「生きづらさを抱える子どもたちのために」障害者差別を経験した松田さんが目指す世界#ydocs
「子どもたちに生きやすい選択肢を与えられたら」。こんな信念のもと、障害がある子もない子もともに集まり、歌やダンスなどの自己表現をする場を提供している団体が東京・世田谷にある。一般社団法人「Otonoha」。これまで障害がある子55人、定型発達の子20人がワークショップに参加し、その「表現教育」の評判が口コミで広がりつつある。世田谷区内の小学校の教師たちの間でも「参加した児童の様子が変わった」と認められ、道徳の授業に取り入れられようとしている。代表理事の松田未歩さん(25)は、差別を受けたかつての経験から、Otonohaで新たな教育方法を模索している。彼女が思い描く教育とは、どのようなものなのか。
(Yahoo!ニュース ドキュメンタリー)
「ガオー、ウキー、パオーン」ホールに響く子どもたちの元気な声
用意された小道具を使い、子どもたちは好きな動物に変身している。恥ずかしがっている子もいれば、なりきりすぎて今にもかみつきそうな勢いの子もいる。
表現教育とは、特定の芸術分野にこだわることなく、歌やダンスなどアート全般を通じて「表現する」プロセスを大切にする教育のことだ。 Otonohaでは、「安心して自己表現コニュニケーションを楽しむ」ことを目標に、子どもたちが話し、歌い、踊り、演じている。どんな内容にするかは、参加している子どもの特性に応じて、松田さんとスタッフがアイデアを出し合いながらアレンジしている。
自閉スペクトラム症と診断されているしょうき君がワークショップに参加するのは、この日で2回目。落ち着きがなく、会場内を逃げ回ったり、母親から離れられなかったりすることが目立っていた。それでも徐々にスタッフとの距離を縮めていき、舞台の上で歌や踊りを楽しみ、最後は「帰りたくない」と泣いてしまうほど心地いい場所になった。
「子どもたちが一人ひとり違うのは当たり前。みんなと踊ったり歌ったりすることだけが目的ではなく、しょうき君が本当にしたいことを安心してできるよう、一緒に楽しんでいました。結果的に舞台に上がってみんなと表現を楽しむことができて、お母さんもとても喜んでくれて良かったです」とスタッフの一人は言う。
Otonohaのスタッフは、障害がある子も、ない子も「インクルーシブ(包摂的)」にそれぞれの個性を輝かせることを共通の認識として持っているため、スタッフはそれぞれの子どもに応じたやり方でコミュニケーションを取っている。それが結果的に、子どもたちが安心して過ごせる場づくりにつながっている。
「しょうきの成長には驚いている。自分からいろんな習い事をやりたいと言い出すようになり、新しいことに挑戦することが増えてきた」と母親はいう。
ワークショップの参加者は、障害がある子6割、定型発達の子4割ほどのバランスだ。松田さんによると、ほかのワークショップでは定型発達の子だけを集めたり、逆に障害がある子のみを対象にしたりするものがほとんどだという。
Otonohaが参加条件を設けることなくワークショップを開くのは、「障害者という概念に縛られたくない」という松田さんの思いがあるからだ。どんな子どもでも表現を思いきり楽しんで、それぞれの個性が輝く場所を作りたい。松田さんがそこまでインクルーシブにこだわるのには、訳がある。
「そんなつらい経験を乗りこえた未歩ならできるよ!」
松田さんは小学校3年生の時、弟が障害者であることからいじめられた。それがきっかけで、声が出せなくなった。はじめは「菌がうつる」などとからかわれ、やがて教科書を隠されたり、トイレで水をかけられたりするつらい毎日が続いた。 家に帰っても、両親は自分より手のかかる弟の世話で精一杯。誰にも頼ることができなかった。 家族から「あなたは普通なんだから大丈夫でしょ」と言われる一方、学校では声が出せない障害者扱いをされた。
家族と学校との間のこんな板挟みに、高校3年まで苦しんだ。転機になったのは、友人から「英語のワークショップに一緒に参加しよう」と誘われたことだった。行ってみると、それはミュージカルなどを行う表現教育の3日間にわたるワークショップだった。
一度は参加を決めたものの、リハーサル中に「自分にできるはずがない」と思って泣きながら帰ろうとした。だが、何人かのサポーターが引き留めてくれた。「なぜ人前で話ができないの?」「過去にどんなつらい経験をしたの?」。こんなことを聞いてくれ、初めて自分のことを他人に打ち明けた。話を聞いたサポーターが、「そんなつらい経験を乗りこえた未歩ならできるよ!」と背中を押してくれた。その翌日の最終日。松田さんは、約1000人のオーディエンスの前でスピーチを披露することができた。
これで自信をつけた松田さんは、徐々に人前で話ができるようになっていった。人生を変えたこの経験をへて筑波大学に進学。障害科学について学びながら、表現教育のワークショップを開催する団体にサポーターとして参加し、子どもたちとの向き合い方を学んでいった。
学びを進めるうちに、松田さんは「障害の壁は社会が作り出している」と考えるようになった。自分がいじめられた原因である弟のことを受けいれられない時期もあったが、よく考えると弟は悪くない。また、自分をいじめた人たちが悪いのでもなく、「障害者は自分たちとは違うもの」という社会の風潮がいじめにつながったと考えを改めた。だからこそ松田さんは、その壁をなくすためインクルーシブにこだわっている。子どもたちが自分と違う他人を受け入れられるようにするため、同じように表現を楽しめる空間を作っている。
「頼ってもいい人が周りにいることを知ってほしい」
松田さんが気にかけているワークショップの参加者がいる。しょうき君の姉で小学校4年生のうみちゃん(10)だ。自閉スペクトラム症のしょうき君は落ち着きがなく、両親はしょうき君の心配を第一にしてしまう。 そのため、うみちゃんは両親にうまく甘えることができずにいた。しょうき君の世話を優先し、自分のことを我慢する中で感情のコントロールが難しくなり、親への反抗やきょうだいげんかという形で表に出てきている。
そんなうみちゃんを、松田さんはかつての自分と重ねていた。
うみちゃんは以前にもワークショップに参加したことがある。ただ、どうしてもしょうき君のことが気になってしまう。自分のことを後回しにするうみちゃんのために、松田さんはある遊びを考えた。「tap you」だ。
子どもたちはタッチする側とされる側に分かれ、される側は顔を隠してうつぶせになる。 松田さんが「笑顔がステキな人」「あなたがいると安心できる」などと読み上げると、タッチする側の子はそう思える子にタッチする。松田さんは「うみに『頼っていい人がいるよ』と感じてほしかった。いろんな人が、うみのことを大切に思っていると感じてほしかった」とその狙いを語る。
ワークショップが終わると、うみちゃんは松田さんに小さな紙で作った星をプレゼントした。 それを聞いた母親は「うみがそんなことをするなんて、珍しい」と驚いた。
「最近、うみは家で目も合わせてくれないことが増えてきた。気配りができる子だからこそ、しょうきを見て『自分がしっかりしなくてはいけない』と考え過ぎているんじゃないかと思う」と母親。
家ではボーっとしている姿をよく見ていたので、ワークショップで楽しそうに踊っている姿を見て安心したという。
「Otonohaはしょうきにとって必要な場所だと思っていた。けれども、もしかしたら、うみみたいな葛藤のある子にこそ必要な場所なんじゃないか。改めてそう思いました」
うみちゃん自身も、「いっぱい踊ったり歌ったりできて、楽しかった。しょうきも前回よりは頑張ってたと思う」とうれしそう。しょうき君のことは気になりながらも、思う存分楽しめたようだった。
松田さんは、ゆくゆくはOtonohaの表現教育を全国の小中学校の道徳の授業に導入することを目指している。 すでに2022年7月、中野区の中学校の道徳でそれぞれの学年に計6コマのワークショップを実施した。そこでは生徒に自分が主人公として旅に出る「未来絵本」を描いてもらった。自分にとって大切な人やものを8個以上あらかじめ書き出しておき、旅を進める中で少しずつ手放すことを強いられるという内容だ。その過程で、自分にとって本当に大切なものは何なのか、それはなぜなのかをストーリー仕立てで考えてもらうのが狙いだ。
「パフォーミングアーツ(表現教育)の授業は海外にはあるが、日本にはない。表現教育についての議論を活発にするため、感覚的にではなく、データとして効果を証明しないといけない」と松田さん。これからOtonohaでの実践の効果を、東京学芸大学大学院の研究室と合同で検証していく予定だ。授業を受けた子どもたちの小1から中3までの9年間の変化をデータ化し、2034年までに論文にまとめるのが目標だ。これを、表現教育を全国に広げる足がかりにしたいと考えている。息の長い実践が続く。
【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】#Yahooニュースドキュメンタリー
監督/編集 島田拓空也
撮影 島田拓空也・林楓馬
プロデューサー 細村舞衣
チーフプロデューサー 金川雄策
スペシャルサンクス 山崎エマ