1ヶ月300万円の抗がん剤オプジーボ、価格見直しへ 〜いのちの値段を議論せよ〜
以前話題になった「1ヶ月300万円の抗がん剤」オプジーボ。4日、財務省が厚生労働省に対し、薬の価格を下げるよう求めるという報道がありました。
オプジーボとは?
もともとこのオプジーボというお薬は小野薬品という会社が開発した新しい抗がん剤で、2014年9月から悪性黒色腫という皮膚がんの患者さんに使われていました。この抗がん剤はこれまでのものと違い、その人の免疫に作用することで効果を発揮するという新しい作用機序 (薬が作用し効果を示すためのシステム)を持つため、医療業界でもトピックになっている分野です。
このオプジーボが、昨年12月になり、一部の肺がんに対して適応拡大(ある病気にのみ使えた薬が、他の病気にも新たに使えるようになること)が厚生労働省から承認されて一気に話題になりました。
高額すぎるという指摘が相次ぐ
この話題とは、適応拡大によってこのお薬が使われる患者さんの数が跳ね上がり、一人3000万円/年を超えるこの薬が多用されたら保険財政の破綻につながるのでは、といったものでした。
まずこの問題について、國頭英夫氏(くにとう・ひでお、日本赤十字社医療センター化学療法科部長)が始めに問題を提起されました。多数発言をされており、その一つを引用します。
そして、かねてより高額化し続ける抗がん剤の価格について懸念を抱いていた筆者(外科医・大腸癌専門家)は、オプジーボについても同様の危機感を感じ、Yahoo!ニュースにこんな記事を寄稿しました。
その他にも週刊誌などで特集され話題となり、筆者の元にもテレビ局や新聞社などから複数の取材申し込みが来るなど大きな反響を呼びました。このような世論や冒頭の國頭氏が財政制度等審議会などで発言した結果、財務省が薬の価格を決めている厚生労働省にディスカウントを求めるという流れになったものと思われます。
「75歳の患者さんに年3000万円治療」のコスパは?
この問題を極めて身近に考え、単純化してみましょう。
科学が進むにつれて医療が高度になり、その結果いいお薬(オプジーボ)が巨額の開発費をかけて開発された。だからその分お薬の値段を高く設定してあげた。その一方で日本はどんどん高齢化が進み、その結果50歳代・60歳代・70歳代の人口が増えた。50-70歳代は多くのがんが一番できやすい年齢なので、高齢化の結果、日本全体におけるがんの患者さんが増えた。その結果高く設定されたお薬をたくさんの患者さんに使うことになった。あまりに高く設定しすぎたから、国の財政を圧迫することになった。さてどうしよう。
この答えとして考えられるものは「全員でちょっとずつ我慢しよう」「長生きした人は遠慮してもらおう」「貧乏な人は遠慮してもらおう」「コネがない人は遠慮してもらおう」などとなります。「長生きした人は遠慮してもらおうか」という議論が始まろうとしています。少し乱暴に言ってしまえば米国では「貧乏な人は遠慮してもらおう」ですし、英国は「全員でちょっとずつ我慢しよう」スタイルです。
日本では、これらの中でどれを選ぶでしょうか。倫理的側面および高齢化という背景から「長生きした人は遠慮してもらおう」になるでしょう。もっと露骨に言えば、「75歳の患者さんに年3000万円かける治療のコスパ(コスト・パフォーマンス;費用対効果)はどうなんだ」となります。これは、感情的には極めて受け入れがたいものですが、どうやらお財布事情からそうも言っていられないのです。これまでは無尽蔵に使っていた医療費(一時期、高齢者の医療費が全額無料の時代もありました)も40兆円を超え、そろそろ歯止めをかけねばならない時代になったということです。そうせねば今の75歳の方が受けられる医療よりも、我々現役世代が受ける医療はもっともっと質が悪くなるでしょう。
オプジーボの使用制限は出来るのか?
しかし、筆者の頭には現実的にオプジーボの使用制限は出来るのか?という疑問が残ります。これは「財務省と厚生労働省の力関係」というようなそれほど単純な問題ではなく、政権運営にも関わってくるからです。なぜなら、このような高齢者の医療を削っていく「姥捨て」政策をとり続けると高齢者はその政党を支持しなくなりますし、野党はそれに対抗した「高齢者に優しい(が若い人に厳しい)」政策を作ります。選挙に行くのは高齢者なので、政治家は高齢者の求める政策を作らねば選挙に当選できないのです。
使用制限の一策として、厚生労働省はオプジーボなどの超高額薬に対して「適正使用ガイドライン」なるものを作ると発表しています(1)。このガイドラインでは、色んな患者さんに対して高い薬を幅広く使うのではなく、「よく効きそうな患者さん」に絞り、そしてなぜか「使用経験が豊富な医師・病院」にのみ使用許可を与えることで実際に使われる数を減らそうというものです。根本的な議論を回避した場当たり的な対策ではありますが、一定の効果があるでしょう。そしてこのガイドラインが作られると、今度はそういう医師・病院にかかれない情報弱者が不利益を被るということになります。
実は「適正使用ガイドライン」はオプジーボを販売している小野薬品も作っていますが、「緊急時に十分対応できる医療施設において、癌化学療法において十分な知識・経験を持つ医師のもとで、投与してください」などとあるのみ(2)で、他の抗がん剤とさほど変わらない注意喚起をしているのみであり制限というニュアンスはありません。
本当に高額すぎるのか?
ここまで、「オプジーボが極めて高額である」という主張のもとで進めて来ましたが、はたしてオプジーボは本当に、あるいは不当に高額なのでしょうか。筆者は過去の記事(「抗がん剤が日本を滅ぼす日 ~1ヶ月300万円の新薬登場~」)で、オプジーボが高額である理由を二点指摘しました。
その一つには、「長い開発期間と高い費用」があります。オプジーボは開発に10年以上かかっており、また新薬の開発には通常200〜300億円かかると言われています。この開発コストを回収しなければ会社は存続できないし、次の新薬開発の資金もなくなってしまいます。
二つ目に、「抗がん剤の小さい市場規模」があります。詳細は上記過去記事に書きましたが、抗がん剤を受ける患者さんは糖尿病や高血圧と比べ患者さん数がはるかに少なく、イコール市場も小さいのです。
そして、高額である三点目の理由として「オプジーボの新規性」もあるでしょう。専門的には免疫チェックポイント阻害剤と言われる新しいシステムの薬で、このシステムは世界中から注目され同じシステムの薬が世界中の製薬会社で開発されているのです。画期的な新しい薬を開発したのだから、報奨の意味も込めて高額の薬価にしたということです。この「大当たり」が無くなれば、誰も新薬開発にチャレンジしなくなります。
筆者の視点
この問題を突き詰めると、「どこまで医療費をかけて治療するか」となり、さらに言えば「いのちの値段」を決めねばならないということになります。つまり、1年間生きるのに1000万円使うのはOKか、2000万円はどうだ、80歳の人も30歳の人も同じ額でいいのか駄目なのか、という議論です。これは国家の財政が豊かであれば議論にならないのでしょうが、ここまで医療費が膨らむと真剣に議論をせざるを得ないでしょう。これほど大切なことは一部の有識者や専門家・官僚のみで決めるのではなく、きちんと国民ひとりひとりが考える必要があると筆者は考えます。
(参考)
(1)がん治療薬「オプジーボ」適正使用ガイドライン策定へ 厚労省
(2)「適正使用ガイドライン」