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ジャックドール、サイレンススズカ、ミホノブルボン。ひとくくりにできない逃げ馬としての武器とは。

勝木淳競馬ライター

■サイレンススズカやツインターボの狂気

休み明けから5連勝で金鯱賞を制したジャックドール。その勝ちタイム1.57.2は中京芝2000mレコードタイム。開幕週、良好な馬場状態の手助けがあっての記録ではあるものの、レイパパレ、アカイイトらGⅠ馬を完封した逃げは目を引いた。同時に金鯱賞逃げ切りという単語から98年サイレンススズカを想起したファンも多かった。旧コースのサイレンススズカの記録と単純な比較はできないながら、確かにその逃亡劇は重なって見える。

サイレンススズカの98年とジャックドールの金鯱賞を並べて振り返ると、逃げのタイプというものが見えてくる。逃げ馬といってもみんな同じではなく、得意な形はそれぞれ。そこでジャックドールについて考えながら、逃げ戦法について考えてみたい。

98年サイレンススズカは1.57.8、前後半1000m58.1-59.7。そのラップは12.8-11.2-11.2-11.5-11.4-11.4-12.0-12.4-11.7-12.2。行き脚がついた途端にトップスピードに入り、そのまま後ろをみるみる引き離す。サイレンススズカの逃げは当時も狂気を感じると評されたが、これは前半1000mで勝負を決めるという形だったからだろう。序盤から一気にトップスピードに入り、1000m通過時点で、後続の脚をすべて削りとってしまうものだった。

前半600m35.2、800m46.7、中距離馬にはこんな入り方はできない。後半は失速する一方ではないので、サイレンススズカの逃げとて奥深く、その性能は計り知れない。それでも前半から自身も確実に消耗する。破滅的な影が見える。だが、そんな狂気すら感じる逃げだからこそ、当時ファンは熱狂した。これこそが逃げ馬が人々を魅了する要因でもあった。

たとえばツインターボはサイレンススズカ以上に破滅型。同じ2000m戦で比較する。93年七夕賞だ。勝ち時計1.59.5。前後半1000m57.4-62.1、12.4-10.6-10.9-11.8-11.7-12.2-12.2-12.6-12.4-12.7、短距離戦なみに10秒台を2回叩き、前半600m33.9とサイレンススズカをこえる猛ラップ。前半1000mで勝負を決めるというより、序盤で後続を置き去りにしてしまうイメージだ。

■ジャックドールに近いのはミホノブルボン

ツインターボやサイレンススズカほどの破壊力ではないかもしれないが、現在でいえばパンサラッサがこの形。21年福島記念前半600m33.6はインパクト大。1800mの中山記念は1.46.4、前半1000m通過57.6、そのラップは12.7-11.2-11.3-11.1-11.3-11.5-11.6-12.2-13.5。前半1000m通過までに最速ラップを刻み、前半で自身と後続の脚を削り、勝負を決めた。ファンはどよめくほどの大逃げをパンサラッサに期待する。ドバイのファンの度肝を抜いてほしい。

サイレンススズカ、ツインターボ、そしてパンサラッサ。これら逃亡者は前半1000mで勝負を決めるが、ジャックドールはちょっと違う。

金鯱賞の前後半1000mは59.3-57.9。序盤は上記逃げ馬たちほど猛ラップではなく、12.5-11.0-12.2-11.9-11.7-11.7-11.6-11.0-11.3-12.3。前半は自制のきいた走りでマイペースを貫き、最後の600mでギアを入れ、4コーナーから急坂をあがるあたりは11.0-11.3。瞬発力の効いた末脚を繰り出した。後半1000m、いや600mで勝負を決めた。

ジャックドールは二段階加速が可能。それは前半のマイペースによるところが大きく、だからこそ逃げの手に出る。後ろを置き去りにしてみせるという気迫こそないものの、計算づくの逃げで後続を術中にはめる。気がついたときには、スパートされ、引き離される。金鯱賞も11.0でレイパパレ以外の先行勢は手応えを失い、次の11.3でレイパパレも封じた。

かつての逃げ馬はとにかく自分のスピードで走ることが肝心だった。ジャックドールは飛ばす必要はなく、もしかすると逃げなくても競馬できるかもしれない。それでも逃げてほしいと感じる。情緒的なものもあるが、ジャックドールとて、大事なことはマイペース。他馬のペースに応じて走るより、自分のペースで行った方がギアチェンジはしやすい。ギアを変えたいときに変えるのと、他馬のスパートによって変えさせられるのはニュアンスが違う。マイペースは上記逃げ馬たちとの共通点。優先出走権を得た大阪杯は内回り2000m。他馬の動きに合わせず、強気に加速し、早めに後続を封じたい。

ジャックドールの逃げはイメージとしてはミホノブルボンに近い。日本ダービーのラップは12.8-11.7-12.3-12.2-12.2-12.2-12.5-12.5-12.3-12.6-12.0-12.5。ほぼ一定のリズムを刻む精密機械のようなラップバランス。4コーナーでこっそり12.6と息を入れ、直線に入って12.0で引き離す。この世界観がジャックドールに重なる。

競馬ライター

かつては築地仲卸勤務の市場人。その後、競馬系出版社勤務を経てフリーに。仲卸勤務時代、優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)、AI競馬SPAIA、競馬のWEBフリーペーパー&ブログ『ウマフリ』にて記事を執筆。近著『競馬 伝説の名勝負』シリーズ(星海社新書)

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