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「出社鬱」に企業は備えてほしい 注目すべきはマインド

白河桃子相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト
PexelsのRuca Souzaによる写真

「出社鬱」のタグが出現

Twitterに「出社鬱」「会社行きたくない」「満員電車、いや」などの夏休み明けの小学生みたいな呟きが並んでいます。友人がFacebookで「会社行きたい」でも「このままでいたい」の気持ちがせめぎ合っていると書いていたけれど、まさに複雑な緊急事態解除です。

そんな中「緊急事態宣言明けに通常勤務に戻す」と言う企業が意外と多いと聞き、驚いています。ある一部上場企業も「通常に戻す」という上層部に多くの社員が反発し、今再考中とか。先日某IT企業CEOと対談したのですが、宣言解除後の対応を聞いたところ「原則在宅は今のままで、部署ごとにどのぐらいの人がどのぐらいの頻度で出ることが生産性がいいのかを実験していく」という指針を出していました。

まさに6月7月は「検証と実験」の期間にすれば、危機をチャンスに変換することができる。拙速に「さあ、コロナで損失した分を取り返すぞ!」と息巻いても、社員は辛いだけですし、また場合によっては大事な取引先に引かれる可能性もあります。出社鬱になる人も出るのではと思っています。

この「今まで通りに戻りたくない」という「声」を無視してはいけない。それは「わがまま」と切り捨てていいものではありません。まさにデータ収集と検証の絶好の機会です。

この心の声には

1)働き方や暮らし方の急激な変化によるマインドセット

2)今までの通常の異常さに気付いた

3)感染への恐怖

の3つに分類するとわかりやすい。

1)の変化への対応については、いずれは夏休み明けの子供のように慣れていくでしょう。しかし「時間にたいするコスト感覚」はもう戻りません。オンラインでできることをわざわざ時間を使って移動させる…それを強いる会社には多くの人が絶望するでしょう。

その理由は働き方において、多くの人のマインドが変わったからです。

2)については、例えば殺人的な通勤ラッシュ。1車両200名、乗車率160%という詰め込み。これは「会社に遅刻できない」からで、今回時差出勤やテレワークで「時間通りに全員が来なくても、仕事はできる」とわかってしまった。

私も多くの仕事が急激に「オンライン会議」「オンライン講演」「オンライン授業」「テレビのリモート出演」に変化していくのをみて、「今までが移動しすぎて余計な時間をかけていた」と気がつきました。

3)については、コロナは去ったわけではないので、潜在的な恐怖として残ります。

マインドセットに注目せよ

まずは50日前後の前例のない在宅勤務をした人たちのマインドはどうなったのか?

今回働き方において日本は初めての体験をふたつしました。

1)「全社一斉、長期間」のテレワークを実施したこと

2)保育園、学校休校による「家庭における仕事と家庭の両立」

働き方改革は暮らし方改革でもあるのですが、今回はこの両方に大きく影響があったのが国を挙げての緊急事態宣言、テレワークの推奨です。感染が多い7都道府県では「エリア別に正社員のテレワーク実施率をみると、緊急事態宣言地域の7都府県で38.8%、それ以外の地域で13.8%。7都府県はそれ以外の地域に比べて2.8倍実施している。東京都に限れば49.1%(3月半ばは23.1%)」また注目すべきは「テレワークを行っている人のうち、現在の会社で初めて実施した人は68.7%」という初テレワーク率の高さでした(いずれもパーソル総合研究所 ニュースより)。

日本アイ・ビー・エムの調査も52%が「テレワークという働き方をコロナ後も続けたい」と回答。そのほかのさまざまなアンケートを見ても、約半数の人たちが同様です。女性だけのアンケートになると、比率はさらに高くなります。その理由は以下のようなものです。

「意外と在宅でできないと思われていたこともできるとわかった」

「通勤がないと体が楽」

「通勤の時間がいかに無駄だったか」

「無駄な会議、無駄な社外の打ち合わせもないと生産性が上がる」

今までの働き方が「非効率的だった」ことや、「殺人的な満員電車に乗り、通勤時間も含めた長時間労働により、家族との時間を削る異常な状態だったのでは?」という気づきもありました。テレワークはより「本質」を明らかにする効果があります。

「普段から生産性が高い人はテレワークでも高く、低い人は低い」と言い切ったCEOがいました。「オンラインだからサボる」という心配は無用で、「オフィスでもサボる人はサボっていた」わけで、それをチェックする評価がなかったのです。

「営業に行きます!」と言っても「オンラインでいいよ」と言われることが増えるでしょう。「オンライン対応の営業術」ができる人材が必要です。オンラインの営業は「データ重視」「エビデンス重視」の緻密なものになります。

今後の対面コストは高騰するでしょう。「会わないのが失礼」ではなく「よほどのことでないと会う方が失礼」になる。

彼らも無駄に気付いているのか、自粛期間中は「オンライン、いいですよ」と気軽に取材に応じてくれるのはトップ層でした。

地域差のある対応の難しさ

しかし、この時間コスト、対面コスト感覚も、一律ではないことに注意が必要です。会社として「対面の商談はストップ」をかけている企業もあります。しかし地方都市で、感染者が少なく、働き方への変化も少なかった地域では「早くきてください。商談を進めましょう」と通常の対応を待ち望んでいる人もいる。そこが難しいところです。例えば東京から、感染がゼロの地域に商談にいくことが企業の対応としてどうなのか? 利益と防疫のどちらを優先するか、目先なのか長期的課題なのか、企業が問われるところです。

今回の「リスク」は個人によって、また地域によって、そして、何よりもフェイズの変化によって、全く感覚が違うというところが課題です。例えば第二波が酷かった北海道では「自粛解除は怖い」という声もあるし、感染が比較的少なかった地方都市などは「全国の自粛中に普通に飲み会をしていた」という話も。

一つの解としては、今後は「働き方」をどう整備するかだけでなく、まずは多様な「マインド」に注目していくことが今後の大きなポイントになります。

心理的な危機に対応せよ

心の声3)感染への恐怖はまだ去っていません。この状況を招いたのは「100年に一度のパンデミック」という災害です。戦争のように目に見えるものではないこの災厄を、ある人が「感染症ではあるが、心理的な事象でもある」と言っていました。つまり「心」への影響がすごく大きいのです。

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先日、企業のメンタルヘルスを支援するピースマインド株式会社が「新型コロナウィルス感染症に関する相談傾向の分析」を発表(図1)。同社のサービスである企業向け心理相談は3月から4月で4倍に増えたそうです。

注目すべきは相談のフェイズです。「1月から2月は「感染に関する不安」「検査」などに関する相談が中心的でしたが、3月や4月に入り在宅ワークが始まり出した時期には、「在宅勤務によるストレス」に関する相談が増える」となっています。ぜひ緊急事態宣言解除後のデータも欲しいですね。「通常勤務への不安や不満」なども出てくるかもしれません。

私はドラッカースクールの准教授ジェレミー・ハンターさんの「トランジション」という講座に何回か出ています。世界が「緊急事態」のなか、3月の西海岸からのオンラインセミナーは印象的でした。「怖い」「不安」という気持ちを受け入れなさいと教えてくれた。その感情を無視してしまうと、次のステップに進むことができないからです。

人間の心は落ち込んだり、高揚したり(まさにコロナハイともいうべき期間もありました)、浮き沈みを繰り返す。「トランジション」は大きな振れ幅があるのが当たり前です。そして、浮き沈みの中でだんだんに自分の「レジリエンスゾーン」(心が平安でいられる状態)の幅を広げていくこと。それはスキルによってコントロールできるのです。

私の場合は両親が高齢なので、最初はすごく怖かった。「恐怖」と「コロナハイ」ともいうべき、「何か誰かのためにしなければ」という気持ちが交互にやってきました。その間、友人の島田由香さんが日曜ごとにやってくれるオンラインマインドフルネスや、5月6日の7時に全世界でWe are the worldを歌う「567ability」という企画に助けられました。

心はだんだんに自粛の日常に慣れ、今は自粛後の世界とどう折り合いをつけるのか、と少々不安に思っています。また心の状態はアップダウンすることもあるでしょう。でも、このフェイズの変化を知っておくだけで、心はかなり楽になります。

そして本当に心の問題が顕在化するのはこれからです。経済の状況もあり、「レジリエンス」ができる人とできない人の格差が現れてくる。不思議なことに「自粛期間中の多幸感」を語る人も結構いました。誰もが「引きこもって過ごすしかない期間」は、ある意味誰もがなんらかの「我慢」をしているからです。みんなも同じと思えば耐えられる。

しかし緊急事態が終わり、経済が動いてくると、取り残される方は非常に孤独です。震災後にも同じレジリエンスの格差問題が起きました。経済的不安、仕事の状況、出社を強いられることへのストレス、または在宅へのストレス…。そしてコロナは終わったわけではなく、日本で収束しても国境が開けば、また襲ってきます。

備える意味でも、今こそ企業は「マインド」への対策をして欲しい。まずは社員の心がどう変わったのか? 変わっていないのか? 広く声を聞いて欲しい。それをしないで、「さあ、コロナは終わった。働き方を元に戻そう」と強制する会社は「変化できない会社」です。データ収集と検証、そして働き方の「型」だけではなく「マインド」に注目して対策してください。

相模女子大特任教授、昭和女子大客員教授、少子化ジャーナリスト

東京生まれ、慶応義塾大学。中央大学ビジネススクール MBA、少子化、働き方改革、ジェンダー、アンコンシャスバイアス、女性活躍、ダイバーシティ、働き方改革などがテーマ。山田昌弘中央大学教授とともに19万部超のヒットとなった著書「婚活時代」で婚活ブームを起こす。内閣府「男女共同参画重点方針調査会」内閣官房「第二次地方創生戦略策定」総務省「テレワーク普及展開方策検討会」内閣官房「働き方改革実現会議」など委員を歴任。著書に「ハラスメントの境界線 セクハラ・パワハラに戸惑う男たち」「御社の働き方改革、ここが間違ってます!」「『逃げ恥』にみる結婚の経済学」「女子と就活」「産むと働くの教科書」など多数。

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