「えっ、死んだ親父に3千万の『督促状』が届いたって!?」~身内の死後に「督促状」が届いた場合の対処法
斉藤一彦さん(仮名・53歳)は、1年前に父・昭一さん(仮名・享年84歳)を亡くしました。相続人は長男の一彦さんの他、長女・優子さん(仮名・48歳)と妻・和美さん(仮名・79歳)の3人です。遺産分けは、3人で協議して、金融資産は3名で均等に分け合い、夫婦で住んでいたマンションと残りの全ての遺産は妻・和美さんが取得することで円満に決めることができました。
死後1年経って突然届いた督促状
昭一さんが亡くなって1年が過ぎた頃、一彦さんは和美さんから電話をもらいました。するとかなり動揺した声で「一彦、大変なのよ!お父さんあてに督促状が届いたの。3千万円も借金していたみたいなの」と言うではありませんか。3千万円といえば相続財産の総額を上回っています。
一彦さんは「今はやりの詐欺じゃないの。真面目な親父が借金を残して死ぬわけはないじゃないか。とりあえず、その督促状を見たいから明日の日曜日に行くから。心配しないで大丈夫だよ」と和美さんをなだめて電話を切りました。一彦さんはそうは言ったもののなにやら胸騒ぎが収まりませんでした。
相続財産は「プラス」と「マイナス」の財産がある
相続財産と聞くと、不動産や預貯金などプラスの財産を思い浮かべる方が多いと思います。しかし、たとえば、死亡した父親が借金を多く残して相続財産がマイナスになってしまったら、法的には妻や子どもなどの相続人が相続分に応じて借金を引き継がなければならなくなります。しかし、それでは相続人が気の毒です。そこで民法は相続放棄という制度を設けています。相続放棄を行えば借金を背負わずにすみますが、実は、相続放棄ができない場合もあるのです。
相続放棄とは
まずは相続放棄について見てみましょう。
遺言を残さないで人が死亡すると、死亡した人(「被相続人」といいます)の財産に関する一切の権利と義務は、年金受給権など「一身に専属したもの」を除いて、死亡したその瞬間に相続人に引き継がれます(民法896条)。
民法896条(相続の一般的効力)
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
前述のとおり、相続財産の中には借金などのマイナスの財産も当然含まれます。そのため、プラスよりマイナスの財産の方が多い債務超過の場合は、相続人は自腹で被相続人の債務を債権者に返済しなくてはなりません。しかし、それではいかにも相続人が気の毒です。
そこで民法は、相続人に相続放棄という制度を用意しています。相続放棄を選択した相続人は、「初めから相続人とならなかった」とみなされるので被相続人の債務を背負わずにすみます(民法939条)。ただし、相続放棄を選択すると、プラスの財産も引き継ぐことはできなくなります。
民法939条(相続の放棄の効力)
相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
相続放棄をするには家庭裁判所への申述が必要
相続放棄をするには、相続人が相続開始の原因となる事実(被相続人が亡くなったこと)およびこれによって自分が法律上相続人となった事実を知ったときから3か月以内(この期間を「熟慮期間」といいます)に家庭裁判所に申述をする必要があります(民法915・938条)。
相続放棄は文字通り「相続権を放棄する」という重大な法律行為です。もしかしたら自分の意思に反して他の相続人から相続放棄を強要されている相続人もいるかもしれません。
そこで家庭裁判所は、まず申述人(=相続放棄を申し出た相続人)本人に申述が真意であるか確認します。次に、申述人が単純承認にあたる事情があるかないかを調査します。そして、申述が本心でなおかつ申述人に単純承認に該当する事情がないことを確認できたら、家庭裁判所は相続放棄の申述を受理します。これによって申述人の相続放棄が認められることになります。
相続放棄をするのは、申述書の作成や戸籍等の添付書類の提出などが求められます。ある程度の時間を要しますので思い立ったら速やかに行うことが肝心です。
「単純承認」をしたら相続放棄ができない
逆に言えば、家庭裁判所に「単純承認をした」とみなされた相続人は、相続放棄ができなくなり、相続財産が債務超過の場合、被相続人が残した債務の返済義務が生じるおそれがあるということです。このように、相続放棄をする場合、「単純承認をした・しない」は重要な判断基準となります。
単純承認をした相続人は、被相続人の相続財産をプラスの財産はもちろんマイナスの財産も含めて「無限に」、つまり「全て」引き継ぐことなります(民法920条)。
民法920条(単純承認の効力)
相続人は、単純承認をしたときは、無限に被相続人の権利義務を承継する。
では、どのような場合に「単純承認をした」とみなされるのでしょうか。民法は、相続人が次のようなことをした場合に、「単純承認をしたとみなす」としています(民法921条)。
1.相続財産を処分した場合
2.相続開始後3か月以内(熟慮期間内)に相続放棄も限定承認(注)もしない場合。
つまり、熟慮期間中に家庭裁判所に対して「何もしない」場合。
(注)限定承認とは、相続した財産の範囲内で被相続人の債務を弁済し、余りがあれば、相続できるという合理的な制度です。しかし、熟慮期間内に財産目録を作成して家庭裁判に提出し、相続人全員が共同して行わなければならないため、ほとんど利用されていません。
「形見分け」は慎重に~形見分けで相続放棄ができないこともある
相続放棄の受理の判断で、「遺品」を相続人の間で分け合う形見分けが「相続財産を処分した場合」に該当するかしないかで争点となる場合があります。以下に「形見分け」が相続放棄の争点になった判例をご紹介します。
【判例1】
和服15枚、洋服8着、ハンドバッグ4点、指輪2個を相続人の1人が所有として引き渡した行為は単純承認に該当する(したがって、相続放棄は認められない)。
【判例2】
既に交換価値を失う程度に着古した上着とズボンを元使用人に与えても単純承認に該当しない(したがって、相続放棄を認める)。
【判例3】
相続人が、多額にあった相続財産の中から、わずかに形見のつもりで背広上下、冬オーバー、スプリングコート、椅子2脚を得たことは相続財産の処分に当たらない(したがって、相続放棄を認める)。
判例から、一般的に高価とされる品物や、相続財産全体から見て一定以上の金銭的割合を占める品物を形見分けとして受け取ると、「単純承認をした」とみなされ、その結果、家庭裁判所に相続放棄の申述が受理されない可能性が高くなると考えられます。
亡親の借金を背負わないための3つのポイント
最後に、相続放棄が受理されず、被相続人が残した借金を自腹で返済しなくてはならないといった泣くに泣けない状況に陥らないための3つのポイントをお伝えします。
ポイント1.相続財産の全容が判明するまで遺品に手を付けない。
思わぬ「マイナスの財産」がひょっこり出てきて債務超過になることもあります。相続財産の内容が明らかになるまで、形見分けなどしないようにしましょう。
ポイント2.遺品整理は直ちに行う。
相続放棄の申述は、熟慮期間中に行わなければなりません。熟慮期間の期限はあっという間に訪れます。そのため、遺品整理は相続開始後直ちに始めることが肝心です。
ポイント3.熟慮期間経過後にマイナス財産が出てきても諦めない。
もし、熟慮期間が経過した後に、思わぬマイナスの財産が発覚して債務超過になってしまっても、相続財産が全くないと信じ、かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは、相続財産の全部または一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば、相続放棄の申述が受理されることもあります。
亡くなった親族に「督促状」が届いたら
冒頭にご紹介した昭一さんの死後に届いた督促状の件ですが、その後、一彦さんが法律専門家に相談して調査した結果、そのような事実はなかったことが判明しました。このように、お身内が亡くなってしばらくしてから借金の督促状が届いたら、放置しないで法律専門家に相談するなどして事実関係を調査することをお勧めします。
万一、督促状の内容が事実であれば、場合によっては相続放棄などの法的処置を行うことも必要になるかもしれません。ただし、その場合、熟慮期間が問題になるので迅速に対応することが求められます。
※この記事は、筆者の実務経験を基に作成したフィクションです。