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金正恩が処刑…平壌医大「性的虐待」鬼畜グループと、ある母親の戦い

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(朝鮮中央通信)

北朝鮮の首都・平壌にある平壌医科大学。朝鮮が日本の植民地支配下にあった1929年に設立された平壌医学専門学校が前身で、北朝鮮建国直前の1948年9月に大学として設立された。2010年には最高学府の金日成総合大学の医学部に改変されたが、2019年に再び独立、北朝鮮医学界の最高峰としてそびえたっている。

この平壌医大が突如として批判の矢面に立たされた。

国営の朝鮮中央通信は、今月15日に開催された朝鮮労働党中央委員会(中央党)第7期第20回政治局拡大会議で、金正恩党委員長は、平壌医科大学で「重大な形態の犯罪行為」があったとして、厳しく批判したと報じた。

報道は、犯罪行為の具体的な内容は明らかにしていない。ただ北朝鮮の大学は、コネとカネがなければ入学が困難な状況となっている上に、平壌医大は卒業後に各地の病院幹部への道が約束されていることもあって、日ごろからワイロが飛び交っていた。

だが、金正恩氏が批判した不正行為は、裏口入学やワイロのやり取りなどという、ありふれたレベルのものではなかった。以下は、平壌のデイリーNK内部情報筋が語った話を再構成したものだ。

平壌医大の2年生から4年制の男子学生4人は、同級生の複数の女子学生に対して「性上納」を要求するなど性的虐待を続けてきた。そして、被害者のひとりだった女子学生が今年8月、自ら命を絶った。

(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為

女子学生の母親は、学内の党委員会に男子学生の処罰を求めた。ところが、党委員会はいっさい動こうとしなかった。母親は業を煮やし、大学のある平壌市中区域の安全部(警察署)に信訴を行った。訴状を送ったが、いくら待っても回答はなかった。

母親は結局、中央党に直接信訴の手紙を届けることを決心した。コロナで入市が統制されている平壌に潜り込み、中央党第2受付窓口に手紙を提出した。平壌在住の親戚の家に泊まり込み、回答を待ったがこちらも何の気配もない。

信訴は、北朝鮮国民が、権力による不正行為の被害者となった場合に訴えることができる、法的根拠に基づいた制度だが、訴えが握りつぶされたり、加害者から逆襲されたりすることもある。

しびれを切らした母親は、再び第2受付窓口を訪ねた。信訴の手紙を受け取った信訴請願課の職員は、母親が鬼気迫る勢いで娘の受けた犯罪行為について語る様子を見て、深刻な非社会主義行為(風紀紊乱行為)が助長、黙認され、信訴の手紙が内部でもみ消されたと判断。党の最強機関である組織指導部の趙甬元(チョ・ヨンウォン)第1副部長の人脈をたどり、訴えを上部に報告した。

報告を受けた金正恩氏は、平壌医大の党委員会に対し組織指導部が集中検閲(監査)を行うよう指示した。

まず、加害学生4人は、中央党幹部の息子で、初級中学校に通っていた10年前、市内の平川(ピョンチョン)区域で女性に売春をさせていた事件の主犯であったことが明らかになった。情報筋が「あの有名な」と言及していることから、北朝鮮ではかなり知られた事件のようだ。この事件の詳細は不明だが、親たちが保安署(警察署、現安全部)に圧力をかけ、4人を釈放させたことで、有耶無耶になったようだ。

10年前といえば、2009年11月に行われた貨幣改革(デノミネーション)が大失敗に終わり、国中が大混乱に陥っていたころだ。生きていくために売春を行う女性が急増したと言われている。近年に入っても大規模な組織売春が摘発されている。

検閲の結果、事件の原因である平壌医大の男子学生4人は今月10日、平壌市郊外の三石(サムソク)区域で、住民が見守る中で公開銃殺された。中央党幹部である親たちの処遇について、情報筋は言及していない。

処罰はこれだけでは終わらなかった。平壌医大の党委員会の幹部7人は、慈江道(チャガンド)の時中(シジュン)鉱山または狼林(ランリム)伐木事業所に追放された。信訴をもみ消した安全部のイルクン5人と、10年前の事件担当者は、黄海北道(ファンヘブクト)麟山(リンサン)郡の農場に追放(革命化)された。また、10年前の事件当時の保安署(警察署、現安全部)の幹部も責任を問われ、追放の処分を受けた。いずれも家族もろともで、追放者は60人にのぼる。

追放されても、平壌に呼び戻してもらえることもあれば、一生を山奥で過ごすことになる可能性もある。また、教化所(刑務所)や管理所(政治犯収容所)送りなど、さらに厳しい処分が下されることもある。

大学に対する党的指導を怠ったとの理由で、党科学教育部に対しても思想検討が行われ、問題ありと見なされた幹部が更迭された。また、被害学生の母親の信訴を無視し、党に対する人民の信頼を天秤にかけたとの理由で、党信訴請願課の第1副部長など幹部4人も更迭される予定とのことだ。

さらには、新型コロナウイルス対策の非常防疫作業が行われている中で、加害学生がタクシーを乗り回し、全国で不健全な行為を行っていたことを見逃していた、首都防衛司令部と保衛部(秘密警察)の10号哨所(検問所)の担当者も、処罰の対象となる。

党上層部では、同様の事件が他の地方でも起きていないとは断定できないとして、全国の党組織、教育機関、司法機関に対する集中的な思想検討と総和(総括)を行うよう指示を下した。

今回の大々的な摘発について、平壌市民は肯定的な反応を見せている。

「幹部の家に生まれ、良い暮らしをしていた連中が、それ相応の罰を受けた」

「親が幹部なら子どもも幹部であるかのように振る舞う連中を、党がスッキリと処罰してくれればいい」

「普段から愛人をはべらし、社会を非社会主義風に染めた幹部はすべて銃殺すべきだ」

ただ、今回の取り締まりも一過性のものに終わるだろう。トランスペアレンシー・インターナショナルが毎年発表している腐敗認識指数で、北朝鮮は対象となった179の国、地域の中で172位。最下位だった2016年以前よりは改善しているが、国家組織全体が不正行為に侵されていることを考えると、摘発キャンペーン、公開銃殺、収容所送りなどでビビらせるくらいで、根絶できるものではない。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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