「異常値」なのにがんが見つからないことも 誤解されがちな腫瘍マーカーとは
検診などで腫瘍マーカーの検査を受け、異常な値が出て外来に来られる方は多くいます。
また、外来で、
「がんかどうかを知りたいので、腫瘍マーカーを調べてください」
と言われることも、よくあります。
実は多くの場合、腫瘍マーカーでがんを早期発見することはできません。
なぜでしょうか?
誤解しがちな腫瘍マーカーの目的について、簡単に解説しましょう。
腫瘍マーカーは初期に上昇しない
腫瘍マーカーはなぜ早期発見に使えないのか?
その理由は非常に簡単です。
多くのがんでは、できたばかりの初期の段階に腫瘍マーカーは上昇しないからです。
それどころか、それなりに進行したがんがあっても腫瘍マーカーは正常、ということも、よく経験します。
一例を挙げてみます。
「CA19-9」という腫瘍マーカーがあります。
胃や大腸、膵臓、胆管、胆のうなどの臓器のがんのマーカーとして使われます。
しかし、最も初期段階のステージ1の胃がんのCA19-9陽性率(「異常値」となる割合)はわずか3%、大腸がんでは7%です(1)。
胃の中に胃がんができていても、ステージ1なら100人のうち97人はCA19-9の値が正常、ということです。
逆に、最も進行したステージ4ならどうでしょうか?
胃がんで67%、大腸がんでは74%と陽性率は上がりますが、それでも4人に1人以上は陰性(正常と判断される)です。
この現象を「偽陰性(ぎいんせい)」と呼びます。
本当はがんがあるのに検査では陰性になる、つまり「ニセの陰性」というわけです。
「腫瘍マーカーでがんを見つけられる!」
と思っていた方は、腫瘍マーカーのイメージがずいぶん変わったのではないでしょうか?
実は、腫瘍マーカーにはもう一つの大きな欠点があります。
「腫瘍マーカーが陽性であっても(異常値と判断されても)、がんではないことがある」という点です。
先ほどと逆のパターンですね。
これを「偽陽性(ぎようせい)」と呼びます。
本当はがんがないのに検査は陽性になる、つまり「ニセの陽性」というわけです。
がんがなくても上昇する
腫瘍マーカーとは、がん細胞から産生される、あるいはがんの周囲組織などから産生される物質のことです。
しかし、がんがある時だけ産生される物質ではありません。
例えば、先ほど例に挙げた「CA19-9」という物質は、胆のう炎や膵炎、肺の病気など、がん以外の多数の病気で上昇します。
「CEA」という腫瘍マーカーも、良性の肝臓の病気や膵臓の病気で上昇することがあります。
またCEAは、喫煙者であるというだけで高い値を示すことも多いとされています(2)。
実際、検診で「腫瘍マーカー高値」という結果を持って外来に来られた方が精密検査を受けた結果、がんが見つからない、というケースを私たちはたびたび経験します。
腫瘍マーカーはがんに特有の物質ではないのですから、当然のことですね。
この場合、患者さんは本来必要なかったはずの精密検査を受け、その検査費用と度重なる通院の手間、体への負担、検査のリスクを負うことになります。
また、
「腫瘍マーカーが高かったのに、精密検査では結局何も異常が見つからなかった」
という結果を手にした患者さんは、どう思うでしょうか?
中には、
「本当に自分はがんではないのか?」
という不安感が拭えないまま病院を後にする患者さんがいます。
これは、患者さんにとって日々の生活を脅かす、大きな心理的負担になります。
もちろん、腫瘍マーカーがきっかけで精密検査を受けたらがんが見つかった、という人も中にはいます。
私が伝えたいことは、
腫瘍マーカーを検診で測定したいと考える人は、ここに書いた腫瘍マーカーの限界とデメリットを理解しておく必要がある
ということです。
(※前立腺がんの「PSA」のように初期の段階で上昇しうるものもありますが、検診で使用すべきかどうか、という点については議論の余地があり、市区町村の対策型検診として推奨されてはいません)
では、そもそも腫瘍マーカーとは、どういう目的で使用するものなのでしょうか?
腫瘍マーカーの目的
腫瘍マーカーは約40種類あり、がんの種類によってその使用目的はさまざまです。
「腫瘍マーカーの目的」を単純化して説明することはできませんが、大きく分けて、以下の2つが主な目的と言えます。
進行・再発がんに対する治療の効果を知る
手術で切除できないほど進行したがんや、手術後に再発したがんに対して化学療法(抗がん剤治療)を行っているケースでは、腫瘍マーカーの変化を見ることで治療効果を推測することができます。
つまり、
腫瘍マーカーが下がってきている=治療が効いているのではないか
腫瘍マーカーが上がってきている=治療の効果が薄れているのではないか(治療の方法を変更した方がいいのではないか)
という判断に使えるということです。
(「手術できないほど進行したがん」について詳しく知りたい方は、こちらの記事をご参照ください)
がんの術後再発を発見する
手術で切除し、体の中から目に見えるがんがなくなった方でも、一定の確率で再発が起こります。
この際、「手術によって一度下がった腫瘍マーカーが再び上昇してくる」といった現象が起こることがあります。
こうした変化を見て、再発を疑って精密検査を行う、といった対処ができます。
例えば大腸がんは、術後再発の検索を目的として、腫瘍マーカーの「CEA」と「CA19-9」を定期的に測定することが推奨されています(3)。
もちろん、がんによってはこうした使い方が推奨されていないものもあり、腫瘍マーカーの扱いはがん種によってさまざまです。
ここに書いた知識はあくまで「一般論」としてお考えいただき、自分自身の病気について考える際は、必ず担当の医師とご相談ください。
(参考文献)
(1)臨床検査のガイドラインJSLM2015/日本臨床検査医学会
(2)日本人間ドック学会誌, 11(2), 1996
(3)大腸がん治療ガイドライン2019年版/金原出版