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金正恩氏はなぜ「ゴムボート写真」を偽造したのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏

金正恩党委員長が11月に入り不気味な動きを見せている。これまで4回、現地視察を行っているが、その全てが朝鮮人民軍(北朝鮮軍)関係なのだ。

韓国では朴槿恵大統領の退陣要求が強まり、米国ではトランプ氏が勝利して対北朝鮮政策が不透明になるなか、金正恩氏に圧力をかける主要2カ国に隙間が出来るタイミングでのことだ。ただ、北朝鮮メディアが正恩氏の視察の様子として公開した写真をめぐって、韓国では「偽造説」も出ている。

ゴムボートに立つ金正恩氏

13日付の朝鮮中央通信によると、金正恩氏は北朝鮮の西に位置し、南北軍事境界線に近接するカルリ島と長在島(チャンジェド)の防御隊を視察。わざわざゴムボートに乗っている場面の写真を公開している。それが下の写真だ。

視察でゴムボートに乗ったとみられる金正恩氏
視察でゴムボートに乗ったとみられる金正恩氏

別の報道写真を見る限り、ゴムボートに乗ったことは間違いないが、これはかなり不自然な写真だ。ただでさえ不安定なゴムボートの上で、巨漢の金正恩氏は堂々とそびえ立ち片手を上げるほどの余裕ぶり。しかも正恩氏が立っている後方部分が前方に比べて浮きあがり気味である。

後方部分に正恩氏が立てば、普通に考えればその重みで下がるだろう。いや、推定体重130キロの正恩氏があの位置に立てばボート自体がバランスを崩し、ひっくり返ってももおかしくはない。しかし、ボートは実に安定しているようだ。ちなみに船外機はヤマハ製とみられる。

もし、偽造だとしたらいささか間の抜けた写真だが、自分のヘンな写真まで惜しみなく公開させるほどの目立ちたがり屋の正恩氏ならあってもおかしくはないだろう。

(参考記事:金正恩氏が自分の“ヘンな写真”をせっせと公開するのはナゼなのか

しかし、この写真が偽造であっても、正恩氏の行動をあなどってはいけない。実は正恩氏はこの視察で、軍事挑発を匂わせる発言をしているのだ。

地雷爆発の動画

ゴムボート視察以前から正恩氏の発言には危険な匂いが漂っていた。例えば、11月4日付の朝鮮中央通信によると、正恩氏は軍の第525軍部隊直属特殊作戦大隊を視察。このなかで正恩氏は、特殊大隊が「青瓦台とかいらい政府、軍部要職に居座る人間のくずを除去することを基本戦闘任務にしている」と、朴槿恵政権とその要人がターゲットであることを明言した。

威嚇のレベルかもしれないが、この発言が昨年以来、米韓に敗北を喫してきた正恩氏の反撃宣言であることは明らかだ。昨年8月、南北軍事境界線で起きた地雷爆発事件の際、朴槿恵政権は自国兵士が地雷で吹き飛ばされる映像を公開してまで北朝鮮に圧力をかけた。結果的に、北朝鮮側は「遺憾」の意を表明、事実上の謝罪に追い込まれた。

(参考記事:【動画】吹き飛ぶ韓国軍兵士…北朝鮮の地雷が爆発する瞬間

さらに、米韓はたたみかかけるように、正恩氏をターゲットにした「斬首作戦」の導入を明らかにする。あくまでも心理戦の一環とみられるが、こうした動きに正恩氏は相当ナーバスになっていた。

(参考記事:金正恩氏、「斬首作戦」にビビりながら朴槿恵氏を罵倒

年が明けて正恩氏は1月と9月に核実験、また中距離弾道ミサイルの発射実験を強行するなど、必死で抵抗を試みながら、さらなる反撃の機会を虎視眈々と狙っていたに違いない。そうしたなか、米韓がスキャンダルや政権交代で不安定になったために、正恩氏にとっては「機は熟した」というところなのだろうか。

さらに、この時期は北朝鮮軍にとっても挑発の気運が高まる時期でもある。

延坪島攻撃文書を承認

北朝鮮では、毎年11月から翌年5月まで軍の冬季訓練が行われる。まず、中隊級(約150人)の小規模でスタートする訓練は、1月には大隊級以上に拡大される。さらに2月に入れば、師団級(1万人)以上、3月には軍団級(3万〜5万人)まで拡大される。そして、3月からは海上訓練が強化され、続いて陸・海・空や特殊部隊が参加する国家規模の訓練につながる。

実際、この訓練を通じて戦闘力が高まり、挑発をしてきた事例もある。2010年1月27日から29日にかけて、北朝鮮が北方限界線(NLL)の韓国側に向けて400発の海岸砲や自走砲などを発射した。そして3月26日には、韓国海軍の哨戒艦・天安の撃沈事件を引き起こした。さらに、同年11月23日から25日にかけて延坪島に向けて無差別砲撃。海兵隊員2人と民間人2人を殺害した。

警戒すべきは、正恩氏がゴムボート視察で「延坪島火力打撃計画戦闘文書」を承認していることだ。この文書が具体的にどのような内容なのかは不明だが、誰が聞いても6年前の延坪島砲撃事件を思い起こすだろう。そうした経緯を踏まえて、あらためてゴムボートに立つ正恩氏の写真を見ると、実に不気味に思えてくる。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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