Yahoo!ニュース

時代が変わっていくことによって、人事の役割も変わっていった〜生産性から創造力、そして変革力へ〜

曽和利光人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長
事業の勝ち負けを決める要因が時代によって変わるため人事も変わる。(提供:preart/イメージマート)

■日本における人事の役割の変化

「採用」「育成」「評価」「報酬」「配置」「代謝」という6つの人事の役割自体は、普遍的なものであり、時代環境などの変化があっても特に変わるものではありません。しかしながら、戦後の日本において、人事が果たすべき期待役割は段階的に変化をしてきました。

人事の歴史を振り返ることは、私は本質的にはそれほど重要ではないと本当は思うのですが、現実的に、人事の実務担当者が自社の人事について考える際に、「なぜ、今、うちの会社はこのような人事のやり方や制度になっているのか」をわかっておくことで、「変えるべきことと変えてはならないこと」「単なる惰性でやっていることと、本質的に重要なこと」を見極めやすくなると思いますので、少しだけ述べてみたいと思います。

■高度成長期の人事の役割

まず、戦後の高度成長期においての人事の役割を考えてみたいと思います。高度成長期においては、企業の競争における勝ち負けは「生産力」によって決まったと言えましょう。欧米という目指すべき目標があり、そこに向かって追い付け追い越せというスタイルでの企業運営ができた高度成長期においては、「どうすれば勝つのか」という方法は欧米が示してくれていたために、あとは「どのぐらい早く、安く、多く、きちんと実行するのか」ということが企業間の差をつけたということです。その最も優秀な企業が、その生産方式の素晴らしさを世界に轟かせたトヨタであったのではないでしょうか。

このような「生産の時代」においての、人事の役割は、人々を同じ方向に向けることによって組織の効率性を高めることがその中心でした。採用においては、同質性の高い、価値観が似ている、もしくは染めやすい真っ白な人材を採り、育成においては、業務や各階層において必要とわかっている知識やスキルをきちんとインプットし、協調性あるものを評価し、効率性に貢献していく、これが役割でした。

具体的には、昭和20年半ばにアベグレンは「長期雇用、年功制、企業別組合」という、いわゆる「三種の神器」にその特徴があり、それゆえに長期にわたる能力開発、安定雇用、低コストで人事を実現できたと喝破しました。能力開発においては、ジョブローテーションによる幅広い専門性の獲得が可能となった。安定雇用は高い忠誠心を生む土壌となり、じっくりと職務に取り組む姿勢や意識を醸成した。また、新卒の定期採用、そして彼らを年次管理することで、社員一人ひとりを個別管理することに比べて、人事コストが膨らむことはありませんでした。

■バブル期前後の人事の役割

高度成長期が終わりかけ、バブル経済に向かっていく頃、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていたような日本は、「創造性」によって企業の勝ち負けが決まるようになってきました。一億総中流と言われ、全国民的に生活レベルが底上げされた中、皆同じものを持つことでは満足できなくなり、人との差別化ができるような商品やサービスを求めるようになりました。企業は、高度成長期と違い、「どこに向かって行くべきか」から考えなくてはならなくなりました。つまり働く人々は、Howではなく、Whatを考えなくてはならなくなり、「創造性」を求められるようになりました。広告のコピーライターや戦略コンサルタントが世間に人気職種として認知され、勃興してきたのもこの時代です。

この時代は、「戦略の時代」と言ってよいかもしれません。どんな戦略を取るのか、つまり、どこへ向かっていくのかが企業の勝敗を決める時代。この時代の人事の役割は、社員やチームの創造性をいかに高めるのかが中心に移行してきました。採用においては、クリエイティブな人材を発掘し、育成においてはその人の強みを生かすことを目指し、新しいものを創り出した人を評価していく、これが役割でした。

■失われた30年での人事の役割

そして、バブルが崩壊し、失われた30年と言われるような停滞した時代に入っていきました。少子高齢化が進み、日本は課題先進国と言われるほどの、問題山積の国になりました。これまでのやり方が通用せず、試行錯誤を通じてしか、結局何が正しいかわからない領域が増え、正確にたどりつくまで、事業戦略を変え続け、それに対応した、組織の在り方や人の行動パターンや志向パターンに変革させることが人事の役割となりました。チェンジ・エージェント/チェンジ・マネジャーなどと呼ばれるようにもなってきました。

今は、組織の変化対応力が企業の勝敗を決める「組織の時代」と言えるでしょう。ある意味、とうとう人事が主役級のポジションに躍り出てきたとも言ってよいかもしれません。もちろん、人事は人事部員だけがやるだけではなく、経営者やマネジャーの仕事の半分は人事ですので、人事部員が主役になったというよりは、経営における人事業務の重要性がさらに高まったと言った方がよいかもしれません。いずれにせよ、事業戦略の絶対的な巧拙、良否自体よりも、相対的に良い事業戦略を他社よりも先んじて出し、それに組織を先んじて適応させ、早く成果を出せるようにサポートをすることが人事の役割になったわけです。

もちろん、以上は、大まかにすぎる分類であり、今の世の中でも「生産性」が重要な企業や業界もありますし、「創造性」が重要な企業や業界、組織の変化対応力が重要な企業や業界と、最終的にはそれぞれであり、人事は自社の勝敗を分けるのは何かを精査することで、最終的にはどんな役割を担うべきかが決まってくると言えましょう。

人事コンサルティング会社 株式会社人材研究所 代表取締役社長

愛知県豊田市生まれ、関西育ち。灘高等学校、京都大学教育学部教育心理学科。在学中は関西の大手進学塾にて数学講師。卒業後、リクルート、ライフネット生命などで採用や人事の責任者を務める。その後、人事コンサルティング会社人材研究所を設立。日系大手企業から外資系企業、メガベンチャー、老舗企業、中小・スタートアップ、官公庁等、多くの組織に向けて人事や採用についてのコンサルティングや研修、講演、執筆活動を行っている。著書に「人事と採用のセオリー」「人と組織のマネジメントバイアス」「できる人事とダメ人事の習慣」「コミュ障のための面接マニュアル」「悪人の作った会社はなぜ伸びるのか?」他。

曽和利光の最近の記事