サウジ石油施設攻撃からの1週間を振り返る
サウジアラビアの石油施設が9月14日に攻撃を受けてから1週間が経過した。NY原油先物相場は13日終値の1バレル=54.85から週明け16日の取引で一時63.38ドルまで急伸し、一瞬にして15%を超える急伸地合になったが、その後は57.50~59.50ドル水準まで上げ幅を縮小しており、20日終値だと58.09ドルとなっている。依然としてサウジが攻撃を受ける前の値位置を6%程度上回っているが、原油相場の暴騰は回避された事態になっている。
東京商品取引所(TOCOM)のドバイ原油先物相場は、13日の1kl=3万6,840円が18日の4万1,350円まで急伸したが、20日には3万9,460円まで上げ幅を縮小している。ガソリンや灯油価格の基礎になる1リットル当たりの原油価格としては、36.84円から41.35円まで最大で4.51円の値上がりになったが、2.62円の値上がりまで上げ幅を縮小している。
原油価格の観点では、値上り圧力は発生したものの、当初警戒されていたようなパニック状態入りは回避された状態にある。ただ、まだ急伸前の値位置は大きく上回っており、原油市場はこの問題が終わっていないと認識していることが窺える。
■月内完全復旧が公式見解だが
サウジアラビアは当初、日量570万バレルの原油供給が停止されたと報告した。これは、世界の原油供給の約5%に相当する規模であり、世界経済に対する大きなリスクと捉えられた。攻撃を受けたアブカイクなどはサウジアラビア産原油の大部分が通過する貯蔵、安定化、石油精製施設の集中する重要拠点であり、原油供給体制の復旧が遅れる事態になると、原油高のみならず原油供給が不足することで、世界の経済活動が停滞するリスクも警戒された。
しかし、攻撃から3日後の17日にはアブドルアジズ・エネルギー相が月内の完全復旧の見通しを示すと同時に、出荷に関しては備蓄の活動で既に正常化していると報告したことで、原油相場は沈静化に向かった。施設の復旧まで半月もの時間が掛かることは、決して楽観できるものではない。ただ、その直前にはフィナンシャル・タイムズ(FT)やウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)など有力メディアで数週間、更には数カ月といった時間軸も報じられていたことで、厳しい状況ではあるものの、当初想定されていた最悪の状態にはならないとの評価が原油相場を圧迫している。
石油連盟の月岡会長は19日の定例会見において、10月のサウジアラビアからの原油輸入に数日の遅れが出ることを明らかにしている。代替調達の検討も行っているとしたが、国内の石油製品供給に大きな問題はないとの認識を示している。
ただ、月内完全復旧の見通しはサウジアラビアの公式見解であり、こうした見通しを否定するような報道も続いている。例えば、サウジアラビアがイラク産原油の調達を検討しているとの報道があった。仮にこれが事実であれば、長期供給障害に備えてサウジアラビアが他産油国から原油調達を行う異例の状態に陥っていることを意味するが、イラクとサウジアラビアの双方が否定している。また、修理業者の話として、完全復旧には数カ月が必要との報道もある。
この問題はサウジアラビアからの公式発表に依存するしかないが、原油供給環境は高度な機密性を有していることもあり、詳細な状況の把握は難しい。サウジアラビアが意図的に過大な被害を報告した、逆に楽観的な復旧見通しを報告したなど、正反対の分析が交錯しており、原油相場の鎮静化のためには、実際の出荷データで供給体制に問題がないことを確認するための時間が必要とされている。しばらくは、当局者発言やメディアの報道に一喜一憂することになる。
■OPECもIEAも対応する必要なしの判断
一方で、有事対応として検討されていた石油輸出国機構(OPEC)臨時総会の開催は見送られた。仮にサウジアラビアの出荷障害が本格化するのであれば、OPECの他加盟国が代替供給を行う必要性も議論される所だったが、その必要はないとの判断に落ち着いている。
ロシアなどOPEC非加盟国も特別な対応は見せておらず、他産油国は深刻な供給トラブルが発生したとは認識していないことが確認できる。当然に、他産油国に対して一時的な代替需要が発生した可能性はあり、サウジアラビア産原油の供給リスクから調達先を分散するような動きも想定される。ただ、緊急的な対応は必要ないというのが、現時点で産油国が出している結論になる。
トランプ米大統領は、サウジアラビアの石油施設攻撃を受けて、直ちにエネルギー省(DOE)に対して備蓄放出の検討を指示した。しかし、米国も実際の備蓄放出は見送っている。国際エネルギー機関(IEA)主導で備蓄在庫の協調放出が行われる可能性も想定されていたが、IEAも備蓄放出の必要はないとの認識になる。
IEAは産油国、消費国と密接な連携を取って原油市場の不安定化を阻止する構えを見せたが、最終的には備蓄を放出するほどの問題ではないとの結論を下している。しばらくは、状況を監視する必要性を訴えているが、このまま不測の供給障害が発生しないのであれば、IEAも対応を見送ることになる。
■イラン関与は断定できない曖昧さ
今回の攻撃はイエメンの武装組織フーシ派が犯行声明を出しているが、フーシ派と密接な関係性があるイランの関与が疑われている。サウジアラビア国防省は18日、攻撃に使用された無人機(ドローン)や巡行ミサイルを公開した。監視カメラの映像も公開し、南部のイエメンではなく、北部からの攻撃であると主張している。また、ドローンの飛行可能距離からも、イエメンからではないとしている。一方で、イランからの攻撃を明言するには至っておらず、曖昧さを保っている。
米国も、当初はトランプ米大統領が「臨戦態勢」にあるとして、直ちに報復攻撃を行う可能性を示唆した。また、ポンペオ国務長官は「戦争行為」だと激しく批判した。米国内でもイランの関与を示唆する動きが目立つが、断定には至っていない。トランプ大統領は「戦争は望んでいない」とトーンダウンし、ポンペオ国務長官も対話の必要性を訴えるスタンスに修正している。
イランは関与を明確に否定しており、仮に対イラン報復攻撃に踏み切るのであれば、米議会、更には国際世論を納得させることのできる明確な証拠が求められる。また、トランプ大統領は強硬派のボルトン大統領補佐官を更迭するなど、イランとの外交交渉(ディール)で成果を上げる方針に修正している模様であり、緊張感を維持しながらも曖昧さを保った状態にある。
当面は情報収集、分析を進めつつ、時間をかけて対イラン政策を決定する方針になる見通しだ。まだ軍事報復の可能性は残されているが、一時期と比較すると緊張状態は緩和している。結論を出さないことが、関係国にとって居心地が良い状態になりつつある。