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「市民力でコロナ問題を乗り越える」群馬県太田市の挑戦

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
「オンライン自分ごと化会議」の様子(太田市撮影)

群馬県太田市。人口は約22万人で県下3番目に多い。自動車メーカーの「SUBARU(スバル)」の発祥地であり、直接の取引先として約300社、下請けまで含めると約3000社、従業員は市の人口の1割強に及ぶ(4月25日付毎日新聞より)。まさに企業城下町だ。

新型コロナウイルスは、世界中の「日常」を大きく変え続けているが、太田市も例外ではない。特にスバルが4月9日からすべての操業を停止したことによる影響は、法人税収入の半分程度をスバルが占めている太田市にとって計り知れないものになるだろう。

「多様な市民の生の声を聴きたい」太田市長の強い思いから実現した会議

その太田市と私の所属する構想日本が協力して、新型コロナウイルスの感染拡大による日常生活への影響など市民の率直な意見を聞き、個人や地域でできることを考えるための意見交換会、名付けて「オンライン自分ごと化会議」を4月16日に開催した。対面ができなくても、多様な市民の生の声を聴きたいという清水聖義市長の強い思いから実現したものだ。

「自分ごと化会議」とは、国民が社会や政治・行政のことを「他人事」ではなく「自分ごと」にすることを目的とし、無作為に選ばれた住民が地域の重要課題について専門家の意見を交え議論する会議で、構想日本が発案したもの。

「無作為抽出」が最大のポイントで、これまでこの手法を活用した会議を71自治体で145回行っており、参加した住民の総数は1万人に及ぶ。その多くが、もともと行政や政治との関わりがほとんどなかったものが、会議参加を経て社会参加に対する関心が高まり、また、建設的な提案が非常に多い。

太田市は2017年度から3年続けて「自分ごと化会議」を開催している(構想日本は協力)。「オンライン自分ごと化会議」には、過去3年間で参加したことのある4名の市民が参加した。私は、東京にある構想日本のオフィスからオンラインでコーディネーターを務めた。

構想日本オフィスの様子。市役所、自宅、構想日本の3元中継(構想日本スタッフ撮影)
構想日本オフィスの様子。市役所、自宅、構想日本の3元中継(構想日本スタッフ撮影)

この意見交換会の目標を、1.太田市ができる支援策のヒントを出すこと、2.個人個人で考える必要のあることを共有しそれを市民の立場で広げていくための方策が何となく見えること、の2つとした。

「行政に100点満点を求めすぎる風潮を変えていこう」共有された市民の声

全体として非常に良い議論ができた。参加された市民一人ひとりの言葉にリアリティや重みがあった。強い問題意識を持っていたからであろう。また、行政批判や一面的な見方での発言ではなく、全員が前向き、建設的に話を進めていた。

さらに、責任者である市長がフルで参加され、かつ傍観するのではなく随時議論に参加したため、内容が現実離れせず建設的な議論が展開された。

この場で明確な結論を出すことを目的としたものではないが、以下のことが共有された。

会議で出された意見の一部(構想日本スタッフ撮影)
会議で出された意見の一部(構想日本スタッフ撮影)

1.学校や保育所をいったん完全に閉めることはやむを得ないかもしれないけれど、子どもや保護者の心の相談に乗りやすい環境を整えよう(例えばLINE相談など)

 外出要請が長期化しストレスを抱える子どもや保護者が増えている。でも、不要不急な外出はできない。市として一度ゴールを定めて我慢することを宣言できないだろうか。ただ、子どもたちに寄り添うことも必須。電話の相談は敷居が高いのでLINEなど時代の流れに合わせた相談体制を作ることも重要(市ではまだオンライン相談の経験がない。LINEは電話相談に比べ数十倍になっている自治体がある)。

 また、発想の転換の必要性についての意見も出た。

 「自分は子どもを産んだときにうつ状態になった。当時は家にいることが暗闇の中でもがいているような感覚だったが、ある時、子どもと向き合うことが価値のある時間だと気づいて方向転換できた。いま、ずっと家にいてストレスを抱え子どもや夫に当たってしまう人が多いと聞く。でも人生の中で、これほど家族と向き合える時間もない。そう考えると、喧嘩するほど長い時間一緒にいることをありがたいと思えるかもしれない」。

 

2.行政がいかに市民に情報をさらけ出せるかを考えよう(さらけ出してみると意外に批判ばかりではない)

 一番重要なのは情報の共有。まずは市民が何を感じているかを吸い上げ、それを踏まえて市が情報をため込まずに発信していくことが重要だろう。市民と行政とでコミュニケーションをとることが安心感につながる。

 また、全国的な情報はテレビや新聞で見られるので、地域性があるような情報をいち早く市として出すことで、みんなで我慢することへの納得感が高まるのではないか。形式的なメッセージではなく市長のツイッターのように思いが出る方が良い。

3.(コロナのことに限らず)行政に100 点満点を求めすぎる風潮を変えていこう

 市役所には問合せがかなり増えている。国の支援制度に関するもののほか、学校休校や子どもが公園で遊んでいることに関しての批判も多いとのこと。少しでも間違ったところがあるとすぐ責めてしまうという雰囲気に違和感を感じる。行政にパーフェクトを求めようとしている。背景に、無謬性(行うことに間違いはない)の考え方があるからではないだろうか。特に、インターネットや SNS が普及する状況では、不寛容な方に進んでいるように思う。最近の清水市長のツイッターでも、何を言っても叩かれている印象を受ける。

 100 点満点じゃなくても、スピード感をもってアイデアを出すことで前向きに取り組んでいくことがあってもいいはず。行政は100点満点を目指す必要はない。そもそも今回は前例のないことだから100点なんて取れなくて当たり前。そのような寛容さを市民が持てるよう、口コミやSNSで自分たちから声を上げることが必要。

以上のような前向きな意見や方向性が示され、その空気を市長も共有できた今回の環境は、コロナに限らず行政課題を解決すること、行政と市民の協働の関係を進化させるにあたって、非常に有効だと強く感じる。

それは、参加した市民の終了後の感想からも言えるだろう。以下をご覧いただきたい。

●今日ひとつ確信持てたのが、きっと太田市は乗り越えられるだろう! ということ。誰もがつらい状況なのに、誰一人暗くならずに笑顔で終えられた今日を見て本当にそう思った。この輪が少しづつ広がればよいと思う。

●こういうことを実施できるのが太田市の強みだと思う。今夜は久しぶりにぐっすり眠れそう。

●市役所に対して、以前は冷たい印象を持っていたが、自分ごと化会議に参加してから、おもしろい職員がいて思ったことを言っても聞いてくれる雰囲気があることを知った。そういう市長や職員がいるまちはありがたい。

●コロナが決して怖い病気じゃなくなる日は必ず来ると思う。その日を早く迎えるために、仕事や人材を守り、安易な行動を避け、正しい情報を得ることが大事だと思った。

●自分でも考えが日々変わっていく中で、様々な立場からの意見が本当に思いがけないことばかりで、この世の中はこんなにも複雑なのかと思い知らされた時間だった。決めつけは本当に危険。

このような人たちの存在は、市にとって貴重な財産であることは間違いないだろう。

この意見交換会だけでコロナ問題が解決するわけではない。しかし、問題解決に不可欠なのは市民の納得感だ。だからこそ、あらゆる場面で市民との対話が必要になる。

清水市長は現在7期目。以前から「改革派首長」と言われていたほど、スピード感を持って対策を行っている。それだけに批判も多い。しかし市長は、常に覚悟を持っているからこそ、今回のような場も実現できたのだと思う。

市長、市民、職員。良い人材がそろっている太田市は注目すべき自治体だと思うし、今の困難も必ず乗り越えることができるだろう。

日本が直面する重要課題について議論する「オンライン自分ごと化会議」が始まる

最後に、私は市民会議や審議会等のコーディネーターを務めることは非常に多いが、オンラインでのコーディネーターは初めてだった。経験してみて、議論の質は対面と遜色ないものだったと感じる。終息はまだまだ先との見方が強い中、オンライン会議はどんどん注目度が増している。対面じゃなくても議論はできる。それどころか、オンラインによって距離の壁を乗り越えられる。

「オンライン自分ごと化会議」のロゴ
「オンライン自分ごと化会議」のロゴ

今後、構想日本は「オンライン自分ごと化会議」をコロナの問題に限らず、今後は医療、子育て、教育、防災など日本が直面する様々な課題をテーマに継続していく予定だ。将来的には、オンラインによって生活者目線で建設的な議論ができる仕組みを政治・行政システムに組み込んでいくことも視野に入れていきたい。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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