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五輪女子ゴルフの大役を務めた稲見萌寧の礎を築いた「ある人物」と「ある場所」

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
(写真:ロイター/アフロ)

 五輪女子ゴルフの初日、稲見萌寧は開催国の選手として、初日の第1球を打つオナーの大役を授かった。

 「稲見萌寧」の名がアナウンスされるやいなや、彼女は満面の笑顔で何度も手を振り、緊張するどころか、その大役を満喫していた。

 「自分のショットで女子のゴルフが開幕すると思うと、すごくうれしい」

 堂々とフェアウエイを捉えた1番は着実にパーで発進。2番で早々にバーディーを奪ったが、3,4番の連続ボギーで1オーバーへ後退。しかし、そこから崩れることなく踏みとどまり、14番、18番でバーディーを奪い返した稲見は、初日を1アンダー、16位タイで好発進した。

 逆に畑岡奈紗は、出だしは「緊張した」そうで、ボギー発進。6番と8番でバーディーを奪ったが、10番は3パットしてボギーを喫し、右ラフにつかまった12番ではダブルボギーを叩いて2オーバーへ後退。しかし、14番からの3連続バーディーで巻き返し、稲見と同じ1アンダー、16位タイで初日を終えた。

 男子の競技が行なわれた先週と比べると、ラフは半分以下に短く刈られたものの、芝の密集度は逆に上がり、グリーンは格段に固く速くなっている。もちろん距離設定は男子のときより短くされてはいるものの、女子選手にとっては、全体的に難度はきわめて高く設定されている。

 その中で、首位と4打差の1アンダー発進は上々の滑り出しと言っていい。

 畑岡も稲見もショットメーカーだが、畑岡は「今日は自分の持ち味のショットを生かせなかったので、明日以降はしっかり自分のプレーをやっていきたい」。

稲見も「1つ噛み合ってくれるだけで(スコアや流れは)変わってくる」。どちらも明日以降のショットに懸けている。

 だが、私は初日の18番でピン80センチにピタリと付けた稲見の目が覚めるような見事な第2打を目にしたとき、彼女のゴルフの礎を築いた「ある人物」と「ある場所」に想いを馳せた。

【稲見のゴルフの礎】

 日本のジュニアゴルファー育成の草分け的存在だった千葉晃プロが、気の置けない仲間たちとともに千葉県内に創設した北谷津ゴルフガーデンこそは、稲見のゴルフの土台が築かれた場所だ。

 稲見が北谷津を初めて訪れたのは彼女が小学5年生だった2011年。北谷津ゴルフガーデンの土屋大陸(ひろみち)社長は、当時を懐かしそうに振り返った。

「5年生にしては、しっかりした大柄な体格だったことが印象的でした。練習場以外に18ホールのショートコースもある北谷津の練習環境が気に入ったようで、彼女は父親に連れられて都内から千葉まで頻繁に通うようになり、さらに練習できるよう、中学に上がる前には都内から北谷津へ引っ越してきました。それからは、練習場を閉める夜10時まで、最後まで残って練習していたのは、ほぼ毎晩、萌寧でした」

 かつて、千葉プロは「子どもたちに本物の芝の上でアプローチやパットを存分に練習させてやりたい。いろんな状況を経験させてやりたい。マットの上から練習するだけでは世界では通用しない。世界の一流プロたちと渡り合える選手を育てたい」と常々語っていた。

 そして、千葉プロは北谷津に1970年に開場されていたショートコースに手を入れて、天然芝の18ホールのショートコースをつくった。それが今から28年前のことだった。

「あのショートコースを誰よりも多く回ったのは萌寧です。ジュニア時代も、プロになる前も、プロになった今でも以前と変わりなく北谷津に来て、まるでルーティーンであるかのごとく、ショートコースを回ります。それが、彼女のアイアンショットの精度をあそこまで高めたのだと私は思っています」

 そんな土屋社長の言葉を聞きながら、2018年にこの世を去った千葉プロも、五輪で戦う稲見のキレのいいアイアンショットを天国から眺めながら、きっと感無量に違いないと私も思った。

 ジュニア時代の稲見が、まだ他のお客さんがプレーしているときに、ついつい自分中心の練習をショートコース上でしてしまったときなどは「こらっ!萌寧!何やってんだ!」という千葉プロの怒声が飛んだこともあった。稲見がマナーやエチケットを学んだ場所も、やっぱり北谷津だった。

 とはいえ、スパルタ教育とは正反対。「ゴルフは楽しみながらやるものだ」をモットーにしていた千葉プロ率いる北谷津からは、横尾要や池田勇太、市原弘大など数多くのプロが誕生。その教えは稲見にもしっかり受け継がれている。

 だからこそ、稲見は初日1番で第1打を打つときも満面の笑顔でその大役を楽しみ、1アンダーで発進した初日のラウンド後も「結構楽しく回れました」と、やっぱり笑顔を輝かせていた。

【この五輪】

 2018年に日本女子プロゴルフ協会(JLPGA)のプロテストをすれすれの20位で突破した稲見は、2019年に初優勝、2020年に2勝目、そして今季は5勝を挙げ、あれよあれよという間に通算7勝をマークして、五輪の日本代表に選出された。

「さすがに五輪出場は無理だろうと思っていましたが、それをやってのけたのは、萌寧の努力の賜物であり、彼女が誰よりもゴルフが大好きだからでしょう」(土屋社長)

 稲見が挑んでいるこの五輪は、メダルを獲得し、日本のファンを喜ばせるための戦いだが、彼女が自身の足跡を辿り、噛み締めるための機会にもなり、彼女の礎を築いた千葉プロや北谷津ゴルフガーデンの人々に感慨深い想いを贈る絶好の機会にもなるのではないだろうか。

「おい、萌寧!楽しみながら頑張れよ」

 18番グリーンの上空から、千葉プロの優しい声が聞こえたような気がした。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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