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【PC遠隔操作事件】重要証拠はなぜ隠されてきたのか

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

まずは、右の写真を見てほしい。

写真1 山頂に埋める寸前らしい緑色USBメモリ。袋のジッパーはピンク
写真1 山頂に埋める寸前らしい緑色USBメモリ。袋のジッパーはピンク

PC遠隔操作事件の「真犯人」を名乗る者が、昨年の元日に送り付けた「謹賀新年」と題するメールの問題を解くと現れる画像2枚のうち1枚だ。雲取山山頂の三角点の横に穴を掘り、今からビニール袋入りUSBメモリを埋めるところ……のように見える。ファイル名は「kokohore2.JPG」。「真犯人」は1月5日未明の「延長戦」メールで、「合成だとか疑われていますが、これは本物です」と主張している。

写真2 犯人が送ってきた写真。ヤマレコに投稿された写真に書き込みをしたもの
写真2 犯人が送ってきた写真。ヤマレコに投稿された写真に書き込みをしたもの

もう一枚の「kokohore1.JPG」は、三角点のほぼ全体像が写り、下の方に赤で印を入れ、やはり赤で「このへん」と書いてある。こちらは、誰もが参加できる登山記録の共有サイト「ヤマレコ」に投稿された写真を利用したものと分かっている。

隠されてきた重要証拠

警察が元日に山頂で捜索を行い、ツルハシを使って「このへん」の部分を30センチ以上掘ったが、USBメモリは見つからなかった。ところが、昨年5月16日になって再度捜索をしたら、三角点のコンクリートの縁の下あたり、地上から19センチほどのところから、見つかった、という。

この発見状況は、捜査報告書にまとめられている。しかし、そこにはなぜか、発見したUSBメモリの状況を示す写真は一枚も添付されていなかった。発見した現場で写真を撮っていないとは考えられない。意図的に写真を添付しなかった、と見るべきだろう。そのうえ検察は、犯人が埋めた重要証拠のはずのこのUSBメモリを証拠請求しなかった。弁護側は不審に思い、証拠開示を求めたが、検察側は開示を渋り続けた。昨年末の段階でも「鑑定中」を理由に開示しなかった。

写真3 開示されたUSBメモリ
写真3 開示されたUSBメモリ

ようやく開示されたのは、年明け。しかも証拠保管用ビニール袋に入れたまま、手を触れることは許されなかった。

USBメモリは、「kokohore2.JPG」に写っているものと同じような緑色をしていた。

問題は、それを包んでいたビニール袋だ。

犯人の写真と証拠品は別物だった

写真4がそれ。「kokohore2.JPG」はジッパー部分がピンク色だが、検察庁に保管されていたのは、ジッパーが青い。写真1の犯人が送り付けた写真に写っているものとは、どう見ても別物である。

写真4 開示されたビニール袋。ジッパーが青い
写真4 開示されたビニール袋。ジッパーが青い

「真犯人」は、「延長戦」メールの中で、写真を加工したことは認めている。

〈元はもっと広角で撮った写真をトリミングし、細部が暗くて見づらかったのを少しHDRフィルタかけてレタッチしただけです。

部分により露光が異なるとか言われているのはそのせいです。〉

だが、この加工方法では、緑色はほとんど変色させずにピンクを青に変換することはありえないだろう。

裁判所、検察官、弁護人による3者協議の際、弁護側がこの問題を追及すると、検察側も保管している証拠品と「kokohore2.JPG」のビニール袋は別物であることを認めた、という。この違いを知られたくなくて、捜査報告書に写真を添付せず、犯人が雲取山に埋めたはずのUSBメモリを証拠請求せず、なかなか証拠開示もしようとしなかったのだろう。ようやく開示された時にも、証拠保管用のビニール袋から取り出せず、広げて採寸することもできなかった、という。

都合の悪い証拠はできるだけ隠しておく、弁護人が使えないようにする、という捜査機関の”伝統”は、布川事件や東電OL事件などの再審無罪事件などを経ても、今なお改まってないようだ。

ビニール袋が別物であることについての説明を求められた検察官は、「犯人が(メールで)言っていることが、すべて本当とは限らない。埋める前に袋を入れ替えた可能性もある」などと述べたらしい。埋める直前に袋を変える必要性はどこにあるのか。これでは説明になっていない。

まさか、警察や検察の管理が悪くて、証拠品をなくし、別物でごまかしたのか?

確かに、大阪府警の警察官が、証拠品のタバコの吸い殻や木刀を紛失し、同種タバコの吸い殻や署内にあった木刀で代替させる証拠ねつ造事件を立て続けに引き起こしたことがあった。しかし、今回は4人の誤認逮捕を引き起こした後でもあり、警視庁など4警察が合同で捜査本部を作った事件。さすがにそのような証拠ねつ造をしたとは考えにくい。

なぜ「真犯人」が送ってきた写真と、現物(のはずのもの)が違うのか。検察側は全く説明らしい説明ができない状況に陥っている。

写真は合成なのか?

弁護側は、かねてから、「kokohore2.JPG」は合成写真であり、「真犯人」は昨年元日までに雲取山にUSBメモリを埋めていない、と主張してきた。元日に雲取山頂上でUSBメモリが見つからないことを見越したうえで、警察を江ノ島に導いた、と推理。5月になって警察が掘り出したモノは、片山祐輔氏が逮捕された昨年2月10日以降、山頂の地面の凍結が緩んだ春以降に、「真犯人」によって埋められた、という論を展開している。

ただ、弁護側は片山氏の無実を主張しているので、そうすると彼とは別の「真犯人」が、どうやって片山氏の江ノ島行きを前年のうちに知って準備できたのか、という疑問がわいてくる。弁護側の推理は、大胆すぎるのではないか。とはいえ、「kokohore2.JPG」の画像が合成写真であるとすれば、この仮説も無視できなくなる。専門家による画像の分析が待たれる。

一致しなかったDNA型

犯人が送った写真の1枚。これと同様のものが猫につけられていた
犯人が送った写真の1枚。これと同様のものが猫につけられていた

検察側は、江ノ島の猫の首輪にマイクロSDカードを取り付けたセロテープのDNA鑑定の詳細についても、弁護側への情報提供を渋っている。昨年1月5日に首輪を回収した後、警察は慎重にテープをはがし、科学捜査研究所にDNA鑑定を嘱託した。この作業は、手袋やヘアキャップをつけた捜査員がピンセットを使って行っており、その様子は写真付きの報告書にまとめられている。

片山氏の逮捕後に、口腔粘膜を採取してDNAが調べられている。その結果は3月になって鑑定書にまとめられているが、テープのDNA型とは一致しなかった。この鑑定書は、弁護側の請求によって開示されたが、テープのどの部分から採取されたものかなど、詳しいことが書かれていなかった。

検察側は、DNA型不一致について、首輪はむき出しの形で売られており、その製造や販売の過程でついた可能性がある、と述べた、という。

しかし犯人は、まずテープを首輪に一巻きし、その上にSDカードを乗せて、さらに一巻きするという方法で固定した。テープの長さは5センチほど。粘着面が首輪に接しているのは、2センチほどで、それ以外のところからDNAが検出されているとすれば、それは犯人のものだと考えられる。

そこで、弁護側はテープのどこからDNAが検出されたのか説明を求めているが、今なお回答がない、という。

真相解明のために

来月の初公判を前にして、事件はますます混沌としている。

検察が目指すべきは、なにより事案の真相解明だ。検察自身が策定した「検察の理念」でも、有罪判決をとることが目的になってはならないと戒め、繰り返し「真相解明」の重要性が書かれている。

〈検察は、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正かつ迅速に適用実現するため、重大な役割を担っている〉

〈刑罰権の適正な行使を実現するためには、事案の真相解明が不可欠である〉

〈あくまで真実を希求し、知力を尽くして真相解明に当たらなければならない〉

そのためには、検察側にとって都合の悪い証拠、説明しにくい証拠も伏せず、隠さず、全面的な証拠開示に応じ、捜査機関とは違う角度から光を当てる機会を作るべきだ。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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