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「死んだら国籍も民族も関係ない」 99.99%が火葬される日本で、京都の寺が土葬を受け入れる理由とは

島田拓空也映像作家

日本では亡くなった人の99.99%が火葬され、「火葬大国」とも呼ばれる。一方、この国で暮らす人たちの中には、墓地がなくて困っている人が増えてきた。その教えにより土葬が求められているイスラム教徒やカトリック教徒たちだ。地域住民の反対などで土葬墓地を新設するのが難しい中、京都府南山城村の高麗寺は2022年2月から国籍・民族・宗派を問わず、土葬の受け入れを始めた。その中心となったのが、寺の代表役員を務める崔柄潤さん(82)だ。在日韓国人2世として育った崔さんは、国籍を理由に就職を拒否されるなど、数々の差別を受けてきた。「差別された人間が差別をしたらあかん。人間死んだら国籍も民族も関係ない」。こんな思いで土葬を受け入れる崔さんがめざしているものとは。


●「土葬ができなくて困っている人が」
高麗寺は、奈良、三重との県境に近い山間部にある韓国系仏教の寺院だ。5万坪の広大な境内に霊園を所有する崔さんが土葬を受入れようと考え始めたのは、法岳光徳住職から聞いた一言がきっかけだった。「崔代表、日本には土葬ができなくて困っている人がいるらしいですよ」

在日韓国人2世の崔さんは、子どものころは母親が持たせてくれた弁当箱を隠していた。弁当箱を包んでいた新聞紙のハングルを見られるのが恥ずかしかったからだという。就職活動では、学科試験を優秀な成績で通っても韓国人であることを理由に採用されなかったことがある。担任の教師には「韓国籍のままではお前の能力が正当に評価されずもったいない。早く帰化しろ」と熱心に勧められたが、それはできなかった。「帰化してしまうと、自分自身に敗れたような気がして、どうもプライドが許しませんでした」と崔さんは振り返る。その後、手に職をつけるため、父の知り合いの車の整備会社に入社した。いまは27歳の時に自ら起業した「長守モータース」の社長をしている。

その崔さんが、日本にはほとんどない土葬墓地をなぜつくることにしたのか。「過去に差別を受けた人間が、今度は誰かを差別しようなんて考えたらダメなんです。だからこそ今、差別を受けている人の助けになれればと思ったんです」

●近隣住民の懸念が土葬の壁に
現代の日本の葬送は、99.99%が火葬だ(2021年、厚生労働省衛生行政報告例)。一方、死後の復活を信じるイスラム教徒らにとって、土葬は絶対的だ。日本国内には約20万人のイスラム教徒がいると推定される一方、土葬を受け入れている霊園は2021年には全国で9カ所しかなかった。2022年には高麗寺霊園と広島県三原市の霊園が新たに受け入れを始めたが、その数は圧倒的に不足している。

歴史をさかのぼれば、日本でもかつては土葬が主流だった。神道の伝統的な埋葬方法は土葬であり、明治時代には火葬が禁止されていた時期もある。しかし、土地に限りがあることや衛生上の懸念から、戦後は火葬の割合が徐々に増えていった。土葬は今では京都や奈良、三重の一部の村でしか行われなくなった。

国内にイスラム教徒らが増えても土葬できる霊園が増えてこなかった理由のひとつに、近隣住民の反対がある。その根拠として住民が訴えているのが、生活用水が汚染されるとの懸念だ。

遺体を土に埋めることで、水質が汚染される可能性はあるのだろうか。中国・長沙民政学院の伊藤茂教授(遺体管理学)によれば、ウイルスは生きた細胞の中でしか増殖できず、遺体の中のウイルスは時間がたてば死滅する。また、人体内の細菌に病原性はなく、仮に結核菌や赤痢菌、コレラ菌などの病原細菌群であっても土の中では繁殖できないという。ただ、科学的に安全だとしても、住民の合意がない限り墓地の開設は難しいのが現実だ。

高麗寺では、土葬墓地をつくる環境がととのっていた。南山城村では15年ほど前まで土葬の文化が残っていた。また、「差別を受けてきた私が、高麗寺霊園を持っていた。これを困っている誰かのために使えるなら、これ以上いいことはないだろう」という崔さんが村民から信頼を得ていたことも、地域の合意形成に役立った。高麗寺では、万が一にも動物が遺体を掘り起こすなどして住民に衛生面での不安を与えないよう、埋葬には深さ2メートルの穴を掘るといった基準を設けている。

●土葬墓求め、関東や北陸からも
高麗寺ではこの1年間で、すでに20件の墓地の契約が成立した。そのほとんどが生前契約だ。日本では土葬ができるかどうかわからないという不安を抱えた人が多く、遠く神奈川県や愛知県に住む人もいる。イスラム教、キリスト教、無宗教の日本人と様々である。

2023年2月のある日、ひとりの日本人男性の遺体が、石川県から4時間以上かけて高麗寺に運ばれてきた。埋葬された男性の娘はこう話した。「生前、父は改宗こそしなかったものの、イスラムの教えに関心を持っていました。そんな父を火葬してしまうのはかわいそうだと思って土葬墓地を探しました」。高麗寺の霊園は、石川県から最も近い土葬墓地だという。「日本で土葬ができるかできないかわからない不安の中で、高麗寺を見つけることができた。崔さんに丁寧に説明していただき、無事に父を埋葬できてホッとしている」。男性の妻もイスラム教徒ではないが「できれば私も夫の隣に土葬をしてほしい」と願っているそうだ。

●宗教の垣根を越えた空間を
「生きているうちはいろんな区別があるけれど、死んだらみんな一緒なんですよ」と崔さんはいう。「だから、肌の色が白かろうが黒かろうが、茶色だろうが黄色だろうが、そんなものは関係ないじゃないですか。という考え方でやっています」

土葬墓地の契約者から、墓地の近くに祈りのためのモスクを建てたいという申し入れがあった。崔さんはそれを受け、高麗寺周辺の広大な土地に、モスクや教会、寺院を建設したいと考えている。

「仏教もユダヤもイスラムもキリストも、どんな宗教を信じているかは関係なくて、みんなでお茶でも飲みながら語り合い、平和への取り組みを考えていく機関を作りたい。そんな未来がくるような予感はしています」

まだまだ端緒に過ぎない。それでも崔さんはこの仏教寺院で土葬を受け入れることで、宗教・人種・国籍の垣根を越え、お互いが理解し合えるような空間を作ることをめざしている。

クレジット

監督・撮影・編集 島田 拓空也
プロデューサー  初鹿 友美
アドバイザー   庄 輝士 岸田 浩和
記事監修     国分 高史 中原 望

映像作家

広島県三原市出身、関西学院大学 卒業。『人間』に焦点を当て、議論されるべき問題を提起するドキュメンタリー映像の制作を目指す。自閉症のしんちゃんを支え続けてきた、池谷氏の支援のあり方を映し出した『無題』は、国際平和映像祭(UFPFF)2022にて準グランプリ、札幌国際短編映画祭 Micro docs部門にて部門賞を受賞した。

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