<ガンバ大阪・定期便110>悔しさと、苦しさの先に。美藤倫がピッチで光らせ始めた、魅力。
強気に、自分らしく。そんな思いが伝わってくるようなパフォーマンスだった。
J1リーグ第30節・浦和レッズ戦。57分、鈴木徳真に代わってピッチに飛び出した美藤倫は、終始アグレッシブなプレーで攻守に躍動した。
「僕は下手なので、ガムシャラにやるしかない。貰ったチャンスをしっかり掴みたくて、とにかくガムシャラにプレーしようと思っていました」
ファーストプレーは出場から約1分後。左サイドのスペースに大きく展開したシーンだ。その流れから自身も高い位置に入っていくと、相手DFのクリアボールのこぼれ球を拾って左足を振り抜く。ポヤトス監督からも「スペースがあれば積極的にゴールを狙っていけ」と言われていたこともあり、迷わず狙ったという。先発出場のチャンスを掴んだ直近の天皇杯準々決勝・サンフレッチェ広島戦での経験をもとに『ファーストプレー』への意識を強く持ってピッチに立っていた。
「ファーストプレーで自分らしいプレーを出すことはずっと意識していたこと。それがうまくいったことでゲームに乗れた感もありました。ただ、守備のところでは相手の攻撃の芽を潰す役割ができていた一方で、攻撃はまだまだ。負けている状況で投入されたし、自分自身にもシュートチャンスはあっただけに、同点に持っていく力、逆転させる力がなくて悔しいです。インパクトは悪くなかったけど、枠に飛ばさなくちゃいけなかった。ああいうシーンで決め切れるようになることと、前線との連携、つながりの部分はもっと良くしていかないといけないとも感じました。引いた相手を崩すのは難しいし、どう打開するかって部分も…狭い局面での打開は僕が苦手としているところなのでもっともっと伸ばしていきたいです」
■苦いプロデビュー戦も、一発退場の悔しさも。全てを糧に。
関西学院大学から加入した今シーズン、『今』に辿り着くまでの約半年間は悔しさと苦しさにまみれた毎日を過ごしてきた。印象に残っているのは4月24日に戦ったルヴァンカップ・FC琉球戦だ。
「ここまで途中からも出るチャンスはなかったことを思えば自分はまだまだ信用を得られていない。出場できたら自分も戦力になれるってところを証明したいし、それをJ1リーグに繋げたい。僕の特徴は球際の強さと守備力。良さで勝負したいと思います」
彼にとっては加入後初めての公式戦。しかも先発出場のチャンスを掴んだものの、序盤から硬さもあり、得意の守備でも後手を踏むことが多かった中で68分で交代になってしまう。結果的にチームも一時は同点に追いつきながら76分に逆転ゴールを許し、まさかの敗戦を喫した。
「ビルドアップもうまくいかなかったし、いい守備ができず、いい形を作れなかった。個人的にもうまくいかないことが多かったというか、何もできずに終わってしまった。守備の強度も自分のところで弱くなってしまっていたし、ビルドアップでもうまく動かせなかった。1失点目も、自分たちが奪いにいく守備が緩くなったところで相手に間を刺されて使われてしまった。もっと外に誘導するとか、球際で厳しくいくとか、できることはたくさんあったし、しなくちゃいけなかった。まだまだ全然、足りていない。もう一度自分を見つめ直して、また1からやっていきます」
ミックスゾーンでは気丈に話したものの、ロッカールームで泣き腫らしたあとだったのだろう。その目が真っ赤だったことも印象に残っている。しかもそこから約1週間後のJ1リーグ第11節・アビスパ福岡戦でも、ビハインドを追いかける展開の中でアディショナルタイムにピッチに立ったが、ファーストプレーでファウルを取られ、レッドカードで退場になった。
「あのプレーでチームに迷惑をかけてしまったし、相手選手には申し訳なかったけど、自分らしさを出せたという意味では悔いはないです。自分にとっては琉球戦後、初めての公式戦で、怖気付くようなプレーはしたくなかったし、負けている状況だったことからも、点を決めたい、チームの流れを変えたいという思いしかなかったので。奪い切れていればチャンスになったかもしれないと思って飛び込んで、アフターになってしまったのはダメでしたけど、あそこで足を引っ込めたら僕じゃない、と考えれば、琉球戦のような悔いは残っていないです。また、Jリーグへのデビュー戦で一発レッドというインパクトは残っちゃいましたけど、自分のプレースタイルからしていずれ、どこかでああいうプレーが出たかもしれないと考えれば、自分なりにいろんな基準も感じられた。それが最初の試合で出たということをポジティブに受け止めようと思います」
結果的に福岡戦以降は、鈴木徳真やダワン、ネタ・ラヴィら錚々たる顔ぶれとのポジション争いもあって、6月12日の天皇杯2回戦・福島ユナイテッドFC戦に68分から、7月10日の天皇杯3回戦・デゲバジャーロ宮崎戦に86分から、7月20日のJ1リーグ第24節・湘南ベルマーレ戦に88分から、と短い時間での途中出場が続く。その中で、7月25日に戦ったレアル・ソシエダとのプレシーズンマッチで約3ヶ月ぶりに先発のピッチを預かり、プロになって初めて90分を戦い切る。随所に『らしさ』を光らせて、だ。
「ソシエダ戦まで本当に出番がなくて悔しかったんですが、とにかく練習するしかないと思って、ひたすら自分に目を向けて練習してきました。苦しかったし、悔しかったけど、そのおかげでメンタルが強くなったというか。もともと僕は、試合前には緊張もするしメンタルも決して強くはない方ですが、サッカーとの向き合い方、考え方を変えたことで失敗が怖くなくなった。うまくいかなくても次だ、みたいな感覚でプレーできるようになったことで練習とか試合で感じることも自分の中でグッと変わった気がした。普段からレベルの高い選手たちの中で揉まれながらも、やれるという手応えを掴めていたのが自信になったところもあります。また、周りからも少しずつ信頼というか、認めてもらえていると実感する中で、それがいい意味での余裕につながって恐れずにプレーできるようになったのも大きかったのかなと。実際、ソシエダ戦以降、初めて先発に使ってもらった広島戦でもそれを確認できたというか。僕なりに自信を備えられたことが浦和戦に活きた部分もありました」
■遠藤保仁コーチと続けてきた自主トレ。その中で掴めた感覚とは。
そうした過程を過ごしてきた中で目を惹いたのが練習後、遠藤保仁コーチと続けてきた自主トレだ。時にネタ・ラヴィを交える日もあったが、基本的にはマンツーマンで、『止めて、蹴る』技術を磨きながら、狭いスペースでボールを受けて前を向くトレーニングを繰り返した。
「プロになって、相手のプレッシャーも強くなり、ボールを受けて前を向くのが難しくなったというか。そういうシーンが少ないとヤットさん(遠藤コーチ)に指摘してもらい、メニューを考えてもらって、ターンして早く出すとか、いいところにボールを置くことを意識しながら取り組んでいます。もちろん、試合になると敵もいるので、練習ほど簡単にいかないのはわかっていますけど、意識を持ってプレーすることでチーム練習でも前を向ける回数が増えてきたという手応えはあるし、そこがスムーズにできるようになればより前線への関わりを増やせそうだなとも思っています。今日はターンの練習がほとんどでしたけど、明日はダイレクトパスとか中盤でのプレーに必要なところに取り組む予定で…とにかく課題だらけなんですけど、ヤットさんという『止めて、蹴る』のスペシャリストみたいな人に、毎日練習に付き合ってもらえるなんて、こんな幸せなことはないので。この時間を絶対に無駄にせず、いろんなことを積み上げていければと思います」
そんな言葉を聞いたのは3月末だが、今も愚直にその自主トレは続けている。その中で積み上げられた自信も力になったと言葉を続けた。
「自主練によって足元の技術を磨けるとか、ヤットさんの話を聞いて自分にはなかった発想を備えられるのもめちゃめちゃ大きいし、それが練習や試合で出せた時は自信にもなります。そういう変化をプレーで表現できているかといえばまだまだだと思いますけど、自分の感覚的なところでは、プレーの判断、ポジショニングのところでも成長を感じられているし、それは思い切ってプレーする上での力にもなっています。あと『自分はこれだけやってきた。筋トレも含めて、チームで一番練習してきたんだから、試合でうまくいかないはずがない』って思えるようになったことも何よりの自信になっています」
ちなみに広島戦後、遠藤コーチには一言だけ「悪くなかったよー」と言われたとのこと。本人は「それで十分です」と笑ったが、同じピッチにも美藤の変化を感じ取っている選手がいた。一森純だ。琉球戦にも先発していた彼は、約4ヶ月前のプレーと照らし合わせた上で、美藤の『変化』を教えてくれた。
「琉球戦の時は正直、ポジショニングも含めて『どこ行っちゃうのー』と思っていたところもありましたけど(笑)、広島戦は周りをしっかり見ていいポジションを選択することも多かったし、センターバックの助けになったり、一人で二人分潰したりとか、彼の良さもすごく出ていた。あの広島のサッカーに対しても自信を持ってボールを受けに来ることも多かったですしね。もちろん、まだまだ発展途上だし、本人も全く満足していないと思いますけど、広島戦はファーストプレーでしっかり(相手を)潰してボールを奪えたことで落ち着いたというか。ファーストプレーがスムーズに行ったことで彼らしくプレーできたんじゃないかと思います。その姿を見て、改めて自分の良さで勝負することの大切さを教えてもらいました(一森)」
もっとも、美藤の言葉にもある通り、先発出場した広島戦も、途中出場の浦和戦も「課題はまだまだある」と本人。与えられた時間の中で目一杯、ガムシャラに戦えたことには自信をのぞかせたものの、慢心はない。
「広島戦の後は友だちとかいろんな人が連絡をくれましたが、自分としては周りの選手に助けてもらいながらガムシャラに戦っただけで、めちゃいいプレーができたとは思っていません。守備は自分らしくやれたところもあったけど、広島戦も、今日の浦和戦も、攻撃のところはまだまだだと思っています。何よりチームの勝利につながるプレーができなかったことにも悔しさしかないです。ただ、守備がうまくいけば自分は乗っていけると掴めたことや公式戦の中で課題を感じ取れたのは大きな収穫かな、と。パナスタの圧倒的なホーム感の中で戦える幸せ、楽しさ、耳に伝わってくる特別な振動を数多く味わうためにも試合には出続けたいけど、ライバルは強力なので。自惚れず、ガムシャラに、やり続けようと思います」
その言葉通り、ポジション争いは熾烈だ。それに競り勝って試合に出続けるためには明確な結果も必要になってくるだろう。それでも悔しさ、苦しさに何クソと向き合いながら積み上げてきた日々が無駄ではなかったと思えた事実は、きっとこの先も美藤を走らせる。ガンバへの加入時に語った言葉を思い返しても。
「自分は相当の負けず嫌い。やるならとことんやる」。