「半導体は未来を創る、本当は儲かるビジネス」、京大小野寺教授最終講義
長年、LSI設計技術を教えてきた京都大学の小野寺秀俊教授(図1)が3月末に停年で退官されたが、このほど最終講義をリモートで聴くことができた。小野寺教授は、人を育てることがうまい、という教育でもよく知られている。最終講義は確かに面白く、ユーモアを交えた講義だった。前半では半導体集積回路の産業的なすごさ、すばらしさを伝え、後半では自身の個人的な歩みを伝えた。
「半導体は未来を創るもの」、「半導体は、本当は儲かる産業」と捉えており、学生の心をくすぐっている。もちろん、この二つの言葉に偽りはない。日本の総合電機の経営者が半導体を理解していなかったために、世界の半導体産業が成長を続けているのにもかかわらず、日本だけが成長どころか低下し続けている、という結果をもたらしたのである。
日本しか知らなければ、実はこの結論は出なかった。海外の半導体企業を知れば知るほど、日本だけが低下していった原因がよくわかる。40年以上、世界と日本の半導体産業を見てくると、いかに日本の半導体産業が間違って迷走してきたかもよくわかる。あまりにも「世界レベルの半導体経営」ができないように総合電機の経営者が縛り付けてきたのである。
米国では、総合電機から始めた半導体企業は早々に消えた。RCAやGE、Western Electricなどは半導体からすぐに撤退し、1950年代~60年代にFairchildやIntersil、Harris、Texas Instruments、Analog Devices、Motorola、Siliconixなどの半導体専業メーカーが活躍し、ブレーンストーミングのレベルにまで落として自らの戦略を立て直した企業が生き残った。そして新しいスタートアップとしてIntelやQualcomm、Xilinx、Linear Technology、Cypressなどが1960年代末から80年代に生まれた。
これに対して日本では初めからNEC、日立製作所、東芝、三菱電機、松下電器産業、富士通、沖電気工業、ソニー、シャープなど総合電機や通信機器メーカーが半導体を手掛け続けた。半導体部門を分割・独立させても子会社として人事権を握り支配し続けた。こういった電力や通信、民生といった動きの遅い電機会社が支配し続ける限り、半導体の牽引が電機からITサービスに移ったことに気が付かなかった。
役所は、半導体部門を支配している総合電機の経営トップとしか話をしなかったために、半導体産業の本質を理解できなかった。性能さえ上げればよい、という考えは今でも残っているが、第5世代コンピュータは、性能を追求したマシンではなく、結局、パソコンだったことにコンピュータ業界も半導体業界も気が付かなかった。ダウンサイジングというパラダイムシフトに気が付かない経営者が半導体を支配したために、日本は惨敗したのである。経産省ももっと半導体関係者やIT部門の声を聴くということをしなかったために「トンチンカン」なプロジェクトを推進し続け失敗した。
総合電機が半導体を支配していた欧州では、全く違う対応をした。Siemensから独立したInfineon Technologies、Philipsから独立したNXP SemiconductorやASMLは半導体専業メーカーあるいはリソグラフィ専業メーカーになったものの、親会社の影響力を排除するため(というよりも親会社はそれどころではなかったためという声もある)、株式は最初でさえ10%程度しか持たなかった。もちろん今はゼロである。
今、世界の半導体は、小野寺教授の言われる通り、未来をデザインするツールとなっている。これまでのプロセッサの性能よりもとにかく消費電力を下げることに集中してきたArmは、全てのスマートフォンを動かす頭脳となった。拡散スペクトラム方式の一つCDMA技術で盗聴しづらい携帯電話のモデムを設計したQualcommは、携帯電話の通信の頭脳をデザインした。
そして、Analog DevicesやTI、Intelなどのように営業利益率3割~4割の利益を常に稼ぎ出し、次への投資に利かす企業が世界には多い一方、日本企業の営業利益率は儲かった年でさえ1割台がやっと、という儲からないビジネス構造になっている。これも小野寺教授の言われる通りの「半導体は本当は儲かる」を、米国企業は実践しているのである。
公共事業にどっぷりつかってきたかつての総合電機から早く離れた企業が、日本でも活躍し始めている。一方で、総合電機の半導体から外資に買収されて良かった、という社員の声を半導体の世界ではよく聞く。エンジニアのモチベーションを上げ、やる気を出させる経営を外資はよく知っている。こういった声は、小野寺教授は人を育てるのが上手、という声とも通じる。
小野寺教授に人の能力をどうやって伸ばすのか、という質問をぶつけてみると、その人の何かを引き出すことにインセンティブを与えるという。本来、教育(Education)とは教えること(Instruction)ではなく、Educe(引き出す)ことである。小野寺教授は、学生・院生の能力を引き出すことに長けているのだ。「例えば、レベル3しかできない人には、レベル10を目標とするのではなく、レベル4か5を目標にして、やる気を出すように導いている」と語っている。
TIにせよ、Analog Devicesにせよ、かつてインタビューしたCEOなど経営陣は、エンジニアのやる気を引き出すことにずいぶんと腐心していた。日本の半導体メーカーのトップには、社員のモチベーションを上げるための努力をしている社長は極めて少ない。企業業績を上げるには、社員のモチベーションを上げ、自律的に業務が回るように仕向けるトップの努力が必要だ。このためにはまず、企業文化を変えることに集中することだろう。「倍返しだ」など社内派閥抗争をしたり、喜んだりしているようでは、業績向上はとうてい望めない。経営層も好き嫌いで人選するようでは、未来はない。ましてや忖度(そんたく)は業務を停滞させるガンである。日本の企業風土をすっかり変える気持ちがなければ、世界からますます置いていかれてしまう。