「鈴木孝幸杯」が描く、インクルーシブ水泳の新たな挑戦(前編)
パリパラリンピックで16年ぶりの自己ベストを更新し、金メダルを含む4つのメダルを獲得。20年にわたる世界での活躍に輝きを重ねる鈴木孝幸が、11月24日、自身の名を冠した「Suzuki Takayuki Cup」を開催する。この大会では、障害の有無に関係なく、全ての選手が同じメダルを目指して泳ぎ切る。日本、おそらく世界でもまだ例のない試みだ。
「共生社会という言葉自体が必要なくなるほど、その概念が当たり前になった世界を作りたい」。大会への思いを語る鈴木の眼差しには、パラアスリートとしての強い決意が宿る。
大会構想の原点は、ドイツのワールドシリーズと、2013年から8年間を過ごしたイギリスでの体験にある。「イギリスの大学対抗戦では、障害のある選手も健常の選手と同じように得点を競える仕組みがありました。そのため大学側も障害のあるアスリートを積極的に求めている。この平等な評価システムに、新しい可能性を見出したんです」
大会の核となるのは、パラリンピックとオリンピック、それぞれの競泳で採用されているポイントシステムの融合だ。World Para Swimming Points SystemとWorld Aquatics Points Systemを組み合わせることで、障害の有無を超えた真の競争が実現する。
「ドイツのワールドシリーズでは全障害クラスの選手が競い合います。そこに健常者も加われば、さらに可能性が広がる。イギリスでは障害のある選手も健常の選手も同じプールで泳ぎ(両者が競い合うわけではない)、平等に評価される仕組みがありました。この二つの経験が、今回の大会のベースになっています」
鈴木は留学時代とワールドシリーズで、障害のある選手と健常の選手が共に競争を楽しみ、互いのパフォーマンスを称え合う場が生まれる光景を目の当たりにしてきた。
背景と課題
東京2020パラリンピックを経て、日本でもパラスポーツの競技としての価値が広く認知された。特にパラ水泳では、クラス分けによる公平な競争や、障害特性を活かした泳法など、競技としての魅力が多くの人々の心をとらえた。身近に障害のある人を目にする機会も増えたが、大会後のムーブメントには翳りも感じられる。課題は、パラリンピックで障害のある人の存在やスポーツが認知されたところで、誰もが参加できる共生社会への「橋渡し」となる活動が不足していることだ。
鈴木は、この状況を変革の好機と捉える。「世界にまだないスタイル」に挑戦することで、スポーツの新たな可能性を切り拓こうとしている。
大会のユニークポイントについて
「インクルーシブ大会は既に行われていますが、より『意識する』という観点から考えると、障害者と健常者がライバルとして高いレベルで競い合うことです。それによりお互いにより関心を持つようになるはずです」
大会では競泳選手とパラ水泳選手が混合で泳ぐ「インクルーシブ・リレー」も実施される予定だ。
初回となる今大会は1日開催だが、将来的には規模を拡大し、国際公認の大会となることを目指している。「今回は足がかりです。見てくださる方にもインパクトのある華やかな大会に育てていきたい」そして、「妊婦さんや高齢者へのサポートが自然と理解されているように、障害のある人との関わりも日常的になれば、特別な説明は必要なくなる。そんな日常を変える社会づくりの一歩になればと思います」と鈴木は言う。
20年のパラスイマーの活動を経て、競技者としてだけでなく、スポーツを通じた社会変革者としての新たな一歩を鈴木は踏み出そうとしている。
「鈴木孝幸杯/Suzuki Takayuki Cup」概要
ポイントシステムでインクルーシブに競い合う世界初の試み!(短水路)
日程:2024年11月24日(日)※エントリー締切:11月7日(木)
会場:横浜国際プール(サブプール)
主催:鈴木孝幸杯実行委員会
協力:日本パラ水泳連盟(予定)、日本知的障害者水泳連盟、日本デフ水泳協会、川崎水泳協会
特別協賛:株式会社ゴールドウイン スピード事業部
協賛:日本財団HEROs、味の素株式会社
<参考リンク>
・鈴木孝幸杯大会概要/川崎水泳協会(PDF)
・鈴木孝幸オフィシャルWebサイト
・Takayuki Suzuki: パラ水泳選手/パリパラリンピック日本代表 (X)
・パラ水泳ジャパン、パリの日々を振り返って(PARAPHOTO記事)
(取材協力/ゴールドウィン 撮影/秋冨哲生 校正/久下真以子 この記事はPARAPHOTOが取材しました)