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北朝鮮の謎の言葉『領土完整』…韓国では「先制核攻撃で滅ぼされる」という懸念も

徐台教ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長
9月12日、ボストチヌイ基地で首脳会談を行った朝露首脳。(写真:ロイター/アフロ)

朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の憲法に追加されるという内容が、韓国で静かな議論を呼んでいる。

●金正恩「最も正当で適切な重大措置」

北朝鮮で26日と27日の両日、国会にあたる最高人民会議第14期第9次会議が開催された。会議の内容を詳細に記した28日付の朝鮮労働党機関誌・労働新聞の2本の記事によると、同会議では7つの議案が討議されたとされる。

議案の筆頭に挙げられているのは「社会主義憲法の一部の内容を修正補充することについて」だ。

その目的について崔龍海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員長は「国家防衛において占める核武力の地位と核武力建設に関する国家活動の原則を、共和国の基本法であり社会主義強国建設の偉大な政治憲章である社会主義憲法に規制(規則で定める意)するため」と触れ、「重大な意義があるもの」と明かしている。

「核兵器の位置づけを決める」とでも言うべき内容であるが、具体的な中身として、以下の2点が言及されている。

・朝鮮民主主義人民共和国は責任ある核保有国として、国の生存権と発展権を担保し、戦争を抑制し、地域と世界の平和と安定を守護するために核武器発展を高度化するという内容

・共和国の武装力の使命が、国家主権と領土完整、人民の権益を擁護し、全ての脅威から社会主義制度と革命の戦取物を死守し、祖国の平和と繁栄を強力な軍力で担保することにあるという内容

最高人民会議の結果、上記内容は「全幅的な支持と賛同の中で」採択された。

金正恩国務委員長も同会議で「国家の最高法に核武力強化政策の基調を明々白々に規制したことは、現時代が当面する要求はもちろん、社会主義国家建設の合法則性と展望的な要求に徹底して符合する最も正当で適切な重大措置となる」とその意義を強調している。重要だ、ということだ。

●『領土完整』と『国土完整』は同じなのか?

そして今、韓国で「領土完整」という4文字が議論を呼んでいる。「領土完整」が過去の「国土完整」と同じ意味で使われているのではないかという問題提起がそれだ。

北朝鮮で「国土完整」という言葉は1948年、北朝鮮の指導者・金日成(キム・イルソン)によって初めて使われた。韓国を滅ぼし、赤化統一するという理論であり、1950年に朝鮮戦争(北朝鮮では祖国解放戦争)を始める際の根拠となった。

仮に「領土完整」が「国土完整」と同じ意味を持つ場合、北朝鮮の「武装力の使命」として韓国を滅ぼすことが明記されたことになる。

また、前段の四角でくくった部分の文脈上から「武装力」に核武器が含まれるのは自明であるため、「核を使って韓国を滅ぼす」という解釈が可能になる。

こうした解釈を後押しするのが、昨年9月、北朝鮮が9年ぶりに核ドクトリンを改定した事実だ。同月の最高人民会議で『核武力政策法』を制定した。

これを通じ「抑制・報復・防御」という過去の核ドクトリンが「先制発射」を含むものに変わった。さらに相手を「敵対的な核保有国」に限定しなくなり、これにより韓国も対象となった点などが大きな変化として挙げられる。

なお、当時定められた北朝鮮の核使用の条件は以下の5つだ。

(1)北朝鮮に対する核武器もしくはその他の大量殺傷兵器攻撃が敢行されたり差し迫っていたりすると判断できる場合

(2)国家指導部や国家核武力指揮機構に対する敵対勢力の核および非核攻撃が敢行されたり差し迫っていたりすると判断できる場合

(3)国家の重要戦略的な対象に対する致命的な軍事的攻撃が敢行されたり差し迫っていると判断できる場合

(4)有事の際に戦争の拡大の長期化を防ぎ戦争の主導権を掌握するための作戦上の必要が避けられない場合

(5)他に国家の存立と人民の生命安全に破局的な危機をもたらす事態が発生し、核武器で対応するしかない避けられない状況が造成される場合

当時も今も、改定された内容をどう見るのかについては専門家の間でも視点が割れているが、今回の『領土完整』の解釈をめぐる議論も同じ脈絡にあると考えてよいだろう。

つまり「核兵器は絶対に使えない」という前提に立ち、金正恩による核の誇示を「北朝鮮の不安の表れ」と受け止める人々にとって、『領土完整』は『国土完整』とは異なる「北朝鮮国内の領土の保護」を意味する防御的なものと解釈される。

昨年9月の『核武力政策法』で、核兵器の使命として「外部の軍事的脅威と侵略、攻撃から国家主権と領土完整、人民の生命安全を守護する国家防衛の基本力量」が明記された点も根拠となる。

他方、新たな核ドクトリンの深刻さを認識する人々にとっては『領土完整』は『国土完整』と同義に受け止められ「南をターゲットにする明確な脅威」を意味する攻撃的なものと解釈されるのだ。

その間、北朝鮮が『領土完整』という言葉を、台湾問題で中国による統一政策を支持する脈絡で使い、ウクライナ戦争でロシアによる侵攻を正当化する脈絡で使ってきたことも不気味な影を落としている。

●「接点ゼロ」が落とす影

昨年12月のインタビューで、核ドクトリンの改定について「軍事境界線の以南全域が北韓の核武器の最も直接的な攻撃対象へと変貌したという不愉快な現実を直視」すべきと分析した統一研究院の趙漢凡(チョ・ハンボム)専任研究員に30日、電話インタビューで話を聞いてみた。

(参考記事)「金正恩は挫折と怒りを感じている」「局地戦の可能性」…専門家と振り返る22年の南北関係

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7b8de89da77f5e906e8cfde5d9ad7a0bf4b1b4d4

趙研究院は「今回の決定に隠された重要な部分と言える」とし、「赤化統一のために核を使うことができるという恐ろしい内容を含むもの」と解釈した。また、統一研究院の別の研究員も韓国メディアに対し同じ解釈を明かしている。

南北に接点が全くない現状では、正確な意味についてこれ以上知ることは難しいだろう。北朝鮮政策をめぐる韓国の保守・進歩間の陣営論とも相まって、議論は平行線をたどると思われる。

今回の『領土完整』をめぐる議論は、南北にまたがる深い溝の存在を改めて気づかせると共に、南北の未来の不確実性を浮き彫りにしたと言える。

ソウル在住ジャーナリスト。『コリア・フォーカス』編集長

群馬県生まれの在日コリアン3世。1999年からソウルに住み人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年韓国に「永住帰国」すると同時に独立。16年10月から半年以上「ろうそくデモ」と朴槿恵大統領弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。17年5月に韓国政治、南北関係など朝鮮半島情勢を扱う『コリアン・ポリティクス』を創刊。20年2月に朝鮮半島と日本の社会問題を解決するメディア『ニュースタンス』への転換を経て、23年9月から再び朝鮮半島情勢に焦点を当てる『コリア・フォーカス』にリニューアル。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。22年「第7回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。

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