『カールじいさんの空飛ぶ家』の心理学:全ての大人が見るべき映画:いくつになっても旅に出る理由がある
■カールじいさんの空飛ぶ家
ディズニー・ピクサー映画。子供達が大好きな映画。でも、そのメッセージは真剣。特にこの『カールじいさんの空飛ぶ家』は、すべての大人たち、中高年たちが、見るべき映画。決して風船でフワフワ空を飛ぶだけの子供だましではありません。
孫にも子にも親にも祖父母にも、勇気を与えてくれる映画。これは、あなたの映画です。
「この家で君と出会い、愛を誓い、夢を見た。そしてこの家で君と年を取り、ある日、一人ぼっちになった」。
ここから物語がはじまります。
『カールじいさんの空飛ぶ家』。いかにもメルヘンチックなタイトルです。私も、そう思っていました。ところが、フワフワ気持ちよく飛ぶのは最初だけ。ずいぶん苦労しながら、家をひっぱることになります。もちろん、夢にあふれた冒険物語ですが。
原題は「Up」。大人も子供も高齢者も、人生はこれから。まだまだ上に舞い上がります。人生は、別れと悲しみと失望がいっぱいですけれども、私たちは新しい冒険を始めます。
(このページでは、途中まで予告編以上のネタバレなし。ネタバレがあるときは、「以下、ネタバレあり」と明示します。2023.08.04日本テレビ系列「金曜ロードショー」で地上波放送。多くの人が見ることでしょう。)
まずは、ロードショー時の予告編をどうぞ
■物語のあらすじ、出会いと別れの心理学
主人公のカールじいさんは、子供のころ冒険好きの少女エリーと出会い、大人になって結婚し、この家で新婚生活を始めます。妻のために一生懸命働く、とても幸せな毎日。けれども、忙しさのなかで、妻との約束ははたせないまま月日はたちます。子供は生まれませんでした。そして年を取り、妻との死別。
多くの男性が、妻との死別のあと、近所づきあいもなく孤独感に苦しみます。家族との死別は、人生最大のストレスです。病気の発症率も高まります。新たな出会いがあり、新しい人間関係を作れれば良いのですが、内にこもってしまう男性も多いでしょう。物語の主人公カールもそうでした。孤独で偏屈なじじいになっていきます。
そのような生活の中で、町の再開発計画が起こり、思い出いっぱいの家が取り壊されることになります。そんなことは絶対に許せません。昔、風船売りだったカールじいさんは、妻との約束の地を目指して風船で家ごと大脱出です。
ところが、男の子が一人、ついてきてしまいました。高齢者に親切にすることでもらえる「お年寄りのお手伝いバッジ」を欲しがっていたボーイスカートの少年ラッセルです。
カールじいさんから見れば邪魔者ですが、一緒に旅をすることになります。そして、次々とトラブル発生。カールじいさんは、この少年ラッセルを守るために、とても頑張ることになります。
「この子は君が呼んだのか」。そう、思えるほどに。
■思い出の心理学
研究によると、人間の思い出は、良い思い出、普通の思い出、悪い思い出の割合が、3:6:1だといいます。
記憶はだんだん浄化されていき、悪い思い出が減っていくのが、健康的な人間です。だからパートナーとの死別後は、良い思い出がたくさん残っているのでしょう。
思い出は良いものです。思い出は心をなぐさめ、癒してくれます。けれども、思い出だけにひたる生活はどうでしょうか。
妻に先立たれ、毎日妻との思い出の品々に囲まれながら、寂しく生きていく人生。そんな人生、だれも望んでいないはずです。
思い出は、心を癒し、この先も元気に生きていけるためにあるのです。
死別の悲しみからの癒しをグリーフワーク(喪の作業)といいます。深く悲しんだそのあとで、新しい歩みが始まります。ただ、それまでに何年かかるかは、人によって大きく異なります。
「心が疲れたときに観る映画 :「気分」に寄り添う映画ガイド」 (立東舎)の中には、大切な人を失ったときに見る映画として、「カールじいさんの空飛ぶ家」が紹介されています。
■さらなる危機と大冒険そして・・・
(以下ネタバレあり。映画を見る予定の人は、見終わってからどうぞ)
映画『カールじいさんの空飛ぶ家』は、旅と冒険の物語。カールと少年は、巨大な敵に出会います。
敵は、カールと亡くなった奥さんが、子供のころからあこがれていた飛行船のヒーロー、チャールズ・マンツ。行方不明になっていたのですが、生きていました。彼は、伝説の怪鳥を見つけ出し、昔世間から受けた屈辱を晴らすためなら、どんな手を使っても良いと思う極悪老人になっていました。
カールは敵から逃れ、少年を助けるために、奮闘します。頼りなかった少年も勇気をふり絞り、強くなっていきます。
何とか、難を逃れ家と共に地上に戻った二人。しかし、カールは何よりも思い出の家と家具を大切に思い、少年と仲良くなっていた怪鳥を、悪者マンツに奪われてしまいます。
家の中に入り、一人片づけをはじめるカール。思い出の椅子に座り、思い出のアルバム「私たちの冒険ブック」を開きます。そして、最後のページに妻が残した言葉が目に入ります。
「ありがとう 楽しかったわ 新しい冒険を始めて!」
ここからが映画のクライマックス。
鳥を助けるために、一人風船で再び飛び立つ少年ラッセル。カールじいさんも後を追おうとするのですが、風船の数が足りず家は重くて飛べません。
カールは決心をします。少年を助けるために、思い出の家具類を全部捨てようと。思い切りよく、次々と思い出の品を豪快に投げ捨て、そしてカールは空飛ぶ家で舞い上がります。
もちろん物語はハッピーエンド。悪者はやっつけられ、思い出の家は約束の地に残したまま、飛行船に載って町に帰ってきました。
カールじいさんは、もう孤独な偏屈じじいではありません。心も体もすっかり元気になり、少年ラッセルと共に積極的な人生の再スタートです。
その生活は、「“新しい”私たちの冒険ブック」に残されていくのでした。
■古い思い出と新しい冒険
映画『カールじいさんの空飛ぶ家』と同じテーマの絵本があります。『おじいちゃんの口笛』。この絵本が原作でヨーロパで作られたドラマを、以前NHKで見ました。
老人施設で暮らす偏屈なおじいさんが主人公です。昔、サラリーマンとして活躍していた時代のたくさんのネクタイを眺めながら生きています。
そこへ一人の少年が現れ仲良くなっていきます。印象的なシーンが、少年のために作ってあげた凧がよく飛ぶように、思い出のネクタイをチョキンと切って、凧のしっぽにする場面です。
人は役割を失ったときに力を失います。楽隠居などすれば、頭も体も心も衰えます。
高齢者施設での心理学の研究によれば、何もさせずに楽に生きるよりも、植木の世話をしたり、慰問団のスケジュール調整をしたり、自分のことは自分でした方が、健康で長生きしました。
大切なことは、今を生きることなのでしょう。何歳になっても、一人になっても、未来を見つめ、子ども若者後輩を育てる。子供に親切にされるのも高齢者の役割りの一つです。昔の思い出も、豊富な経験も、今を生き、その人なりの新しい冒険を始めるためにあるのでしょう。
~作品情報~
『カールじいさんの空飛ぶ家』
2009年アメリカ
制作:ピクサー・アニメーション・スタジオ
配給:ディスニースタジオ
第82回アカデミー賞:作曲賞、長編アニメ映画賞
第67回ゴールデングローブ賞:アニメ映画賞、作曲賞
第62回カンヌ国際映画祭のオープニング作品