「あさ」に通じるオンセミ
NHKの朝ドラ「あさが来た」を見ていて、運命をつくづく感じる。嫁いだ家によって姉と妹の運命が大きく違ってしまう。姉の嫁いだ家では、うるさい姑が口だけ出して責任取らないという無責任経営で没落、妹の嫁ぎ先では自由奔放に仕事をさせてもらい家を助けることができた。よく似た世界は半導体でもある。かつて世界一の半導体メーカーであったモトローラからオン・セミコンダクターとフリースケール・セミコンダクタという2社が十数年前分割独立したが、オンセミは他社を買収して生き残り、フリースケールは他の会社に買収され名前が消えた。
1980年代はじめ、世界トップの半導体メーカーに君臨していたモトローラ社。半導体事業と通信事業を主力として、当時米国を代表する企業であった。しかし、モトローラはAT&Tの分割と共に企業が弱体化してきた。本体を立て直すためとして、1999年にはモトローラの半導体事業からディスクリートと呼ばれるトランジスタ単体部品事業を分割した。これが今日のオン・セミコンダクターである。
さらに2003年には、それ以外の半導体事業を全てフリースケール・セミコンダクタとして分離させた。フリースケールは、マイクロプロセッサやマイコン、さらに通信用IC、自動車用のエンジン制御ICやエアバッグ制御、DSPなどテクノロジーの塊ともいえる最先端半導体を手掛けてきた。いわば、冷や飯組のオンセミに対して、最先端のフリースケールという対照的な2社であった。ところが、フリースケールは、親会社依存の強い日本の半導体メーカーとよく似た体質の企業であった。親会社モトローラに納めていた携帯電話向けベースバンドチップは、モトローラの没落と共にフリースケールのチップも売り上げが落ちた。
そして2015年12月。オンセミは、半導体勃興期に活躍したフェアチャイルドセミコンダクターを買収、売り上げ50億ドルの世界半導体のトップランキングに登場する企業に成長した。片やフリースケールはオランダのNXPセミコンダクターズに買収され、その名は永遠に消えることになった。
オンセミが買収したフェアチャイルドは、モノリシックの集積回路を発明したロバート・ノイス氏と、ムーアの法則という名を残したゴードン・ムーア氏がシリコン半導体製品を出すために始めた企業であり、彼らはその後インテルを創設した。フェアチャイルドは今日の半導体技術の基礎ともいうべきシリコンプレーナ技術を開発した老舗であった。フェアチャイルドは、その後も紆余曲折を経ながら中堅企業としてパワー半導体・ICでの地位を築いてきた。
オンセミは、ディスクリートトランジスタという汎用の小信号トランジスタとパワートランジスタや標準アナログ製品しか持たずに、1999年モトローラから独立した。この時のいきさつは明らかになっていないが、独立したというよりも外に切り出された、という感じではないだろうか。プロセッサやマイコンを持つフリースケールと比べると、競争力に乏しかった。フリースケールはテクノロジーの塊とも言えるようなPowerPCアーキテクチャをはじめとして、さまざまなコンピューティング先端技術を持っていた。
ディスクリートや標準品で食いつないできたオンセミは経営を安定させた後、成長路線へと舵を切る。2006年から半導体メーカーの買収を積極的に行うことで、製品のポートフォリオを広げてきた。2006年にはかつてゲートアレイで一世を風靡したLSIロジックを買収、翌2007年にはアナログデバイセズの電圧レギュレータ部門を買収、PMIC(パワーマネージメント集積回路)を手に入れた。2008年AMIセミコンダクターを買収、高電圧ASIC(カスタム仕様の特殊なIC)やクルマ用のLIN/CANインタフェースICなどを手に入れた。2009年に拡散スペクトル技術を持つパルスコアセミコンダクタを買収、2010年にESD(静電破壊)保護やPMICの得意なカリフォルニアマイクロデバイス(CMD)を、そして2011年に三洋半導体を手に入れた。元三洋半導体だったシステムゾリューションズ部門トップのMamoon Rashid氏(図1)は、日本に住む本社のシニアバイスプレジデントであり、ジェネラルマネージャーでもある。
図1 ON Semiconductorのシステムソリューションズ部門トップのMamoon Rashid氏
オンセミはこのようにして、標準品から差別化製品を次々と手に入れ、売り上げを伸ばしてきた。2014年にはクルマ用のイメージセンサに強いアプティナを買収、クルマ用CMOSイメージセンサのトップメーカーとなった。そして今回、フェアチャイルドを買収することで、パワー半導体で第2位の地位を占めるようになった。
一方、フリースケールは、2003年にモトローラから切り離された。2004年に株式上場したものの、2006年にファンドグループに買われ、モトローラからは完全に独立した形になった。しかし、フリースケールこそ、旧モトローラ半導体を引き継いだ「正統派」のような印象を持つ企業であった。マイクロプロセッサやマイコン、さらに通信用IC、自動車用のエンジン制御ICやエアバッグ制御、DSPなどテクノロジーの塊を手掛けてきた。SiGeのレーダー用RFチップ、MRAM不揮発性メモリなども自動車用のチップとしての地位も高かった。
ところが、携帯用チップではモトローラの電話ビジネスが落ち目になり、ノキア、サムスンなどに食われると、フリースケールの携帯電話用ベースバンドチップも傾いてきた。親会社に依存していた体質は親会社から離れても変わらなかった。日本の半導体メーカーにも通じるところが多い。2006年にファンドグループがモトローラから株式を買い取ることで合意し、モトローラからも完全独立を果たしたものの、迷走した。
しかし、テクノロジー指向のフリースケールは、クルマ用でもルネサスに抜かれた。非常に多くのマイコンやプロセッサの製品展開が仇になってきて、しばらくP/L(売上/利益シート)が悪かったが、ここ数年はクルマ市場の立ち上がりと共に財務状況も改善していた。だから機会を待ってNXPが今買収を仕掛けたのである。しかし、もはやフリースケールという名前は消滅した。
オンセミは今後どこへ向かうのか。まず高成長が期待される自動車エレクトロニクスだ。自動車に使われるパワー半導体を、フェアチャイルド買収によって低電圧から中電圧・高電圧へと広げた。さらに通信・産業用の半導体にも力を注いできたこれまでの路線をさらに進めこれからのIoTに対応する。かつての「冷や飯組」から生き残り、さらに成長ロードマップを描き実行しているオンセミに共感する業界人は多い。オンセミこそ、まさに明治時代の実業家、広岡浅子のモデルとなった妹「あさ」に通じるものがある。
(2015/12/18)