのか、今後も様々なホテルにフォーカスし続けていきます。

ホテル評論家

1971年生まれ。一般社団法人日本旅行作家協会正会員、財団法人宿泊施設活性化機構理事、一般社団法人宿泊施設関連協会アドバイザリーボード。ホテル評論の第一人者としてゲスト目線やコストパフォーマンスを重視する取材を徹底。人気バラエティ番組から報道番組のコメンテーター、新聞、雑誌など利用者目線のわかりやすい解説とメディアからの信頼も厚い。評論対象はラグジュアリー、ビジネス、カプセル、レジャー等の各ホテルから旅館、民泊など宿泊施設全般、多業態に渡る。著書に「ホテルに騙されるな」(光文社新書)「最強のホテル100」(イーストプレス)「辛口評論家 星野リゾートに泊まってみた」(光文社新書)など。

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忌憚なきホテル批評で知られる筆者が、日々のホテル取材で出合ったリアルな現場から発信する辛口コラム。時にとっておきのホテル情報も織り交ぜながらホテルを斬っていく。

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