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日本的美徳がファンを魅了した。将棋・電王戦

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
3月23日から5週にわたってプロ棋士とコンピュータソフト5組の団体戦が行われた

将棋というゲームに審判はいない。

敗者が自ら負けを認めたときにゲームは終了する。

「負けました」とはっきりと声に出して言う。朝から夜まで目の前に座っていた対局者に聞こえるように言う。大きな棋戦ならば、立会人にも聞こえるように負けを宣言することが、古くから続く将棋の作法だ。声を出すと同時に、右手を駒台に置く。この所作もまた、敗北を宣言するときに欠かせない作法のひとつである。

勝者は平静を保たなくてはいけない。ガッツポーズなどはもってのほかで、笑うことさえも許されない。勝敗が決まった瞬間に勝者がするべきことは、ただひとつ。「ありがとうございました」と敗者に向かって礼を述べることである。

第2回・将棋電王戦が終わった。最終局、第5局はコンピュータ側の勝ちだった。第22回世界コンピュータ将棋選手権で優勝した「GPS将棋」は強かった。プロ棋士の最高クラスA級に属す三浦弘行八段に「(自分の指し手の)どこが悪かったのかが、わからない」「(GPS将棋には)つけいるすきがない」と言わせるほどの完勝だった。これで全5戦の通算成績はコンピュータの3勝1敗1引き分けとなった。

「GPS将棋」の指し手選択画面
「GPS将棋」の指し手選択画面

コンピュータと人間が対局する電王戦は大いに盛り上がった。「他のタイトル戦よりもはるかに多くの報道陣が将棋会館に来ている」と語ったのは、第4局で解説者をつとめた木村一基八段だ。電王戦の主催者、株式会社ドワンゴの川上量生(かわかみのぶお)代表取締役会長は、同社が運営する「ニコニコ動画での電王戦、総視聴者数は190万人」と語った。将棋人口は減っているにもかかわらず、電王戦がこれほどまで世間の注目を集めたのは、そこに上質な人間ドラマがあったからだろう。

電王戦の対局で、プロ棋士の前に正座するのは人である。奨励会と呼ばれるプロ棋士養成機関に所属する若手が、コンピュータが選んだ指し手にしたがって駒を動かす。勝負が終わると、奨励会員と席をかわってソフトウェアの開発者が将棋盤の前に座る。そして終局の挨拶を行うのだが、このとき、開発者たちは皆、居住まいを正して深々と頭を下げた。対局後には記者会見を行う。会見場でソフトウェアの開発者たちは口々に、プロ棋士との対戦が実現できたことへの感謝の言葉を述べた。

第2局「Ponanza」開発者・山本一成氏(左)が勝って佐藤慎一四段に礼をする
第2局「Ponanza」開発者・山本一成氏(左)が勝って佐藤慎一四段に礼をする

コンピュータというと、ともすれば冷たい印象を受けるが、電王戦に出場した開発者たちは他者への思いやりに満ちていた。対局中、記者会見、休憩中、終局後、どんな時でもプロ棋士への敬意を全身で示す。ゆえに将棋ファンたちは、コンピュータを憎い敵とは思わない。ただの機械とも思わない。血の通った好敵手とみなして、この棋戦に夢中になったのだ。

じつは、電王戦開始まえからコンピュータが強いことはわかっていた。コンピュータ同士の戦いで、実力を十分に示す棋譜を残していた。一部のソフトウェアは棋士に貸し出され、練習の段階でプロ棋士を何度となく負かしていた。今のコンピュータは強い。だが、弱かった昔の記憶があるために、プロ棋士はコンピュータに勝って当たり前のムードが漂っている。電王戦に出場することは勇気のいることだ。それでもなお臆せずに、プロ棋士は果敢に挑戦した。通常の棋戦以上の意気込みで対局をした。その姿にファンは感動した。言ってみれば、コンピュータと対局することにより、プロ棋士をいっそうプロ棋士らしくさせた電王戦だった。

第5局、「GPS将棋」は東京大学内にある670台以上のPCをネットワーク接続して指し手を計算していた。1秒間で2億5千万通りを計算できる設定だった。対局終了後、観戦していた記者の何人かが「大量のコンピュータを接続していたから負けた」、言い訳を聞き出すような質問をしたが、三浦八段はこの誘導尋問にひっかからなかった。「GPS将棋はコンピュータの台数が1台でも強い」と潔く負けを認めた。勝負には負けたが、相手の強さをたたえる態度はプロ棋士らしかった。

同じ会場で「GPS将棋」の開発者、金子知適(かねこともゆき)氏は、記者からもはやコンピュータは人間に負けない、という趣旨の無敵宣言を引き出すかのような質問をされた。しかし、金子氏は「コンピュータの将棋は出来不出来が激しいものです。一局で強さを申し上げることはできません」と答えた。

コンピュータと人間が対戦することで注目された電王戦。終わってみれば、敵味方に関係なく、人間たちが将棋というゲームに挑む姿が見る者に感動を与えた。

コンピュータを強くさせたのは、おもしろいことに今回の敵だ。コンピュータの中のデータベースには、プロ棋士たちが20年以上かけて残した膨大な棋譜が格納されている。これからコンピュータの進化を支えるのも、プロ棋士となる。瀧澤武信・コンピュータ将棋協会会長は「開発者がわからないプログラムの弱点を、プロ棋士の先生が解明してくださっている」と語った。

同じことはプロ棋士にもいえて、コンピュータは人間の限界を超えてくれる存在である。第3局でツツカナに負けた船江恒平五段は「コンピュータは私の強いところと弱いところを自覚させてくれた」。谷川浩司・日本将棋連盟会長は「不利になってもあきらめない精神力の大切さをコンピュータから学べる」と語った。「GPS将棋」は三浦八段戦でプロ棋士同士では実戦例のない新手を発見して勝利している。

プロ棋士も。コンピュータの開発者も。

勝っておごらず、負けて悪びれず。戦う相手には最大限の敬意を払って、礼節を重んじる。日本人的美徳を浮き上がらせて、第2回・将棋電王戦は幕を閉じた。

解説会場、六本木ニコファーレで表示されたコメント
解説会場、六本木ニコファーレで表示されたコメント

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既出原稿

コンピュータと人。頭脳の対決。名勝負が続く将棋・電王戦

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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